005 お部屋に突撃:發樹編
揶揄われたラノベを読み続ける度胸は俺にはない。だからスマホでネット掲示板を覗いていたら、今度は茶髪の義妹が俺の部屋を覗き込んできた。
バレバレなんだが……こっちから声をかけるべきか? なんか気づいてもらうのを待っているみたいだ。
「どうした發樹。俺に何か用か?」
「うえっ!? べ、別にー? 通りがかりに智也は何してるかなーって思っただけだし?」
ずいぶんと長い通りがかりだな、3分は覗いていただろ。
「まぁいいや、何してるかと言われればネットを覗いていただけだ」
「何それ、つまらなさそう」
「悪かったな。發樹や真中のような陽キャじゃないんだよ」
白姫だけ除外すると可哀想だな。でもあいつは陽キャではないよなぁ。難しいところだ。
「あんま人間を陰と陽で区別すんなし。クラスの男子もそうだけどさ」
「出たな最上級ヒエラルキーに立つものの意見。陰キャ陽キャが気にすらならない玉座に座るものの言葉だ」
「……意味わかんない」
發樹はマジで怪訝そうな顔をむけてきた。
真面目で、努力家で、友達の前では明るい美少女。發樹は当然のように社会のヒエラルキーでは頂点に君臨した。
一方俺は大学ではサークルのバンド仲間以外とは基本話さないぼっち予備軍。昨日は親父に反発したけど、哀れまれても仕方ない存在だ。
「ねぇギター聴かせてよ」
「今はダメだ、白姫が寝てる」
「あの子最近イヤホンでASMR聴きながら寝てるから大丈夫でしょ」
「あいつ、そんな眠りのQOLを高めていたのか」
いったいどこまで睡眠にこだわる気なのだろう。
「ほら、早く弾いてよ」
「はいはい」
俺のギターなんて面白いものじゃないと思うけどなぁ。
エレキギターを自宅練習用の小さいアンプに繋いで、ボリュームを絞った。
「あ、ここ最近のJポップ限定ね。あとアタシが知ってるやつ」
「注文多くない?」
とても聴かせてもらう側の人間とは思えない。
あまり流行り物は詳しくはないんだが、モテるために覚えた曲はいくつかある。その中で一番自信あるやつでいいだろう。
弾き始めてからチラッと目線を上げると、發樹は興味津々といった様子で俺を見ていた。妹とはいえ、美少女にガン見されると照れるな……。
「あ、ミスった?」
「うるさいな」
指摘されたため、演奏を途中でやめた。といってもサビは超えたから、まぁ満足しただろう。
「でも智也、本格的にギター始めてから数年でしょ? 上手いじゃん」
「おういいぞ、もっと褒めろ」
「調子乗らない」
手厳しい妹だ。
「そういえば真中とショッピング行ったんだってな。何買ったんだ?」
「別に。もうすぐ冬になるし、普通にトレンチコートとか見てただけだよ」
トレンチコート……知らないワードだ。だが知らないとバレるのはなんか癪だな、知ったかぶりしとこう。
「あー、トレンチコートね。はいはい、もこもこしてていいよな」
「絶対わかってないでしょ」
「なぜバレた……」
「智也の考えていることくらいわかるし。何年一緒に住んでると思ってるの?」
「まぁそうだよな」
いまさら妹に格好つけたって仕方ないよな。
「でも、血が繋がっていないなんて思わなかった」
「……ショックか?」
「シスコンかよキモい」
「そこまで言う?」
「驚いたけど、別にショックとかないし。血は繋がってなくても智也は智也のままでしょ?」
「そうだな。そうだ……」
「なに? 歯切れ悪い」
うっ……やっぱり發樹にはすぐに見透かされてしまうな。
「いや、正直言ってお前たちを見る目が少し変わったのは事実だ。あんなこと言われたんだからさ」
ガッツリ恋愛対象になったというわけではない。だが可能性が生まれてしまうと、どうしても意識してしまう。悲しいかな、それが俺という存在だった。
「アタシも悪いよね。昨日はちょっと可能性あるみたいな言い方しちゃったし」
「い、いや發樹は悪くないさ。俺が変に意識し始めたのが悪い」
「アタシのことは……意識するに値するってわけ?」
「えっ?」
急にガチトーンで聞かれたため、返す言葉がなかった。
返答に困ってしばらく黙っていると、發樹は拳を握って立ち上がる。
「もういい。アタシご飯作るから」
「え、えっ!? どうしたんだよ發樹!」
「なんでもないし。じゃあね」
なんだよあいつ……。
…………いや、よく考えたら意識が変わったのは俺だけじゃないのかもしれない。白姫も、發樹も、真中も……そんなに俺の部屋に来ることはなかった。3人が同日に来るなんて初めてだ。
あいつらも、少しは意識して俺との距離を確かめているのかもしれない。
これは……元に戻るにはちょっと時間がかかりそうだな。




