白い衣と青い猫
小学生の浩二くんは学校給食での新しいメニューのアイデアを考えていました。
スーパーで食材を物色していると、近所の中学生のお姉さんが現れて……
知様主催『ぺこりんグルメ祭』参加作品です。
別の小説の登場人物がでますが、前作を知らなくてもお楽しみいただけます。
「何がいいかな……ぶた肉もおいしそうだけど、トリ肉の方が安いかなぁ。よく見ると牛肉ってこんなに高いのか……」
「……浩二くん、どうしたの? 浩二君?」
僕がスーパーの精肉売り場で物色していると、後ろから肩をぽんぽんと叩かれた。
何度か呼ばれていたみたいだ。振り返ると近所に住んでいる実佳姉ちゃんだった。
買い物カゴを下げていた。
ちょっと心配そうな顔だ。呼んでるのに僕がなかなか気づかなかったからだな。
「こんにちは、実佳姉ちゃん。ごめんね。ちょっと考え事をしてたんだ」
「そうなんだ。浩二くんもお使いのお買い物?」
「お使いっていうか、宿題なの」
僕が通っている小学校で新しい給食メニューのアイデア募集があった。
できがよければ、地域の小学校の給食で採用されるかもしれない。
クラスでいくつかのグループを作って、アイデアを出し合った。
「アイデアには写真がつけられるんだ。各自の家で実際に作ってみて、写真を撮っていこうって話になったの」
「そうなんだ。で、浩二くんは何を作るか決めてるの?」
「まだだよ。僕らのグループでは『フライパンで作れるもの』にしようって意見がでただけ」
「ふぅん。炒め物かな。あまり手の込んだものは難しいよね。食材が高価すぎて給食費でまかなえないなら、採用されないよね。それに栄養バランスとかも考えた方がいいと思う。小松菜とか地元の食材で、野菜炒めとかがいいんじゃないかな」
「ふだんの給食で出ないものにしたいんだ。……僕、同じクラスのナナカちゃんから『おいしそうなオカズを考えてきてね』って頼まれたんだ。だから頑張ってアイデアをださなきゃ」
ナナカちゃんは背が小さい女の子だ。たしかナナカちゃんのお母さんが保育園の給食の先生をやっているらしい。
それでお母さんも料理ができて、ナナカちゃんも習っているんだって。
僕がアイデアさえだせば、ナナカちゃんもそれを再現してくれるらしい
「へー……」
あれ? 実佳姉ちゃん、今ちょっと機嫌悪い?
「実佳姉ちゃんも料理がとっても上手だよね。絵も描けて勉強もできて、スポーツもできて何でもできてすごいね」
「え? そ、そぉ? えへへ……。それじゃあ、浩二くんが食べたいものってあるの?」
「フライパンでトンカツって作れるかな。僕、トンカツすきなの」
僕がきくと、実佳姉ちゃんは少し考えこんだ。
「フライパンでも作れるけど、トンカツって本気で作ると結構大変だよ。冷凍トンカツを揚げるだけじゃダメだよね。ちゃんと作ろうとすると筋切も必要だし」
「すじきりって何?」
「豚肉は熱すると縮んで固くなるの。固いトンカツはおいしさ半減でしょ。赤身と白身の境目に包丁をいれておくと、だいぶマシになるよ」
「ふーん。難しそうだね」
「それにね、家でサンプルを作る場合も、生の豚肉に触ると危ないんだよ。そうだ。チーズハムカツはどうかな」
「チーズハムカツ?」
「そ。スライスチーズをスライスハムで挟むの。それに衣をつけてフライパンで揚げ炒めにすればいいよ。うちに材料があるから、おやつで作ってみる?」
「うんっ。やりたい!」
* * * * * *
僕はいったんうちに帰り、それから実佳姉ちゃんちに行った。
実佳姉ちゃんは、青い猫の絵が描かれた白いエプロンをつけていた。
僕にも同じ絵柄のエプロンを渡された。
「じゃあ、浩二くん。材料はスライスハムとスライスチーズ。小麦粉と玉子、それにパン粉とサラダ油だよ」
「油とハムとチーズ以外は、カツの衣にするやつだよね」
「そ。さっそく作っていこうか。スライスハムが一枚だと薄すぎるから、ニ枚のハムにチーズをのせて、その上にハムを二枚のせるの」
「うん。わかった」
「で、チーズはハムより小さいほうがいいの。チーズを半分にちぎって、それを折りたたんでハムに乗せてみよう。ハムではさむときは、チーズの周りに空気があまり入らないようにしっかり押さえようね」
