22話 学校の風景だぞっと
キンコンカンコーンと、終業のベルが鳴り響き、俺は仕事を終えた。違った、授業を終えた。
美羽は机に突っ伏して、ふぇぇと疲れた声を出す。美少女美羽ちゃんは、疲れた声も可愛らしく、子猫が甘えるかのような声音だ。その声を聞いた周りのクラスメイトがクスクスと微笑ましそうに笑う。
小学3年生の、美少女美羽ちゃんだ。撮影会をするなら、男は立入禁止でよろしく。
「エンちゃん、おつかれだね〜」
銀色に似た髪がサラリと机から流れて、物憂げな笑みが似合う絵画のような俺に、気楽そうに声をかけてくる少女の声。
俺はムクリと頭を持ち上げると、声をかけてきた少女へと眠そうに答える。答えようとして、あくびを見せてしまう。ふわぁ〜、眠いぜ。
「おぉ〜、とってもねむそ〜。昨日は夜ふかしさん?」
「ん〜、久しぶりに夜ふかしをしたんだ」
「何時? 10時ぐらい?」
「おしい、21時でした〜」
ごっつぁんですという、料理の値段を当てて、外れた人が支払いするというグルメ番組の特番を見ていたんだ。母親に怒られちゃったよ。もう寝なさいって。あのフォアグラのテリーヌ食べてみたいなぁ。フォアグラって、食べたことないんだ。
なので俺はとても眠い。まだまだ夜ふかしできる身体じゃないんだ。幼いんだよ。
残念無念、おやすみなさいと俺は目を閉じようとする。夢の世界への切符はお幾らですか? 美少女割引でよろしく。夢はフォアグラのテリーヌを食べる夢を注文します。
「寝ちゃだめ〜。コンちゃん、エンちゃんを起こしてあげて!」
少女は手のひらを上に翳すと、マナを使う。ふわりと風が巻き起こると、魔法陣が描かれて、ぴょこんと手のひらサイズの子狐が現れる。
「キャン」
可愛らしい鳴き声をあげると、シタタと俺の肩に登り、そのまま頭を突っ込んできて、俺の額をペロペロと舐め始める。
「わわわわ、やめてやめて、すとっぷ、すとーっぷ」
きゃあきゃあと叫んで、頬をベトベトに舐められた俺はコンちゃんを摑もうとするが、ちょろちょろと逃げてしまい、捕まえることができない。
「起きて起きて〜」
むふふと悪戯な笑みで、脇腹をつついてくるので、ついにギブアップしてしまう。カンカンカンカーン。
「も〜。お迎えがくるまで、お昼寝したかったのに」
ぷっくりと頬を膨らませて、ご不満美羽ちゃんだ。たいしたことのない用件なら怒っちゃうぜ。
「どうしたの、玉藻ちゃん」
俺の目の前にはフンスと鼻息荒く幼い少女が立っていた。金髪金目で元気そうな活発な顔立ちの少女だ。髪の毛をちょこんとサイドテールにしており、可愛らしい。
彼女はリスの大きさぐらいの子狐を手のひらに乗せている。先程、彼女が召喚した子狐だ。
エヘヘと小動物のように笑う姿が可愛らしい少女の名前は、油気玉藻ちゃんだ。俺と同じ小学3年生。元気な『妖狐使い』だ。
『妖狐使い』はマナを使用して、妖狐を召喚し使役する。多彩な魔法を妖狐を経由して使用できるらしい。『召喚士』の特殊バージョンと言えよう。
玉藻は去年『マナ』に覚醒した。両親も魔法使いのエリートさんだ。
さてさて、お分かりになったであろうか。『属性使い』ではないのだ。そう、『属性』や『ジョブ』はゲームで枠を作られただけ。原作はこのように様々な魔法使いがいるのである。『属性』持ちは高位貴族に多いが、『固有魔法』持ちもいるのである。実に小説に使いやすい素材と言えよう。
金髪なのは『マナ』に覚醒した証だが、光や雷に覚醒した訳ではないのである。
『妖狐使い』は『召喚士』に似ている。ゲーム化において、無理矢理作ったジョブの概念が遠くて近いので、グレーと言われた理由がわかるというものであろう。
