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8話 うちの娘は可愛らしい

 鷹野美麗は美羽の母親である。平民の中では美しい容姿をしており、求婚が相次いだが、鷹野芳烈と結婚した。恋愛結婚だった。大恋愛とも言えよう。


 新築の家を建てて、そこで夫と暮らし娘を産む。幸せな家庭を築いている。


 今は帝城さんが用意してくれたVIP用の個室で、病院とは思えないフカフカのベッドでおとなしく寝ている我が子の頭をそっと撫でる。


 んん〜と甘えるように頭を擦り付けてくる我が子がとても愛らしい。


「まさか魔物と戦って、お友だちを救うなんて……褒めたいけど、本当は逃げてほしかったわ」


 この子は本当に心配をかけるんだからと、優しく微笑む。可愛らしいが、へんてこな子でもある。それが私の娘の鷹野美羽だ。世界で一番愛している娘だが、時折突拍子もないことをすると苦笑して、過去を思い出す。


 美羽を産んだ時は心配を隠せなかったものだ。


「泣くけど、ピクリとも動かないの。心配だわ」


 初めての子供であった。産まれたときは元気よく泣いていたし、異常は見られなかったので、元気に育ってほしいと喜んだものだ。


「そうだね。他の人の話を聞くと夜泣きは毎日らしいよ」


 夫も表情を曇らせてベビーベッドを見ていた。美羽はお昼は泣いたりするが、夜泣きはほとんどしなかった。そして、全くと言ってよいほどに、身体を動かさなかったのだ。心配してしまうのは当然だろう。


 普通はもっと活発的で、少なくとも腕を動かしたりするらしい。だが、美羽はおとなしかった。おとなしすぎた。もしかして身体に異常があるのではと何回か医者に見せに行ったところ、あまり身体が強くない娘なのでしょうと、戸惑い気味に告げられただけであった。


 なので、私たちはガラス細工でも扱うかのように美羽を見守ることにしたのだ。虚弱体質なのではとの心配はあっという間に過ぎたのだけど。


 ハイハイができるようになったら、急に活発的になったのだ。私たちは安堵した。もしかしたら歩いたりできないのではと不安だったのだ。だが活発に動く美羽を見て安堵して、愛らしいその姿に微笑みを浮かべていた。


 言葉足らずだが、話せるようになってから変なことをするようになった。なぜか数字を集め始めたのだ。


 数字を集めて、お絵かきノートに書いていく。たくさん書いたら、うんうんと首をひねり考え込む。そうして、ぺしぺしとノートを叩くのだ。


 その様子を夫に話すと笑って手を振った。


「子供だからね。なにかへんてこなことでも夢中になるのさ。なに、すぐに飽きるよ」


「そうかしら? そうかもしれないわね」


 近所の人たちに話すと、もっとへんてこなことをする子供もいるらしい。埃を集めたり、綺麗な石を集めたり、虫の死骸を集める子もいた。なるほど、子供とはそういうものなのだろうなぁと、頷いたものだ。


 基本、美羽は良い子だ。しかも驚くほどに良い子だ。たぶん親の欲目ではないと思う。何かにつけてお手伝いをしようとしてくれるし、ありがとうや、大好きといった言葉をいつも言ってくれる。それだけで嬉しくなるものだと夫にも話している。


 美羽は抱っこされるのが大好きだ。なので甘やかしているとは思うが、ついつい抱っこをしてしまう。小柄な美羽は軽くて温かい。私たちの宝物だ。


 そんな可愛らしい美羽は幼稚園に入ると、その才能を見せ始めた。幼稚園の先生が可笑しそうに教えてくれた。


女帝エンプレス? うちの娘がですか?」


 なんとまぁ、凄いあだ名を我が子はつけられたものだ。


「えぇ、美羽ちゃんは皆を巻き込んでお遊びするんです。鬼ごっこなら何人もの鬼を用意して、砂山で遊ぶ時は大作を作るんですよ。いじめっ子は注意して、おとなしい子に声をかけて、誰があだ名をつけたか、女帝エンプレスと言われています。本人は意味がわかっていないようですけどね」


