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炎の魔人編①『謎の襲撃者達』

学校の帰り道、連夜とヨウは謎の男達に襲撃される。

襲撃者の一撃によって連夜が深手を負ったその時……。

炎の魔人編①『謎の襲撃者達』

『――――』

 見知った黒髪お下げの少女が同じ顔の少女を押さえつけながら、俺に何かを語りかけている。少女の顔はモザイクがかかったかのようにはっきりと視認できない。

 そして直後、少女はもう1人の少女と共にフェンスの向こう側へと落ちていく。

 俺は駆け寄ろうとするが、直後に転倒し、顔を地面に擦りつける。

 そして起き上がってフェンスの下を見ると、そこには……。


「ううっっ!!」

 気が付くと、自室の布団の中にいた。カーテンを開けると、そこには薄明が広がっている。

(また見たな……)

 また……あの夢だ。あれ以来、数日に1回は見ている。

(何度も見る夢って、あるもんなんだな……)

 慣れない悪夢に嘆息しつつ、俺は布団から飛び出した。


 真白先輩の死から、かれこれ数週間が経過していようとしている。学校を取り巻いていた先輩の死臭はいつの間にか綺麗さっぱり消臭され、何事もなかったかのように日常が動いている。まるで最初から、そんな奴は居なかったかのように。どうやらここは人の死を悼むほど暖かい世界ではなかったらしい。

 そもそも、クラスの人間が突然1人2人いなくなるのは、この学校では全く珍しくない。問題児達に耐えかねて先生すら辞めてしまうこともあるらしいのだ。

 だがそういう状況に陥っても、外から悪評をいくらぶつけられても、一切動じることなくこの学校は沈黙と平静を貫き続けている。まるで綺麗な部分だけを見せ続けるかのように、周囲を塀で囲まれた学び舎は、何事もなかったかのように無言で「日常」を刻む。

 「高校」として存在していられるギリギリの境界線上に建つ不動の楼閣。それが俺の通っている現実だった。

 とはいったものの、この状況に俺は憤りを感じている訳ではなく、むしろ幸いに感じていた。

 なぜなら不愉快な雑音は次第に聞こえなくなり……辛いことを思い出さないで済む平穏な日々が続いていたからだ。


「失礼します」

 俺は2階にある職員室の扉を開き、中に入る。ここも数日前までは先生達が慌ただしく対応に追われているようだったが、今は静かな状態に戻っている。

「失礼します、八雲先生」

「ん? あぁ、碧君か」

 俺は八雲先生の机に行き、先生に挨拶する。先生は気だるげな様子で口を開く。

「その……前やったテストの結果ってもう出てます?」

「テスト? ああ。えーっと、テストねぇ……」

 先生はメモ帳を取り出し、ペラペラとめくりながら確認している。

「えーっと……」

 しばらくすると先生はメモ帳をめくる手を止め、そこに書かれているであろうことを確認した後、机の引き出しをガチャガチャといじる。

「はい、これ。回答も、付けたから」

「ありがとうございます。失礼します」

 俺はテストの答案用紙と回答を受け取り、机を離れようとする。

「あっ、ちょっと待った。碧君」

「何ですか? 先生」

 俺は八雲先生に呼び止められ、足を止める。

「頑張ろうとする気持ちは分かるけど、まぁその、無理はしないでね?」

「……分かっています」

 俺は八雲先生の言葉を胸にしまいつつ、職員室を出た。


 一日の終わり、俺は駅への道を歩きながら、テストの答案を思い出していた。

(思ったより点数取れんかったな……)

 八雲先生が用意したテストには、この学校では到底出題されないであろう難易度の問題が記載されていた。先生自ら用意した物らしいが……レベルの高さは想定以上だった。

「連夜君。八雲先生から戻ってきたテストの結果はどうでしたか?」

 同じように先生から答案を受け取っていた黒髪三つ編み眼鏡の少女、ヨウさんが俺の後ろから問いかけてくる。最近はこうして一緒に歩いて帰ることが多い。

「……全然だった。自分もまだまだだなと思い知らされた感じだった」

「私の結果も、まぁ同じ感じです。家に帰った後、オリジナルと反省会ですね」

「そうか……頑張ってな」

「はい」

 結局のところ、あれから特に何かが変わったということはない。陽さんは相変わらず家にこもったままで、学校に来ているのはヨウさんの方。まぁ単に「友達になってください」と言っただけで、学校に来てくれとは言ってないので当然ではある。

「……」

「……」

 ヨウさんから何か言われない限り、こうやって無言で2人歩いているのも変わっていない。いつも通りそんな感じで道を歩いていた、その時であった。


(……ん?)