そんな玉藻ちゃんは、マナで作った手乗り子狐と遊んでいる。ちょろちょろとリスのように、玉藻の身体を駆け巡るコンちゃん。可愛らしいので、俺にも一匹くれないかなぁ。美少女と子狐。撮れ高が取れると思うんだがどうだろう。きっとバズると思うんだ。
クスクスとくすぐったそうに、玉藻は笑いながら身体をくるくると回転させる。小説にありがちなアイドルグループが着るような可愛らしい制服のスカートがひらひらと舞う。
なんのようだろうなぁと、玉藻の可愛らしいダンスを楽しんでいると、僅かに目を見開く。
だが、くるくるとダンスを踊る玉藻の姿が消えていった。空気に溶けるように、その身体が泡に包まれて消えていった。
「おぉぉ?」
明らかに魔法だ。姿が消えていったぞ。凄いぞ、この少女。
「えへへ〜。見えてる? ん〜、見えていない? って言うのが正しいのかな」
「見えないよ。凄いよ、玉藻ちゃん! 魔法を覚えたんだね!」
何もない空間。宇宙からの訪問者のように、よく見れば空間が蜃気楼のように歪んでわかるといったことはない。どこにいるかわからない。いる場所から声が聞こえてくるだけだ。
まぁ、俺には見えているんだけどな。どうやって見えているかというと、『調べる』と念じると三角のカーソルが玉藻の頭の上らしき場所に見えるんだ。でも『調べる』と思わなければ、見えないので、たしかに素晴らしい。
ぱちぱちと拍手をすると、周りの友だちもびっくりした顔になり、ぱちぱちと拍手をする。教室に少女たちの拍手音が広がり、ほんわかとした空気となる。
うん、少女たちだけだ。少女たちの花園。ここは、女子校なのだ。少女たちしかいない恐ろしい所である。なんで恐ろしいかって? 男の目がない学校はな、アニメの女子校とは違うらしいぞ。まだ小学3年生だから、大丈夫だけどな。
「えへへ。『蜃気楼』の術だよ、こーがくめーさい? っていうんだよ」
「光学迷彩よりも強力だと思うよ。見えないもん。それを見せたかったの?」
空気が揺らがないのだ。しかし俺は甘かった。魔法の力を甘く見ていたのである。レベルのない世界というものを、まだまだ理解していなかったのだ。
「とやぁ」
可愛らしい掛け声と共に、ポンと空間から現れたのは……灰色髪の美少女だった。タップをテテンと踏んでぐるりと回転して、ビシッとポーズをとる。
「世界一の美少女が現れたよ!」
「あはは、さすがはエンちゃん」
なぜか俺のセリフを聞いて、可笑しそうに玉藻は笑う。どこかで見たことがあるような美少女だが、どこの誰に化けているんだろうな?
毛先も整えられており、滑らかな銀色にも見える髪を背中まで伸ばし、微笑むその愛らしい顔は見惚れてしまう。うん、世界一の美少女だ。アイスブルーの瞳が気に入ったよ。
「も〜、エンちゃんに化けているんだよ。『変化』〜」
「全然気づかなかったよ! 私なんだ。照れちゃうな〜」
悪戯な笑みで、えへへと俺の顔を覗くように見てくる玉藻だが、な、なんと俺に変化していたらしい。全然気づかなかったよ。世界一の美少女にしか見えなかった。
ちなみにエンちゃんとは俺のあだ名だ。玉藻とは幼稚園時代からのお友だちなんだ。エンプレスが本当のあだ名だ。プレス機の仲間だと思われる。
照れ照れと照れちゃう美羽に、あははと笑ってぺしぺしと肩を叩いてくる玉藻。そして、また身体をくるりと回転させると、ぽふんと煙に覆われた。
「ジャジャーン! 狐っ娘、油気玉藻ちゃん、参上コンッ」
最後は素晴らしい最終形態だった。パチリとウィンクをして、後ろ手に腰を少し屈めて微笑む玉藻。その頭には狐耳。お尻からもふもふな尻尾を生やして、フリフリと振ってきた。
