006 変わる関係性
「えー? 急に意識しちゃったー?」
新しいおもちゃを見つけた子どものように、真中はニヤッと笑う。
「あぁそうだよ。だからやめてくれ」
「ちぇー、認めるんだぁ。つまんないの」
こっちは大人の余裕を見せて対抗した。本当は心臓バックバクだけど。
やれやれ、もう少し自分が美少女であると意識してもらいたいものだ。特に白姫と真中にはな。
「ねー、お兄ちゃん何読んでるの?」
「うおっ!? 真中まだいたのか!」
「だってまだ揶揄い足りないしー?」
「お前なぁ……」
真中は金色のツーサイドアップをぴょこぴょこ揺らしながらニヤついている。さらなる揶揄いも辞さないということか。
「あ、ラノベじゃん」
「真中は興味ないだろ、こういうの」
「ううん。ラノベは読まないけど、ラノベ原作のアニメは見るよ」
「へー、意外だ」
17年一緒に暮らしていてもまだまだ知らないこともあるんだな。真中みたいな派手な女の子はラノベとは無縁と思っていたんだがな。
「あ、ちょっとえっちぃやつじゃない?」
「ラノベなんてだいたいちょっとはえっちぃだろ」
「確かに。でもそういうのが楽しみなんでしょ?」
「人によるだろ」
「お兄ちゃんは?」
「まぁ、そこそこかな」
「あ、認めるんだー」
下手に否定したら揶揄いがエスカレートしそうだからな。素直に認めた方が楽だ。
「それでそれで? どんなシチュのお色気シーンが好みなの?」
「それ兄妹で聞くか? 普通」
「血繋がってないからよくない?」
「血繋がってないからマズい気がするんだけど」
まぁいっか、17年一緒に暮らしてきて今さら性癖バレくらいなんだって話だ。
「こことか」
「み、水着かー。……お兄ちゃん中学生みたいだね」
「う、うっせぇ!」
痛いとこ突かれたな。確かに俺は恋愛経験がないからエロ適性は中学生レベルだ。普通に水着でドキドキするが、別によくない?
「お兄ちゃんあれでしょ、バトルシーンの挿絵は読み飛ばすのに、水着か下着の挿絵は30秒くらい吟味するでしょ」
「な、なんでわかるんだよ!?」
「え、本当にやってるんだ……」
「やられた……」
作者やイラストレーターさんに失礼なことをしていたツケがここで回ってくるとはな。でも仕方なくないか? バトルシーンの挿絵ってなんとなく流し見でもわかるだろ? でも水着や下着のシーンは細部までこだわったイラストレーターさんの癖が見られるんだよ。そこを味わうのが醍醐味だよな? な?
「ま、まぁお兄ちゃんの性癖なんて興味ないけどねー」
「じゃあなんでわざわざ聞いたんだよ」
「あ、私買ったものの整理しなきゃ! バイバーイ」
真中はいそいそと俺の部屋から出ていった。
あいつ、恥ずかしくなってきて耐えきれずに逃げたな。
揶揄われたラノベを読み続ける度胸は俺にはない。だからスマホでネット掲示板を覗いていたら、今度は茶髪の義妹が俺の部屋を覗き込んできた。
バレバレなんだが……こっちから声をかけるべきか? なんか気づいてもらうのを待っているみたいだ。
「どうした發樹。俺に何か用か?」
「うえっ!? べ、別にー? 通りがかりに智也は何してるかなーって思っただけだし?」
ずいぶんと長い通りがかりだな、3分は覗いていただろ。
「まぁいいや、何してるかと言われればネットを覗いていただけだ」
「何それ、つまらなさそう」
「悪かったな。發樹や真中のような陽キャじゃないんだよ」
白姫だけ除外すると可哀想だな。でもあいつは陽キャではないよなぁ。難しいところだ。
「あんま人間を陰と陽で区別すんなし。クラスの男子もそうだけどさ」
「出たな最上級ヒエラルキーに立つものの意見。陰キャ陽キャが気にすらならない玉座に座るものの言葉だ」
「……意味わかんない」
發樹はマジで怪訝そうな顔をむけてきた。
真面目で、努力家で、友達の前では明るい美少女。發樹は当然のように社会のヒエラルキーでは頂点に君臨した。
一方俺は大学ではサークルのバンド仲間以外とは基本話さないぼっち予備軍。昨日は親父に反発したけど、哀れまれても仕方ない存在だ。
「ねぇギター聴かせてよ」
「今はダメだ、白姫が寝てる」
「あの子最近イヤホンでASMR聴きながら寝てるから大丈夫でしょ」
「あいつ、そんな眠りのQOLを高めていたのか」
いったいどこまで睡眠にこだわる気なのだろう。
「ほら、早く弾いてよ」
「はいはい」
俺のギターなんて面白いものじゃないと思うけどなぁ。
エレキギターを自宅練習用の小さいアンプに繋いで、ボリュームを絞った。
「あ、ここ最近のJポップ限定ね。あとアタシが知ってるやつ」
「注文多くない?」
とても聴かせてもらう側の人間とは思えない。