 突如、俺達の行く手を塞ぐように、横道から3人の男が現れた。男達は目出し帽を被り、片手に金属バットを持っている。どう見ても穏やかじゃない外見だ。

 俺の脚が止まる。同時に、後ろを歩いているヨウさんの脚も止まる。

「……お前、碧 連夜だな?」

 男の1人が俺に問いかける。

「え?」

 何でこいつ、俺の名前を知ってるんだ?

「碧 連夜かと聞いている!」

「連夜は俺だが、何だ!?」

「死ねやゴラァ!」

 すると男はいきなり、俺の頭部目がけて勢いよく金属バットを打ち下ろしてきた。

「っ!」

 俺は咄嗟に後ろに跳躍し、バットの一撃を回避する。バットはアスファルトに当たり、甲高い音が響く。俺とヨウさんの距離が縮まる。

「何だよおい!」

 俺は抗議する。明らかに常軌を逸している行いだ。

 だが男達は俺の言葉を無視し、一斉にバットを構えて襲い掛かってきた。

「ちぃっ!」

「あっ! ちょっと連夜君!?」

 俺はヨウさんの手を取ると、そのまま来た道を走って引き返した。


 走る。走る。後方を見ると、男達は追いかけてきている。

「連夜君! 何なんですか彼らは!」

「分っかんねぇ! ただヤバい奴らだってのは分かる!」

「それは分かりますけど……」

 全く身に覚えがない。あんな風に、いきなり殺されそうになるようなことをした覚えはない。

「とにかく逃げねぇと!」

「そうですね!」

 俺達は大きく回り道をするようにして、駅への道を急いだ。


 しばらくして、俺達は人通りの少ない裏道にたどり着いた。

「「はぁ、はぁ……」」

 2人して息を切らす。来た方を見ても男達の姿はない。何とか撒けたようだ。

「何とか逃げ切れたみたいですね」

「そうだな。これでやっと――」

 安堵し、改めて駅へ向かおうとした時であった。


 突如、鈍い音が響く。

(ぅ……?)

