134話 新型装備なんだぜっと
『戦う』を選んだことにより、身体に力が漲り始める。ステータスどおりの能力が発揮できるようになったと本能が理解する。
指先から、爪先まで、一つ一つの細胞が活性化し、思考がクリアとなった。みーちゃんの意識はおネムとなり、俺の意識が強くなる。
アイスブルーの瞳は、凶暴なる輝きが宿り、灰色の髪からふわりと魔法の粒子が舞い散る。
「いくぞ、ゲルズ!」
自らが装備している新型魔導鎧『試作型ティターニア』が稼働し、背中に搭載されている翅が震え、僅かに地上から身体が浮く。
トンと地面を蹴り、美羽は前傾姿勢で走り出す。一歩一歩が数メートルを移動し、その動きは豹のごとく突き進む。
「ロキを攻撃しなさい!」
美羽の速さを見て、すぐさまゲルズが残る7体のブレイントレントへと指示を出す。
ブレイントレントたちは、命令どおりに美羽を攻撃対象にして、魔法を使おうとしてくる。
だが、その動きはとても鈍い。いちいち命令していたら、俺に追いつくことは不可能だ。
「遅い」
口元をニッと笑みへと変えると、新たなるスキルを使用する。
『縮地法』
美羽の身体がぶれたと思うと、その場からかき消える。地に落ちている枯れ葉が舞い、ブレイントレントたちは突然目標がいなくなったことに戸惑い動きを止めてしまう。
ブレイントレントたちとの数十メートルの間合いを一瞬で詰めて、トッと足を地面につける。隣に現れても反応できない哀れなる魔物は、木の枝に覆われた眼球を美羽に向けて、なんとか攻撃を仕掛けようとするが遅すぎる。
美羽はブレイントレントを横目に、オーディーンへと指示を出すと、相手にせずに足に力を込めて、さらに加速して姿を消す。
「そいつらの相手は任せた!」
「わかった。任せておけ」
気負うことなく、たんなる面倒くさい仕事だとでも言うような、オーディーンの言葉がとても頼りになる。
ニカッと笑みを浮かべて、ブレイントレントたちをそのまま追い抜き、ゲルズへ肉薄する。
「なっ! 速い!」
ゲルズとの距離は、たったの1メートルにまで詰まる。口を馬鹿みたいに開けて驚愕するゲルズに、腰から武器を抜き放つ。
「ファーストアタックだ!」
紅き短剣『クイーンダガー』。そして新装備であるエメラルドグリーンの刀身を持つ『蟷螂の脇差』だ。
二刀流となって、右足を大きく踏み込み、右から横薙ぎを繰り出す。
「くっ!」
ゲルズは手のひらの中から、茨の蔦をズルリと取り出すと迎え撃とうとしてくる。
だが遅い。
「ヒュッ!」
鋭い呼気にて、繰り出す攻撃は縦に蔦の鞭を構えたゲルズへと当たる。弛んだ鞭に防がれるが、その反動で右手を下げて、左からの切り上げを振るう。
緑の軌跡が空中に残り、慌てるゲルズの右腕を切り裂いた。なぜかほとんどゲルズの腕から血が流れないが、それでも苦痛に顔を歪めている。
「ていっ!」
可愛らしい声音で、可愛らしくない連撃を続ける。残光が空中に生まれ、ゲルズの身体にいくつもの傷がついていく。
「ガッ! 魔法障壁が突破される?」
携帯型魔法障壁発生魔導具を持っていたのだろう。ゲルズの表面に魔法障壁の光が発生するが、俺の攻撃は透過して、ダメージを与えていく。
動揺と恐怖がないまぜになって、悲鳴をあげるゲルズだが大丈夫、魔法障壁は効果を発揮している。
ただ少しだけ違うのは、ゲーム仕様の美羽の攻撃は、魔法障壁を防御力として見ているだけだ。その証拠に、ゲルズの傷は浅い。
しかしながらゲルズにとっては、魔法障壁が突破されていると思えているらしい。鞭を盾にして防御一辺倒になる。
さらに追い込もうと、攻撃を繰り出そうとするが、ピクリと眉を曲げて、俺は後ろへと素早く下がる。
『根槍衾』
それまで俺が立っていた場所に、地面から何本もの根が先端を槍のように尖らせて突き出された。ゲルズの植物魔法だ。
「甘く見ないでよぉ〜」