 クスクスと先生が可笑しそうに笑う。馬鹿にしている様子はなく、温かみのある笑いだ。


 ちらりと砂山を見ると、大阪城みたいな巨大な城が残っていた。あれを作るのは大変だと思っていたら、我が子だったのね。バイタリティに溢れすぎている。おとなしかったのは赤ん坊の時だけだったらしい。


「でも男女分け隔てなく遊んでいるので……影響されて少し男言葉を使っているのが気になります。おうちで使っていたら注意してあげてください」


「男言葉?」


「男言葉というか、乱暴な口調です。たまに喧嘩を仲裁する時とかに口にしています」


 美羽が乱暴な口調? 正直信じられない。私たちの前では、いつもニコニコと可愛らしい笑みで、抱っこしてとせがんでくるのだ。乱暴な口調など聞いたこともないが、気をつけることにしよう。幼い頃の言葉遣いは注意した方が良い。


 夫は魔導省の区事務所に勤めており、基本定時で帰宅してくる。家事も手伝うし、お休みには散歩や外食に行く。記念日も忘れたことのない素敵な男性だ。乱暴な口調を使うことはない。きっと他の幼稚園児に聞いたのね。


 最近の美羽はでんぐり返しをしたり、創作ダンスを踊ったり、歌を歌ったりと数字を集めることをやめた。飽きたのだろう。今度はダンスかしらと私はその可愛らしい姿を何枚も写真に撮ってアルバムにした。


 愛らしい我が子はダンスも歌も可愛らしく、我が家のアイドルだ。きっとテレビに影響されたに違いないと、クスクスと笑ってしまった。


 だが、その平和も2日前までだった。午前中の家事を終えて、お昼ごはんは何にしようかしらと悩んでいる時だった。


 スマフォの呼出音が聴こえた、なんだろうと思いながら出ると幼稚園の先生で


「た、大変です。美羽さんが、魔物に襲われました」


 目の前が真っ暗になった。美羽が魔物に? 魔物の被害は時折あるが、まさか自分の最愛の娘が襲われるとは考えてもいなかった。


 夫にすぐに電話をして、私は美羽が運ばれた病院に向かった。どうやら話を聞くにいまいち要領を得ないが、魔物は退治できたらしい。


 とるものもとりあえず、急いで病院に向かい、待っていた先生と合流した。先生以外にも、厳つい男性も難しい顔をして立っていた。


「うちの子が魔物を倒したんですか!」


「はい。私たちには近づくなと叫んで……申し訳ありません。ただ美羽さんはご無事です」


 気まずそうに言う先生の話をまとめると、死霊レイスに憑依された友だちを救おうとしたとのこと。死霊レイスという響きと憑依という言葉はわかる。これでも魔導省に勤める夫の妻なのだ。最低限の魔物の知識は夫から聞いていた。でもわからないこともある。


「子供に憑依したなら先生方が取り押さえれば良かったのでは? なんでうちの子が?」


 憑依は厄介な攻撃だ。だが大人ならともかくとして、子供ならばあっさりと取り押さえることはできたはず。無意識に声を荒げて糾弾すると、着物を着た男性が深々と頭を下げてきた。


「申し訳ない、鷹野さん。闇夜は『マナ』に覚醒していたのだ。誰が教えたか、自己流か、密かに魔法の練習もしていたようで、極めて危険な状態だった」


「『マナ』に!」


 私は驚いてしまった。マナは身近なものだが、危険でもある。魔法は容易に魔力を持たないものを殺す。魔力があるものならば抵抗できるが、魔力を持たない者はまったく抵抗できないのだから。


「うちの子は大丈夫なんですか!」


 先生の肩を掴み、激しく揺さぶるとコクコクと頷き返してきた。魔法を使える者が憑依されたということは、私の子は魔法を受けたに違いない。大怪我を負ったのではないかと、心配で頭が真っ白になった。