 そして同時に後頭部に強い衝撃と痛みが走る。痛みと共に、視界が揺らめく。

「……ぇ……」

 ヨウさんの驚きの声が聞こえたような気がしたところで、俺の目の前が真っ暗になり、何も見えなく……聞こえなくなった。



 次に気が付いたときは、俺はどうやら仰向けで地面に倒れているようだった。

 身体の感覚が戻っていく。目をゆっくりと開ける。すると目の前には……。

「連夜、君……?」

 目の前には、ヨウさんの顔があった。目は少し赤く腫れており、声はか細く震えている。そして彼女の両手が、俺の身体に触れていることに気付いた。

「う、うーん……」

 俺は上半身を起こす。

「うっ!? ぐぁ……」

 だが直後、後頭部に激痛が走ると同時に視界がチカチカしだし、更に強い吐き気に襲われる。俺はたまらず地面に横向きに倒れてしまう。

「連夜君!」

「ぅ……ぅ……」

 そんな俺の様子を見て、心配そうな声色をするヨウさん。

 俺は彼女に言葉を掛ける余裕もなく、両腕で後頭部を強く抑え、そのまま悶絶した。

「ぐ、ぐ……」

 すると、両腕から何やら温かいものが頭に流れ込んでいくような感覚が生じ、それと共に痛みと吐き気が少しずつ引いていく。

「っ……」

 痛みが引いていき、吐き気が消えていく。

 しばらくすると、痛みも吐き気も完全になくなった。

「はぁ……はぁ……」

 痛みが消え、ようやく息が入る。俺は再び上体を起こした。

「連夜君、大丈夫……ですか?」

「あ、あぁ。何とか……って、っ!?」

 俺はヨウさんに返事をしたが、そのとき周囲の状況に気付き、息を呑んだ。

 ……俺がいるところを中心とした周囲の地面が、放射状に陥没している。

 アスファルトは無数のひびが入ってめくれ上がり、まるで地震か何かで地割れが起きた後のようだ。更によく見ると、近くには石や岩のようなものがいくつも転がっている。

「ヨウさん、一体何が……?」

 俺はヨウさんに尋ねる。すると。

「え、っと。そうですね……何があったかと、言うと……」

 彼女はたどたどしい様子で、何が起きたのかを語りだした。



――――――――――――

「……ぇ……」

 それは突然のことだった。

 甲高い軽快な音が響き、同時に自分のすぐ隣にいた人間が地面に倒れる。人間の後頭部からは赤い液体がにじみ出ている。

 振り返ると、そこには目出し帽を被り、バットを持った男達が居た。数は5人で、そのうち1人の男が持つバットには、赤い液体が付着してる。

「え……あ……」

 声が出ず、力が抜け地面に座り込んでしまう。

 ふと反対側を見ると、こちらも同様の男達が5人現れている。

 自分と倒れている人間は、10人の男達に取り囲まれていた。

「連、夜くん……?」

 倒れた人間に呼びかける。だが返事はない。赤い液体がアスファルトに流れ出す。

「兄貴! 例のガキを締めました」

 赤に染まったバットを持った男は、自分の反対側にいる男にそう告げる。

「ご苦労!」

 男は倒れている人間を見て、まるでよくやったと言わんばかりの声で赤バットの男を賞賛している。

 一体、何を言っている?

「目標はとりあえずばらせそうですが、この女はどうします?」

 別の男は人間の傍らに座り込む自分の姿を見て、おそらくリーダー格と思われる男に問いかける。

「目撃者も一緒にばらして、海に沈めるよう上から指示が出てる」

 どうやら、目の前の男達は自分も生かしておくつもりはないらしい。頭上で物騒な言葉が飛び交っている。

「えぇ……!? でも……」

「死体で持ってくれば、上が処理してくれるそうだ。もみ消しも抜かりなく手配するって話だ。俺達はやるべきことをやればいい!」

「わ、わかりやした!」

 その場にへたり込み、身体が震えている自分の姿を見て躊躇いを感じていたであろう男も、足が付く心配が無いと知るや否や、自分めがけて意気揚々とバットを構える。

「あ……あ……」

 喉が震える。目の前に見える銀色の凶器と、傍らに倒れる彼の姿がちらつき、心臓の音がバクバクと響く。

 ……どうしてこうなった?

 いつも通り、自分は彼と一緒に帰っていたはずだ。

 なのにいつの間にか彼は不意の一撃によって倒され、自分もこうして命の危機に瀕している。

 このまま黙って彼らの一撃を受けた場合……自分はおそらく死ぬことはないだろうが、彼は間違いなくこのまま死に、そしてばらされて海へ。

「いや……」

 彼もそうだが、何で自分がこんな目にあわなきゃいけないのか。

 恐怖の感情が心を支配していく。声が漏れる。

「オラーッ!」

「っ!!!」

 身体に強い力が入り、口から息が漏れ、恐怖と拒絶の感情が最高潮に達したその時であった。


 突如地面が咆哮し、大気が叫び出す。

 轟音とともに、自分を中心とした地面のアスファルトが大きく陥没し、放射状にひびが入る。

「グワーッ!」

 そして、自分に殴りかかろうとした男は大きくのけぞり、後方へ仰向けに吹き飛ばされた。

「「「「「ウォア!?」」」」」

 そばにいた男達も突然の地面の陥没に足を取られ、転倒する。

「コノーっ!」

 転倒しなかった男の1人が、自分に向けてバットを打ち下ろそうとしてくる。

「っ!」

 思わず両手を男に向ける。

 すると構えた両手から太さも長さも1mほどの1本の太い石の柱が飛び出し、男の腹部に命中する。鈍い音が響く。

「えっ?」

 突如起きたことに驚き、思わず声が出てしまう。

「ウゴァ!?」

 石柱をぶつけられた男は、その勢いで後方に吹き飛ばされて倒れ込む。

「何だよこらぁ!?」

「ええい! 殴れ殴れ!」

「ウォーッ!」

 次から次へと男達が自分に迫ってくる。

「っ!」

 歯を食いしばり、両手を再度男達の方へ向ける。 すると今度は両腕から無数の小さな石片が発射される。自分が腕を動かすと、石片の弾幕が形成され、迫りくる男達に次々と命中していく。