根っこが壁となり余裕ができたのか、鞭をパシンと手で叩くと、ゲルズは間合いをとって顔を歪めて嗤う。
俺は右足を強く踏み込み、両手に力を込めて、身体を捻る勢いで、武器を振るう。
『乱刃』
魔法の力を武器に込めて、武技を発動。それぞれ角度の違う方向から、幾条もの光の軌跡が根っこに奔り、バラバラに切り刻む。
空中に根っこの欠片が散っていく中で、ゲルズも鞭を構えて、マナを巡らせた。茨の鞭に毒々しい小さな花が咲き、不気味なるオーラを纏わせる。
『吸血鞭』
ヒュッと、鞭を撓らせてゲルズが俺を攻撃してくる。
「妾の鞭も魔法障壁を貫くわよん!」
得意げに口端を釣り上げるゲルズ。その茨の棘は鋭く尖っており、魔法障壁を貫く効果を持っているのだろう。まぁ、魔法障壁ないんだけどね、この魔導鎧は。
迫る鞭へと俺は短剣を突き出し、カチンと先端を合わせる。鞭を弛ませて弾くが、勢いは消すことはできずに、鞭の半ばが迫り身体に命中する。
長剣などなら弾けば全体に衝撃が伝わり、それで攻撃は防げるが、鞭などは衝撃が完全に伝わらずにその勢いは消せない。
美羽の身体は傷つけられて、鮮血が吹き出すが、鞭へと流れていき吸収されていった。
ゲルズの受けた傷が、美羽の血を鞭が吸うごとに回復し消えていく。
「ふふふ、残念だったわねぇ〜、妾の傷は完全回復よん」
「かすり傷だから、あっさりと治るんだろ」
目を細め、平静な表情でゲルズへと答える。『吸血鞭』は与えたダメージの10%足らずを吸収するだけのしょぼい技だ。ゲルズの攻撃は厄介な物が多いが、その中でも使ってくれてありがとうというレベルの弱い技である。
「痩せ我慢をっ!」
「どうかな?」
むふんと笑みを見せてやり、膝を下げて、繰り出される鞭へと、あえて突進する。防げないなら、食らって耐えるのみ。
不規則に迫る鞭の乱打が美羽の身体を傷つけていくが、問題ない。
「ダメージ倍率の補正もない攻撃では、俺を止められないぜ!」
地を蹴り、茨の鞭の嵐を突き破り、ゲルズへと再び迫る。
「フリッグ!」
「了解よ、お嬢様」
後ろへと叫ぶと、フリッグがフリントロック式短銃をくるりと手の中で回して、薄っすらと微笑む。そうして、美羽へと銃口を向けると引き金を引く。
『攻撃3倍化』
単純な支援魔法だが、強力な魔法。魔法をかけた者の次の攻撃が3倍化する魔法が、フリッグの向ける銃口から金色の光線となって、美羽へと命中する。
美羽の身体が黄金に光り輝く。キュッと手の中の短剣と刀を握りしめて、凶暴なる獣のように美羽は笑う。
『烈空十文字斬り』
ゲルズの身体を一瞬で通り過ぎ、その身体に十字の剣撃を残し、俺は地面へと擦るように足をつけて止まった。
「あ、ガハッ!」
断末魔の悲鳴をあげてゲルズの体は十字に分断され、地に落ちる。
……かと思われたが、パリーンとガラスが砕けたような音がすると、傷一つなくゲルズは元通りとなった。
「むっ?」
細っこい眉を顰めて、俺はたしかに手応えがあったのにと、訝しがり振り返る。
ゲルズは、ワナワナと身体を震わし、懐から何やら水晶のような透明な小さな欠片を取り出すと、顔を歪めて絶叫した。
「ぎゃぁァァ、妾が50年かけて作った『生命のダイヤモンド』が砕けた! あれだけ大量の生命力を保管していたのに!」
信じられないと、混乱するゲルズ。なるほど、人の生命力を詰め込んだ非道なる身代わりの魔道具を持っていたらしい。
ざまあみろだ。
「キャァァァ、私が貰う予定だった『生命のダイヤモンド』が砕けちゃったのね! 保護しておけば良かったわ!」
信じられないと、混乱するフリッグ。なるほど、ダイヤモンドという名前に反応したらしい。ムンクの叫ぶ人みたいになってる。
実にどうでも良い。
「お、おのれぇ……ダイヤモンドを破壊するとは……貴女……その攻撃力はいったい?」
恐ろしい憤怒の形相で、憎々しいと睨んでくるゲルズ。
「あぁ、『忍者』はアタッカーだからな。物理攻撃力はダントツなんだぜ」
