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6 伯爵邸で更に土下座





 執事セバスチャンや他の使用人達(買収できなさそうな真面目な者達ね)にも懇願され、マリーは渋々ファビアンと向かい合って席に着いた。部屋の入り口には使用人達がズラリと並び、明らかに【奥様脱走絶対阻止シフト】が敷かれている。マリーがちらりと窓の方を見ると、数人の使用人がシフトチェンジして窓の側に立った。いや、さすがに窓から逃げ出したりしないってば! マリーは山猿ではない。れっきとした伯爵夫人なのに、どうやらこの屋敷でのマリーの信用はZERO~らしい。


 ファビアンは椅子から降りると、また土下座した。まぁ、ここは伯爵邸なので止める気はない。好きなだけ土下座してくれ。

「マリー、本当に本当にすまなかった。君がいなくなって、ショックで辛くて寂しくて……自分がどれ程マリーを愛しているのか、そんな状況になって初めて分かったんだ」

「はぁ」

 それはそれは。えらい難儀なことどしたな。

「私たちの結婚は政略だったから、お互い恋愛感情など持っていないと思い込んでいた。でも、いつの間にか私は君を愛するようになっていたんだ。君を失って初めて、そんな大事なことに気付くなんて、我ながら救いようのないバカだと思う」


「……あの『お互い恋愛感情など持っていない』と思ってらしたようですが、私は最初からファビアン様の事がまぁまぁ好きだったんですよ?」

 これは本当である。

「え? そうなのか? で、でも私が愛人をつくっても『アンタ、遊びなはれ。ワインも飲みなはれ』って笑ってたよね? てっきり私に愛情など無いのだと……」

「だって、相手は30歳の未亡人ですよ? おまけに大して美人でもないし、魔性の女的な妖艶さも無いし。だいたい愛人なんて基本、性処理要員だと聞いていたので、特に気にしていませんでした」

 マリーの言葉を聞いたファビアンが、何故か焦った様子で問うてきた。

「……ちょっと待て!? 『性処理要員』なんて言葉を誰に教わった?!」

「え? 実家の兄がよく言ってました。愛人なんて大抵は性処理要員に過ぎないと。男にとって処理の性交は【排泄】と同じただの生理現象だから、将来誰と結婚する事になっても、マリーは夫の愛人など気にする必要は無いぞ、と」

 

 ファビアンは頭を抱えた。

「兄妹で何という会話をしてるんだ!? 男爵家~!?」

 マリーは夫をキッと睨んだ。

「でも、兄はそう言っていたのに、ファビアン様にとってあの年増女はただの性処理要員ではなかった訳です。あの女と結婚する為に私と離縁しようとしたのですものね! あ〜! マジでムカつきますわ! 私は絶対に離縁しませんわよ!」


「ああ、マリーと離縁などしない。ロジーヌとはあの後すぐに別れた」

「え? 別れた?」

 ポカンとするマリー。どういう事???

「マリーがいなくなって自分の気持ちに気付いたと言ったろう? それでロジーヌに別れを告げたんだ」

 はて? だが、確か、あの女の腹には子が宿っていたはずだ。

「子供はどうなさいましたの? あれから1年経っていますわ。とっくに産まれていますでしょう?」


「想像妊娠だったんだ」

 想像妊娠!?

「想像妊娠……ですか?」

「そうだ。子供を欲するあまり、ロジーヌが思い込んだらしい」

 いや、それ、愛人に騙されてただけでしょ?

 マリーの視線の意味に気付いたらしい夫は言った。

「いや、私も最初は疑ったんだ。ロジーヌが私と結婚したくて妊娠を騙ったのだと。でも、どうやら本当に思い込んでいて、その所為で実際に妊娠の症状も現れていたようだ。マリーが出奔して自分の本当の気持ちに気付いた私は、どちらにせよロジーヌと別れるつもりだった。ただ、ロジーヌとは別れても子供は認知せざるを得ないと思っていたから、妊娠が間違いだったのは正直助かったよ。子供が産まれればやはりいろいろと面倒な事になるからね」


 けっこうなクズ発言だが、マリーは嬉しかった。基本的にマリーは自分さえ良ければ良いのである。

「あの女とは本当に切れたんですね!? 子供も実在しないんですね?!」

 夫に確認するマリー。

「ああ、そうだ。マリー、本当にすまなかった。もう浮気など絶対にしないから、戻って来てくれ! 頼む!」

 どうしよっかな~? マリーは考えた。

⦅恵まれた伯爵夫人ライフをもう一度エンジョイするのもアリよね~。このまま平民の暮らしを続ければ、いつかアル中になりそうだし、肝臓も患いそう。健康の為には戻った方がいいかしら?⦆

 飲み会の誘いを断る、という選択肢はマリーの中に無かった。マリーは楽しい方へ楽しい方へと流されるタイプの人間だ。自分の性格は自分が一番よくわかっている。

「わかりました。そういうことでしたら、私、この屋敷に戻りますわ!」

   

 こうして、めでたくマリーとファビアンは仲直りした。

 土下座から立ち上がったファビアンが、泣きながらぎゅうぎゅうとマリーを抱きしめる。

「マリー、ありがとう! マリー! マリー! 好きだ! ずっと大事にする!!」

 先程主治医の手当てを受けたファビアンの顔は、包帯でぐるぐる巻きにされている。その包帯が涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていき……完全ホラー【恐怖のミイラ男】が出現した?! 

 余りに恐ろしい主の姿に、居並ぶ使用人達は顔を引き攣らせ、中には悲鳴を上げる者まで出た。だがその時、ミイラ男の腕の中で、マリーは全然別の恐怖に慄いていたのだ。

⦅今、気付いたけれど……もしかして、このまま元の鞘に収まるなら、1年前にファビアン様から貰った離縁の慰謝料と分与財産を返さなくちゃいけない……のかしら?⦆


 マリーは神に祈った。

 どうか、夫があの金のことを忘れていますように――





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