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次の朝、ラフィーネはいつもより早く目が覚めた。
エインの事が気になって寝ていられなかったのかもしれない。
朝食は夕食と違って、家族皆でそろって食べる訳ではないので、厨房に声をかけてスープとパンを用意してもらって、喉に詰まらせない程度の速さで平らげた。
誰かに見つかると、あれこれ聞かれて面倒なことになるのが目に見えるので、誰にも気が付かれない様に奥庭まで移動して、いつもの場所から森に向かった。
ただ、アリサにだけは、森に行って小鳥たちとおしゃべりをしてくると置手紙をして。
いつもの様にラジカを読んで、森の広場まで乗せていってもらう。
今日のラジカはおしゃべりな若者で、広場に着く間、ずっと森の中の事や仲間内で気になっている雌のラジカの事をラフィーネに教えてくれた。森の中の広場に着いたので、乗せてくれたお礼に、雌のラジカの気を引く花の咲いている場所をお教えてあげた。
スキップしながらさっていくラジカを見送っていると、後ろの方から声をかけられたので、振り返った。
『ラフィーネ、おはよう』
上半身に何も身につけず、水浴びをしてきたのか濡れた髪をタオルでガシガシと拭きながら、エインが声をかけてきたのだ。
ラフィーネは思いもしない状況に固まってしまった。
『小川の水が気持ちよかったよ。この辺りは空気も良いし、久々にぐっすり眠れた』
頭に被っていたタオルを首に掛けて、エインがラフィーネに目を向ける。
『どうした、ラフィーネ?』
目を見開いて真っ赤になって立ち尽くしているラフィーネ。口がアワアワとなにかを言おうとしているが、上手く言葉が出てこない。
『き、き、き、き、きゃーーーーーいやーーーーーー‼︎』
ラフィーネが甲高い声で叫び、両手で顔を覆い、その場に蹲った。
『うぉっ、、ビックリさせんな。なんだって言うんだ?』
『ラフィーネ、大丈夫?』
『ラフィーネ、真っ赤真っ赤』
ラフィーネの叫び声に反応した小鳥たちが一斉に騒ぎ始める。
『は、は、早く、服を着てください!そ、そんな恰好でいるなんてっ!ハレンチです!』
両手で顔を覆ったまま、指の隙間からエインの姿を確認する。
上半身には何も身にまとっておらず、首にかけたタオルが一枚。鍛えている体だからなのか、まんべんなく胸にも腕にも筋肉がついている。ただ、これまで負った怪我だろうか、あちこちに大小さまざまな傷跡があった。
『ハレンチって・・・高々、上半身が裸なだだけだろう?これでハレンチって言われても...。騎士連中なんて鍛錬後はみんなこんなものだろうよ』
まいったなぁとつぶやいて、木の枝にかけた会った上着を羽織る。
『もう大丈夫か?うは、まだ乾いてないわ』
ブツブツ言いながら、エインがラフィーネに話しかける。上着を羽織ったものの、前は開いたままだし、目のやり場に困るっていえば困るけど、でも、まぁ、さっきよりはマシになったと思う。
『嫁入り前の娘がいるんですから、ちょっとは気をつけてください』
顔の赤みがまだとれないまま、ラフィーネはエインに食って掛かる。
『そんなに珍しいものでもないだろう?』
『珍しいとかではなくて!いや、珍しいというか、見た事なかったし.....』
兄上様に男性には近寄っていけないと言われていたラフィーネにとっては、初めて見る男性の体。
驚きとドキドキと興味で頭の中が一杯になっていた。
『へぇ、見た事ない?とんだ箱入り娘だな。兄弟とかはいなかったのか?』
『兄上様がいるけど、兄上様はそんな恰好はしないもの』
いつも王子様然とした格好で、エインみたいな服装でなんて見た事はない。寝る時にも、いつものしっかりきっかりした衣装で寝るのかしらって思っているくらいだ。
『ふぅ~ん。まぁ、男なんて一皮むけばみんな同じようなものだ』
『兄上様はエインみたいなハレンチな人じゃないもの!』
『はいはい。ブラコンめ』
『ラフィーネはもう朝食は済ませたのか?』
『えぇ。こちらに来る前の済ませてきたわ。エイン、もう身体は大丈夫なの?』
あれだけ大きな怪我だったのに、エインの姿を見ると、そんな事がなかったかのようにふるまっている。
『あぁ、お陰様ですっかり大丈夫だ。昨日はありがとう』
にっこり笑うエイン。金色の髪が日の光に反射して眩しいし、金色の目がキラキラして、とっても綺麗だ。
広場の真ん中に小さなテントがひとつ。その脇で火を起こして、木の枝にさして焼いているのは、見た事のないもの。
『何を焼いているの?』
『シャーケだ。海から川に上ってくる魚で、油がのっていて上手いんだ』
切り身を刺した枝から、火に焙られて余分な脂がしたたり落ちてきている。おいしそうな匂いが漂ってきた。
『私も食べていいの?』
朝食は済ませてきたのに、ラフィーネのお腹がきゅるきゅると言い出した。