「わぁ! 玉藻ちゃん、凄いね! 狐っ娘になっちゃった」
狼男とかいたけど、狐っ娘は原作ではいなかった。………狐っ娘は目立つから、俺の朧げな記憶にも存在したら覚えているはず。うん、たしかいなかった。
即ち、玉藻はモブだ。安心してお友だちになれる娘だ。ヒロインだと、面倒くさいストーリーとかに絡まれるかもだからな。依然として俺は弱い。もっと強くならないと、怖くてヒロインには関われないぜ。
「昨日覚えたんだ! コンちゃんと『同化』すると変化できるんだよ」
「その歳で、そこまで魔法が使えるのは素晴らしいですよ、玉藻さん」
丁寧な声音で声をかけられたので、振り向くと闇夜が来ていた。俺と闇夜は違うクラスなのだ。迎えに来てくれたのかな? ピシリと背筋を伸ばし隙のない姿だ。相変わらずかっこよく決まっている美少女である。
「えへへ〜、照れちゃうな〜。玉藻はそんなに凄いかな?」
くるくると照れて、玉藻は回転する。もふもふそうな尻尾がフリフリと動くので、俺の手はウズウズしちゃう。
「『変化』は高等魔法とお聞きしています。それをその歳で使用できるのは、玉藻さんくらいですわ」
闇夜が優しく微笑んで、玉藻のことを褒め称える。周りの子供たちも、玉藻ちゃん凄いねとはやしたてるので、玉藻は頬を興奮で赤くして、くるくると回転し続けた。目が回らないか、心配になるぞ。
「エンちゃんも、闇夜ちゃんも魔法使えるから、玉藻も頑張ったの〜」
ふふふと笑う玉藻は、どうやら俺たちに触発されたらしい。わかるわかる。友だちが魔法を使えるなら、自分も使えるようになりたいよな。魔法使いでなくても、気にしないけどね。
「ねぇねぇ、玉藻ちゃん。その耳と尻尾を触っても良い?」
「ふふふ、パパとママも同じことを言ったよ、もちろん良いよ!」
玉藻、なんて良い子。俺は遠慮なく触るぜ。
金色のもふもふの狐耳にそ〜っと手を伸ばすと触ってみる。おぉ、もふもふだ。ふにふにしているのが、気持ち良い。尻尾にも手を伸ばすが、まさに狐のマフラーみたいだ。合ってるか。
「もふもふ〜」
「それでは私も」
「あ〜、私も〜」
「ふわふわだ〜」
「ふにふにだ〜」
闇夜たちも加わり、もふもふする。その感触の良さに目をつむり堪能する。灰色髪の美少女と、黒髪の美少女、そして、幼い少女たちは、玉藻の狐耳と尻尾を堪能し、玉藻はくすぐったさそうにキャハハと笑って、涙目になるのであった。
ひとしきり堪能して、満足すると席に戻る。大満足だ。狐っ娘って、現実でも最高の存在だと確信したぜ。
「ありがとうね、玉藻ちゃん」
ニコリと美羽は満足げに幸せな顔でお礼を言う。堪能しました。
「うん、別にいいよ〜」
にっこりと笑う玉藻。人の良い優しい娘だ。一家に一人、玉藻ちゃんが欲しいなぁ。その子狐だけでも分けてくれないかな。
まぁ、それはともかくとして、眠気は完全に消えちゃったね。帰るかな。
「さて、帰る?」
家に帰って、おやつを食べるかな。今日のおやつはなんだろう。
「あ、これだけじゃないの! 帰りに遊ばないって、お誘いに来たんだ」
だが、玉藻は狐っ娘変化を見せに来ただけではなかったらしい。あわわと小さいおててをぶんぶん振ってきた。どうやら一緒に遊びに行こうとお誘いに来てくれたらしい。
「なるほどねっ。何して遊ぶ?」
「浮遊板なんてどうかな?」
「行くっ!」
キランと目を輝かせて、俺はすぐさま賛成して、小さい手をあげる。
この世界。現代ファンタジーなだけあって、色々と前世と違う物があるんだ。遊び道具もその一つ。
浮遊板、遊びに行こうぜ。楽しみだ。母親には寄り道してくるって、連絡しておこうかな。