あまり流行り物は詳しくはないんだが、モテるために覚えた曲はいくつかある。その中で一番自信あるやつでいいだろう。
弾き始めてからチラッと目線を上げると、發樹は興味津々といった様子で俺を見ていた。妹とはいえ、美少女にガン見されると照れるな……。
「あ、ミスった?」
「うるさいな」
指摘されたため、演奏を途中でやめた。といってもサビは超えたから、まぁ満足しただろう。
「でも智也、本格的にギター始めてから数年でしょ? 上手いじゃん」
「おういいぞ、もっと褒めろ」
「調子乗らない」
手厳しい妹だ。
「そういえば真中とショッピング行ったんだってな。何買ったんだ?」
「別に。もうすぐ冬になるし、普通にトレンチコートとか見てただけだよ」
トレンチコート……知らないワードだ。だが知らないとバレるのはなんか癪だな、知ったかぶりしとこう。
「あー、トレンチコートね。はいはい、もこもこしてていいよな」
「絶対わかってないでしょ」
「なぜバレた……」
「智也の考えていることくらいわかるし。何年一緒に住んでると思ってるの?」
「まぁそうだよな」
いまさら妹に格好つけたって仕方ないよな。
「でも、血が繋がっていないなんて思わなかった」
「……ショックか?」
「シスコンかよ」
「そこまで言う?」
「驚いたけど、別にショックとかないし。血は繋がってなくても智也は智也のままでしょ?」
「そうだな。そうだ……」
「なに? 歯切れ悪い」
うっ……やっぱり發樹にはすぐに見透かされてしまうな。
「いや、正直言ってお前たちを見る目が少し変わったのは事実だ。あんなこと言われたんだからさ」
ガッツリ恋愛対象になったというわけではない。だが可能性が生まれてしまうと、どうしても意識してしまう。悲しいかな、それが俺という存在だった。
「アタシも悪いよね。昨日はちょっと可能性あるみたいな言い方しちゃったし」
「い、いや發樹は悪くないさ。俺が変に意識し始めたのが悪い」
「アタシのことは……意識するに値するってわけ?」
「えっ?」
急にガチトーンで聞かれたため、返す言葉がなかった。
返答に困ってしばらく黙っていると、發樹は拳を握って立ち上がる。
「もういい。アタシご飯作るから」
「え、えっ!? どうしたんだよ發樹!」
「なんでもないし。じゃあね」
なんだよあいつ……。
…………いや、よく考えたら意識が変わったのは俺だけじゃないのかもしれない。白姫も、發樹も、真中も……そんなに俺の部屋に来ることはなかった。3人が同日に来るなんて初めてだ。
あいつらも、少しは意識して俺との距離を確かめているのかもしれない。
これは……元に戻るにはちょっと時間がかかりそうだな。
風邪の原因となるウィルスの潜伏期間は1日〜4日と言われているそうだ。人が多く集まる場所に行けば感染の確率も高まる。さらに慣れない状況や、栄養素の偏りによって免疫力が下がることで、風邪の発症リスクは高まるらしい。
まぁそれはそれとして、俺は風邪をひいた。
バンドサークルの仲間からメールで「熱出たわ」って来たから、移されたんだろう。合宿から今日で3日、人も多かったし慣れない場所だった。飯はコンビニ弁当オンリーだったから栄養は偏りまくっていた。スラングで言うところの役満だな。
「ゴホッ、ゴホッ……うわ、また熱上がってる」
ただの風邪にしてはまぁまぁ重めのものを貰ってしまった。
ただまぁ義妹たちと距離を置いて、一度関係を見直すのにはちょうどいい。
とりあえず風邪は寝て治せと言うし、一旦寝てから考えるか。目を閉じたら、引き込まれるように眠りの世界へ誘われた。
それから何時間経っただろう。服は汗でべっとり……してないな。体は熱を帯びて……ないな。風邪の時特有の寂しさ……これもない。
「どうなってんだ」
確認するように目を開けると、3つの視線が俺の視線とぶつかった。
「うおっ!?」
「ちょっと、安静にしてないとでしょ?」
「發樹! いや白姫に真中も! なんで俺の部屋に……」
「そりゃお兄ちゃん、風邪をひいたら妹に看病されるのは当然じゃない?」
当然じゃないと思う。っていうツッコミは口から出てこなかった。起き上がった俺を發樹が強制的にまた寝かせたからである。
「智兄、ひやっとするよ」
「お、おぉ白姫。ありがとう……」
熱が冷めるシートをおでこに貼ってくれた。というか元から貼ってあったみたいで、それを替えてくれたようだ。
ってことは結構な時間、こいつらは看病してくれていたってことか。
「ゴホッ、風邪うつるぞ。もういいから部屋を出なさい」
誰一人、俺の言葉に従わなかった。
え、こんなに頑固だったか? お兄ちゃんそんなふうに育てた覚えはありませんよ?