「お、落ち着いてください。大丈夫です。その、大怪我をしたのですが……」


「大怪我を!」


「ですが、もう既に回復しています。傷一つありません。今は極度の疲労で寝ているだけです」


「回復を? 治癒師を呼んで頂けたのですか?」


 回復。ポーションを使ったのだろうか? だが大怪我ならかなり高価なポーションのはず。それとも治癒師? 治癒師は恐ろしく貴重だ。治癒師ならば何千万、いや、お金の問題ではない。今は助かったことを喜ぼうと私は少し落ち着いた。だが次の言葉は不穏であった。


「いえ、治癒師でもポーションでもありません。その、美羽ちゃんを見て頂けたらわかります」


 先生方は申し訳なさそうに言ってきた。だが、私はその時点でおかしなことに気づいてしまった。医者の先生や看護師さんたちもいるのだが、なんとなく嬉しそうで誇らしげだ。なにかあるのだろうか?


 不思議に思いながらも、病室に入る。入って驚いた。あまりにも豪華な内装だったのだ。病室には全く見えない。どこかのホテルのスイートルームと言われても信じることができる。


「鷹野さん。私の娘を助けてくれたささやかなお礼です。ここの治療費はお気になさらず」


 着物を着た男性の物言いでようやく気づいた。この人は貴族だ。闇夜ちゃんは何度か美羽と遊んだことがあるが、名字は帝城。帝城侯爵家の人だ。そのことに気づいたが、それよりも我が子の無事を確認しなければならない。


 点滴を打たれてベッドに寝ている痛々しい姿が目に入る。可哀想にと思いながら近づき、口をポカンと開けてしまった。


 美羽は黒髪ではなくなっていた。


 灰色の髪の毛となっていた。美しい艷やかな灰色の髪の毛。マナが宿っているために、艷やかなのを私は知識で知っている。


 その灰色の髪の色の持つ意味も。


「おめでとうございます、鷹野さん。彼女は聖属性に目覚めました。しかもいきなり回復魔法を使えたとか! 希少なる聖属性に目覚めたことお祝いをお伝えします」


 医者の先生が興奮気味に伝えてくる。看護師も同様に祝福の言葉を口にして、おずおずと幼稚園の先生もお祝いの言葉を言ってくる。


 なぜ医者の先生や看護師たちが誇らしげだったか理解した。聖属性に覚醒した子供を保護したからだ。


 どうして死霊レイスを前に我が子が無事だったかを理解した。冒険者や武士が助けに来たのではないのだ。


 きっとこの娘が死霊レイスを倒したのだと理解した。すぐに気を取り直す。


 何よりも生きていたことに安心する。


「そう。みーちゃんは『マナ』に覚醒したのね。なんにせよ無事で良かったわ」


 ホッと安堵して優しく美羽の頭を撫でる。灰色の髪の毛は滑らかで触り心地がとても良かった。


 マナに覚醒したことには驚きは隠せない。覚醒するのは魔力持ちの貴族や武士がほとんどだからだ。


 しかし問題はある。魔力を持たないで産まれた貴族の子は以降は魔力持ちの相手と結婚しない限り、ほとんど魔力持ちの子を産むことはない。そのために魔力を持たない者は放逐されて平民になるのだ。


「美羽は大丈夫なのかい?」


 急いできたのだろう。汗だくで息を切らせて最愛の夫が病室に駆け込んできた。


 鷹野伯爵家の元次男である鷹野芳烈が入ってきた。


 使えない者だと伯爵家から放逐された過去を持つ夫が。


 我が子が希少なる聖属性に目覚めたと知ったらどう思うだろう。夫は喜ぶだろうか。きっと伯爵家は黙っていないだろう。


 我が子を守らねばと強く誓い、美麗は夫へと説明を始めるのであった。

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[気になる点] 希少なる聖属性に目覚めたことお祝いをお伝えします。 →「お祝い申し上げます。」では、ないだろうか?
[一言] あ、パパが伯爵家から追放喰らってるのか これは美羽ちゃんが覚醒したから 干渉あるパターンやな でも侯爵家に恩売ってるから大丈夫?
[良い点] 主人公TS…大好物です!!
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