お皿にハムが二枚重なったのを置く。スライスチーズをのせて折り込み、またハムを乗せた。
半分余ったチーズは、実佳姉ちゃんがハムで挟んだ。
「できたね。じゃあ、こっちのハムに小麦粉を少し振りかけます」
実佳姉ちゃんは小麦粉を少しつまんで、チーズを挟んだハムにふりかけた。
ひっくり返して、またかけている。
「じゃあ、浩二くん。このボウルに卵を割ろう。そうそう。じゃあ菜箸でよく混ぜてね」
言われたとおり玉子を混ぜた。
実佳姉ちゃんはパン粉をいれた平たい入れ物をテーブルに置いた。
「浩二くん。さっきのハムを溶き玉子に入れてみよう。両面に玉子がつくようにしてね。できたら、こっちのパン粉をつけよう」
僕はチーズ入りのハムに卵をつけて、それにパン粉をつけていく。
「パン粉は隙間がないようにしっかりとつけてね。端の方も」
「うん。できたかな」
実佳姉ちゃんはコンロにフランパンをのせ、サラダ油をひいた。
コンロに火がつけられた。
「テンプラじゃないから、油はフライパン全体にうすく広がるくらいでいいんだよ。じゃあ、ハムカツを作るよ~」
僕は菜箸でフライパンに白い衣のハムカツを置いた。
「ここで動かしちゃうとパン粉がはがれちゃうかもしれないから、気をつけようね。端っこがキツネ色になるまで待つんだよ」
「あ、色が変わってきた」
実佳姉ちゃんにフライ返しを渡されたので、ハムカツをひっくり返した。
しばらく待って、もう一度ひっくり返す、裏もキツネ色になっている。
実佳姉ちゃんはキッチンペーパーをひいたお皿をもってきたので、僕はできあがったハムカツをのせた。
「できたー。実佳姉ちゃん。これ、食べていいの?」
「ちょっと待って。インスタントカメラで写真を撮っておこうよ」
実佳姉ちゃんはカメラを持ってきて、できあがったハムカツを撮った。
しばらくすると、カメラからカードのようなものが出てきた。
カードは真っ黒になっている。しばらくすると写真がでるらしい。
「あ、せっかくだからあたし達も入ろうよ」
台の上にカメラをのせてタイマーをセットする。
僕がハムカツのお皿を持って、実佳姉ちゃんは僕の後ろに立った。
カメラからカシャっと、音がした。
あ、さっきの黒いカードにハムカツの写真がでてきた。
「この写真をクラスの子に見せればいいよ。作り方はメモしておいたから使ってね」
「わぁ、ありがとう。実佳姉ちゃん」
その後、僕と実佳姉ちゃんは一枚ずつハムカツを食べた。
チーズがトロリとしてとてもおいしかったんだ。
その後、実佳姉ちゃんにもう一度お礼を言って、僕は家に帰った。
* * * * * *
数日後、僕は実佳姉ちゃんの家にやってきた。
「ハムカツのアイデアをクラスの子たちに見せたんだよね。どうだったの、浩二くん」
「いやー。アイデアは好評だったけど、採用はされなさそうだよ。アイデアを出したその日の給食に、よく似たハムカツが出たんだ」
ナナカちゃんからは「献立表に書いていたでしょ?」って言われた。
すでに給食にあるなら、アイデアを出す必要もない。
「そうだったんだ。給食に出たハムカツの方もおいしかったの?」
「うん。でも、実佳姉ちゃんのやつの方がずっとおいしかったよ。実佳姉ちゃんのはチーズ入ってるし」
「まぁ、あれは出来立てだったってのもあるかもね。で、グループで出すアイデアはどんな料理なの?」
「僕たちのグループでは、シゲキくんという子が考えた『パンバーグ』に決まりそう」
「パンバーグ? それってハンバーガーのこと?」
「似てるけどちょっと違うの。サンドイッチ用の薄いパン二枚に、ハンバーグのタネを薄く伸ばしたのを挟んでいるの。それを油で揚げたんだよ」
シゲキくん、ナナカちゃんのお家でいっしょに作って写真を撮ったらしい。
「へぇ……。それはおいしそうね。あ、そうだ。今日は、あたしもそれとよく似たおやつを用意しているの」
「え? なになに?」
僕は実佳姉ちゃんに連れられて台所に通された。
実佳姉ちゃんは冷凍庫からお皿を取り出した。
のっているのは……凍ったサンドイッチ?
「サンドイッチ用のパンでバニラアイスを挟んで冷凍したものよ。これを揚げると、外側はあったかくて、中は冷たいお菓子ができるんだ。食べる?」
「うん、食べる!」
僕は天ぷら鍋の用意を手伝った。