「智也、ご飯は食べられそう?」
「あ、あぁ。お粥とかなら……」
「わかった。作ってくるね。白姫、真中、頼んだわ」
「うん」
「はーい」
發樹はお粥を作るためにキッチンへと降りていった。
「親父は? まだ仕事か?」
「お父さんはもう帰ってきたけど雀荘だよ」
「息子が風邪の時に何してんだあのおっさん」
「さっき写真付きのメール来た。大三元ツモったって」
「普通にすげぇけど今じゃないな」
大三元は親父が最初に完成できた役満らしい。だから思い入れがあって、娘に三元牌から名前を取ったんだとか。
「あとねー、お父さんは『智也にはイチャイチャするチャンスだな。今日は徹マンだからって言っとけ』ともきたよ」
「あのおっさん殴りてぇな」
元喧嘩自慢らしいから殴れないけど。
親父のことを考えていたら頭まで痛くなってきやがった。もうあのおっさんのことは放っておこう。
「お粥できたわ、真中ちょっとどいて」
「はーい」
真中は素直にどいて、發樹がその場所に正座した。
「はい、口開けて」
「いやいや、流石に妹に『あーん』はダメだろ」
「病人が何言ってるの。ほら早く」
「いや……」
真中と白姫の目も気になるしな。
「ずるいよ發樹ちゃん! 私もお兄ちゃんに『あーん』したいのに!」
「えっ!?」
「智兄には私の『あーん』こそ必要」
白姫・發樹・真中は睨み合い、誰が俺に『あーん』させるかの争いになってしまった。
なんだこれ……こいつら病人をほったらかして何してんだ。お粥も冷めちゃうだろ……。
結局レンゲを三つ持ってきて、同時に『あーん』してきた。
「お兄ちゃんに選んでもらえばいいんだよ」
「誰に『あーん』されたいのか」
「白黒つけようじゃない」
「えー……」
誰でもいいって言ったらぶん殴られそうだな。あの親父の血が流れている義妹たちだし。
ええい、ここは風邪だろうが何だろうが気合いだ!
パクッ、パクッ、パクッと、3連続でみんなのレンゲからお粥を食べた。
ちょっと口の中いっぱいにお粥があるのはきついが、揉め事を起こさないためだ。
「ふぅ、お粥の咀嚼で1分かかるとは思わなかったぜ」
「お兄ちゃんマジで女心わかってないよねー」
「智也それはないわー」
「智兄、よくない」
「あー! うるせぇ! 風邪うつるからさっさと出てけ!」
三つ子をドアから放り出した。こうでもしないと出ていかなさそうだったからな。
「はぁ、どうしちまったんだいったい……」
あいつら、やっぱり血の繋がりがないってわかってから変わったよな。俺も変わったけどさ。
もしかして、本当に俺と付き合うことに満更でもないのかな。血が繋がっていないとわかったとはいえ、兄妹として17年も一緒に過ごしてきたんだぞ? そんなの無理……無理って思い込んでいるだけなのかな。
白姫も、發樹も、真中も魅力的な女性だ。もしクラスメイトとかの立場だったら好きになっていたかもしれない。
……いや、妹にこう思っている時点でおかしいんだ。つまり俺も、アイツらと付き合うことに満更でもないって思い始めているんだ。
俺は枕に顔を埋めた。
なぜだろう。めっちゃ恥ずかしい。
どうやら俺は三つ子の妹に、虜にされる生活がこれから始まるようだ。そしていつか、答えを出すのだろう。
三元牌のうち、どれを選ぶのかを。
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