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『確かに、私が行った訳ではありません。でも........』
私の立場だったら、父上にお願いして止めて貰う事が出来たかもしれない。事前に知る事が出来て居れば、もしかしたらと思うと、申し訳なく思う。
『起こってしまったことは仕方がない。これからをどうするかが大事なんだ』
落ち込んでしまった私を慰めてくれているのか、私の背中をポンポンと叩いてくれる。優しい人。
『あの、』
『なんだ?』
『いい加減に離してくださいませ』
じとっとした目で見ると、その人は金色の瞳を丸く開いて、そしてフッっと笑った。
『エインだ』
『?』
『俺の名前はエインだ。君の名は?』
『私の名前?どうして?』
突然私の名前を知りたい?なぜ?
『君を気に入ったから』
気に入った?は?私を気に入った?へ?え?えーーーーーー!?
思いもかけない言葉と共に、エインの唇が私の唇を掠め取る。エインの薄い唇の感触。一瞬触れたその唇の熱に、私はすっかりフリーズしてしまった。腕の中で固まってしまった私をみて、エインと名乗ったその人はひどく満足気に笑った。
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エインを私を乗せて来てくれたラジカに乗せ、私はまた呼び寄せた別のラジカに跨る。元いた広場に戻ってくれる様にラジカ達に告げる。
エインはラジカと話している私の姿を興味津々に見ていた。
『こいつらの言いたい事が君には理解出来るのか?』
『えぇ。貴方には出来ないの?』
不思議そうに尋ねる私に、素直に答える。
『なんとなく、だな。君みたいにはっきりは理解出来ないが、なんとなくは分かる。俺の身体が重いと言っているだろう?』
『あら、よく分かりましたわね。固くて重くて大変だって』
確かにな、申し訳ない と、エインはラジカに声を掛けて首を優しく撫でた。
エインの身体に負担にならない様にゆっくり広場に戻って貰った。思った以上に時間がかかり、空には気の早い星が瞬き始めている。
沢山いた小鳥達はもう誰も残っておらず、寝床に戻った様だった。
『ありがとう』
ラジカの背から降りて、エインは礼を伝える。
『どうと言う事はない』
と答えるラジカ。なんとなくなんだけど、お互いの気持ちは伝わっているらしい。
『君は家に戻るのか?』
ラフィーネに尋ねるエイン。
『えぇ、戻らないと叱られてしまうわ』
『そうか。残念だな』
『何が残念なの?』
『君の事が気に入ったと言っただろう?』
思い出さない様にしていたのに、エインの一言ではさっきの事を思い出してしまった。ほんの一瞬、エインの唇が私の唇に触れた事を。
エインの腕の中から漸く抜け出した事。でも、エインの腕の中にいた時の温かさに、また腕の中に戻りたいと思ってしまった事など様々な事を
。
『な、何をおっしゃっているの?揶揄うのもいい加減にしてください』
先程の口付けの事といい、エインに振り回されっぱなしだ。
『揶揄ってなどいないさ。君の事が気に入ったのは本当だ』
『私は、醜い容姿ですし、そんな私が気に入ったなどと、揶揄う以外に考えられません』
ラフィーネは自分で言いながらも、自然にうつむいてしまった。
『誰が醜い容姿だと?』
何処からか、ひんやりした空気が漂ってくる。
『皆が言っていますもの。くすんだ赤い髪に、薄い琥珀色の瞳。家族に似ても似つかない妖精の取り替えっ子と』
皆に言われている言葉。聞き慣れた言葉だけど、言われるたびに目に見えない傷ができ胸が痛んだ。家族はそんな事ないと言って、無条件に愛してくれるけど、でも、醜いと言われる事は辛い。
『顔を上げろ。君は醜くなんてない。自分で言うのもなんだが、俺は自他共に認める面食いだ。美しくない女には、食指は動かん』
『面食い?何か、美味しい食べ物?食べるのが得意なのですか?』
ラフィーネが聞いた事のない言葉に小首を傾げ、エインに真顔で尋ねる。ラフィーネの言葉に、一瞬エインの顔が引き攣った。
『まぁ、食べるは食べるがそう真面目に得意かと聞かれると…』
これだから箱入り娘はと、ブツブツとエインが小声で文句を言っている。
『兎に角、自信を持て。俺が惚れた女だ。誰にもなにも言わせない』
エインがそう話し、ラジカの背に乗ったままの私に手を伸ばし、頬に触れる。壊れ物を扱う様に優しいエインの手が、ラフィーネの心をくすぐる。
『あ、ありがとうございます』
恥ずかしさに顔を赤らめたラフィーネに、エインは小さく笑う。
『また、明日。ここで君の来てくれのを待っているよ、ラフィーネ』
そう告げ、ラフィーネの手を取り、指先ににエインはそっと口付けをした。