「「「グワーッ!!!」」」

 石片を胴体に多数ぶつけられた男達は悶絶し、地面へと倒れた。

「ッ……!」

「ヒィィィ!」

 まだ自分の方に来ていない男に両手を向けると、男は悲鳴を上げて遠くへ走り出す。

「に、逃げろーッ!」

「こ、こんなの聞いてねぇよ!」

「ウワァァァァ!」

 残った男、もしくは転倒から復帰した男達は自分が石片で男達を撃ち倒した姿を見た瞬間血相を変え、倒れている仲間を担いで次々と逃げ出していく。

 そしてしばらくすると、自分と倒れている彼のみがその場に残された。

「連夜君! 連夜君!」

 彼に呼びかける。耳を澄ますと辛うじて息はしているようだが、打ちどころを考えるといつ止まってもおかしくない。思わず身体を揺すってしまったが、やるべきではなかった。

「どう、しよう……」

 本当ならすぐに救急車を呼ぶべきはずだったのに、この時の自分は気が動転していた。

「誰か、助けて……!」

 自分の身体が、無意識に彼の身体にすがりつく。彼の息はゆっくりになり、弱まっていく。

 オリジナル……陽は事あるごとに自分にこう言い聞かせていた。『神は居ない。仏陀は寝ている』と。……でもじゃあ、それじゃあどうすればいいというのか。

「誰かぁ……っ!」

 赤い液体を流しながら倒れ伏す彼の姿が、鮮明に焼き付いている陽の記憶とオーバーラップする。

 身体の左半分を地面に大きく叩きつけられ、横向きにうずくまった陽の視界に広がる惨禍。肉片が飛散した赤い海の中に倒れ、体のあちこちが千切れひしゃげている男の人と女の人、そして小さい男の子だったものの姿。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 記憶の混線に伴いあふれ出た感情と共に、普段出ないような大声が自分の口から飛び出た直後だった。

「ぇ……?」

 突如、身体に温かい何かが溢れ出す。

 そして同時に、彼に触れていた両腕から、瞬く間に強く白い光が溢れ出し、彼の身体に流れ込んでいく。

「こ……れ……は……」

 これはおそらく、彼から以前聞いていたものだ。痛みを消す力。陽は傷を治す力ではないかと言っていた。見ると、彼の後頭部にできた赤く痛々しいそれは、光と共に消えてきている。

 ……陽の推論が、おそらく合っていれば。

「連夜君!」

 彼の身体に触れている両腕に力がこもる。彼に流入する光はさらに強まる。

「うっ……。はぁ、はぁ……」

 しばらくすると身体に疲労感が現れ、手から光が消える。

 そして光が途切れたところで、彼の目は開いた……。

「連夜、君……?」

――――――――――――



「よかった……助かってよかった……」

 俺に経緯を一通り話し終えたヨウさんは、安堵の声を何度も漏らしている。

 ……危なかった。

 ヨウさんが居なければ、俺はこのまま駿河湾にばらまかれ、タカアシガニの餌になるところだった。というか、何でこんな目に……。

「ヨウさんも、力を?」

 問いかけると、ヨウさんは黙って右手を真上に向け、力をこめる。

 すると彼女の右手の真上に小さな石片が現れ、彼女の手のひらに落ちた。彼女は石片を地面にことりと置いた。

「なるほど……」

 ヨウさん自体、陽さんの力の産物なのだが、そのヨウさんが別に力に目覚めた。そういうことが起きるのだろうかと俺は一瞬疑問を感じたが、真白先輩も2人揃ってあの雷の力を使ってきていたことを思い出し、そういうこともあるのかもしれないと、そのときは何となく飲み込んだ。

「その、ヨウさん。ありがとう。助かったよ」

「っ! ……はいっ!」

 俺がお礼の言葉を伝えたときのヨウさんの声には、強い安堵の気持ちが感じられた。


 かくして危機は去り、何とか日常が戻った、と思ったのだが……。

「あの……。これ……どうしましょうか?」

「あぁー……どうすりゃいいんだろうなこれ……うーん……」

 立ち上がって歩こうとした際に、周囲のめくれ上がった地面を見て互いに沈黙してしまう。ヨウさんが俺を守るためにやったとはいえ、これはどう考えても取り繕える代物ではない。器物損壊だ。もしこのことが学校、いやそれより先に警察にバレでもしたら……。

「「うーん……」」

 これからのことを憂い、俺達の目の前が真っ暗になろうとした、そのときであった。


 ――ビルの物陰から、ゆっくりとした、されど大きな手を鳴らす音が聞こえてきた。

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