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4 ボコられた夫




 マリーが伯爵邸を飛び出してから、1年が経った。


「お疲れ様で~す。お先に失礼しま~す」

「「「「「「マリーちゃん、お疲れ!」」」」」」

 夕刻、いつものように仕事を終えたマリーが、商会の従業員専用出入口の扉を開けると、目の前に夫ファビアンが立っていた。

「え?」

 バタンっ。

 反射的に扉を閉じるマリー。

「い、今、扉の向こうにファビアン様によく似たイケメンが……幻覚かしら?」

 もしかして、ついに自分はアル中になってしまったのだろうか? 3日と空けずに飲み会に参加し、調子に乗って毎回ガンガン飲んでいるマリーは、まず己の病を疑った。だが、それにしても、あんなサイテー浮気野郎の幻覚を視るとは……まさか、自分はまだ潜在意識では夫の事が好きなのだろうか?

⦅ダメよ、マリー。あんな男、いくらイケメンで優しくて気前が良くてイケボでも、30女と乳繰り合った挙句、私と離縁しようとしたヤツなのよ! 絶対してやらんけどな!⦆


「マリー! マリーだよね!? やっと見つけた! マリー!」

 閉じた扉の向こうから、今度は幻聴が聞こえた。夫の声にそっくりだ。相変わらず低音の素敵ボイス♡ って、そうじゃな~い!

「げ、幻聴まで……私ってば、やっぱり重度のアル中!? ひぃぃぃぃっ!?」

 マリーが病の恐怖に慄いていると、騒ぎに気付いた商会の従業員達が出入口に集まって来た。


「マリー! マリー! 迎えに来たんだ! 私たちの家に帰ろう! マリー!」

 ダメだ。幻聴が止まない。

 マリーが絶望している横で、従業員の皆が何やら顔を見合わせ頷き合っている。

「マリーちゃん。外で喚いているのは、マリーちゃんの亭主なんだね?」

 喚いてる? あれ? 皆にも聞こえてるの? 素敵なイケボでしょ? って違う! 

⦅良かった。幻聴じゃなかったのだわ。ホッ⦆

 マリーは安堵した。どうやら重度のアル中ではないらしい。


「は、はい。夫です……」

 そうだ、マリーは【DV夫から逃げて来た平民女性】という設定だった。

 男性従業員達が何故か腕まくりを始める。あれ? これはちょっとマズイ展開になるのでは? マリーは慌てて男性従業員達に声を掛けようとした。

「あ、あのですね。皆さん、ここは一つ穏便にですね――「よし! DV野郎をぶちのめすぞ!!」」

「「「「「「「おぉぉぉぉぉっ!!!!!」」」」」」」

 えぇー!? 何故そんなに血気盛ん!? 

 青くなったマリーを、女性従業員達が抱き締める。

「マリーちゃん、大丈夫よ! 皆でマリーちゃんを守るからね!」

「あ……はい。どうも(白眼)」



 結局、ファビアンは商会の男達にボコボコにされた挙句、付き纏い犯として騎士団詰め所に突き出された。本来、平民が貴族に暴力を振るうなどあり得ない所業だが、この時のファビアンは簡素な服を着て平民を装い、護衛の一人も連れていなかった。まぁ、そりゃそうだ。貴族然とした格好で商会の従業員出入口の前で待ち伏せなんて出来ないものね。


 翌朝、事情聴取の為に呼び出され、騎士団詰め所を訪れたマリーは、短い聴取の後、廊下に出たところで、伯爵家の執事と鉢合わせた。どうやら彼は、ファビアンの身元証明と身柄引き受けの為にやって来たようである。

「奥様!」

「あ、セバスチャン!」

 バツが悪いなんてものじゃない。使用人を買収して家出した上に、マリーの吐いた嘘の所為で彼の主は平民にボコボコにされたのだ。

「ごめんね、セバスチャン。こんな事になってしまって」

 項垂れるマリー。

「奥様、お顔を上げてください。ご無事で良かった。この1年、旦那様はそれはそれは心配なさって奥様を探されたのですよ。とにかく、このまま伯爵邸にお戻りください」

「え? やだ。絶対に離縁なんてしないから!」


「マリー! やっと会えた!」

 背後から掛けられた素敵な低音に振り向くと、イケメンの欠片も見当たらない程腫れあがった顔のファビアンがいた。うわっ、痛そー。思ったよりも酷い状態だ。何もこんなになるまで殴らなくても……。顔の骨、折れてない? 目ぇ、見えてる? マジでヤバくない? 冷や汗をかくマリー。

「ファビアン様。私の職場の人達が申し訳ありませんでした」

ここはやはり謝っておくべきだろう。

「いや。これは自業自得だ。マリーを裏切って離縁まで迫った私への当然の報いだ。商会の従業員を訴えたりはしないから安心してくれ。彼らは私を貴族だと認識していなかったし、どうやら君に酷いことをした夫だと知っていて義憤に駆られているようだった。悪いのは私だよ」

 ファビアンはどこかスッキリした様子でそう言った。

 

「愛してる。マリー、私と一緒に屋敷に帰ろう」

  

 いや、なんでやねん!?






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