「『忍者』? 風魔? 甲賀?」
「いや、ただの『忍者』だ。ただ、『侍』と混ざっているけどな」
むふんと平坦なる胸を張って教えてやる。
『盗賊』、『狩人』、『道化師』をマスターにするとアンロックされる複合ジョブ『忍者』だ。
5種類ある複合ジョブの中で、物理アタッカーの役目を持つ。複合ジョブには『侍』は無い。その代わりに、『忍者』に他のゲームでは侍の武技やスキルといわれるようなものもあるから、『忍者ヒーロー』とか、前世では言われていた。
『忍者』独自のスキルに、マスターした『盗賊』、『狩人』、『道化師』のマスタースキルも使える便利なジョブだ。
遂に複合ジョブにつくことができた鷹野美羽のステータスはこんな感じ。セカンドジョブは『神官』、サブはパッシブで会心率をあげる『鑑定士』だ。
鷹野美羽
レベル50
メインジョブ:忍者:☆☆☆
セカンドジョブ:神官Ⅳ:☆☆☆☆
サブジョブ:鑑定士Ⅲ:☆☆☆☆
HP:462
MP:378
力:381
体力:305
素早さ:621
魔力:189
運:226
固有スキル:武技大強化、忍術使用可能、忍びの心(不意打ち無効、先制攻撃率アップ、会心率アップ、状態異常耐性、精神異常耐性)、風属性無効、武器装備時攻撃力200%アップ、神聖強化、ターンアンデッド、鑑定可能
スキル:刀技マスター。短剣技マスター、格闘技マスター、忍術、神聖術、鑑定術
装備:『クイーンダガー:レベル55。装備時全ステータス10%アップ。昆虫系統に特攻。固有技有り』
『蟷螂の脇差:レベル46。時々防御無視。固有技あり』
『試作型ティターニア:レベル60、アネモイの翼、固有技あり』
アタッカーと言うには、力は聖騎士よりも低いが、会心率と多段攻撃、それに多彩な攻撃スキルが『忍者』をずば抜けた火力の持ち主としている。
そして『アネモイ』を分解し、再設計した『試作型ティターニア』だ。皇帝の遺産の中で、弱いけどいい素材を使っていた魔道具を分解して素材としました。他にもクイーンアントの素材も使ったのだ。奮発しました。
『蟷螂の脇差』は即死攻撃スキルがあるが、使うことはないだろう。それよりも時々防御無視が美味しい効果なので使うことに決めた。もう素材なかったし。
ゲルズは強敵だ。だからこそ、万全の準備をしてきた。それでもこのレベルで戦う相手ではないと思うけど、レベル上げができない以上、これで戦うしかない。
「………あらゆる能力をコピーする『ロキ』………貴女の力、欲しくなったわぁ〜」
息を整えて気を取り直すと、目を狂気で歪ませて、にちゃりとした笑みを浮かべてくる。
「俺へのお触りは禁止だ。試してみるか?」
武器を持つ手を構えて、摺り足でゲルズを警戒する。ゲームなら、次のイベント開始だが?
「その余裕がいつまで続くのかしらぁ?」
手を振り上げると、ゲルズは指をパチリと鳴らす。今度は『万花の毒』ではないようだ。
『邪悪にして、不死なる軍勢』
「むっ?」
『邪悪なる生命の樹』が赤く光り、まるで血管でも通っているかのように脈動する。
それとともに、狂気なる人面の花や、脳の実が地へと次々と落ちて、その身体を木の枝で覆い人型となる。
『アーミートレント:レベル32、弱点 斬、炎』
ぞろぞろとアーミートレントたちは歩き始めて、美羽たちを取り囲もうとしてきた。
「どう? 集めた実や花は1000人近いわぁ。全て倒せるかしらぁ?」
せせら笑うゲルズと、包囲してくる哀れにして、恐るべきトレントたち。
見ると、『邪悪なる生命の樹』に咲いていた花や実は一つもない。思い切りの良い敵だ。俺たちを倒すのに、全てのカードを使うつもりなのだ。
だが、ゲルズの目論見はこれではないことを俺は知っている。この次の行動のための事前準備なのだろう。
「『ロキ』と愉快な仲間たちの力を見せてやろうじゃないか」
しかし、これは予想外だな。さて少しだけ作戦変更といくかなっと。




