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『それで、応接の間を覗きに行きラシードに悪態をつかれたと』
『……はい』
奥庭の東屋で、椅子の上に正座をさせられ、兄様からこんこんとお説教されている。確かに兄様のお言いつけを守らず、男性のいる応接の間に近づいたからラシード様にあんな事を言われてしまったのですか、でも、それって私が悪いのかしら?
『ロックウェル公爵には、後で私からじっくり話をしておくよ』
いえ兄様、父上様と母上様からお話を頂いてすっかりペチャンコになっておりましたから、許して差し上げた方が…とは、わたくしも我が身が可愛いので申しません。
『ラフィーネ、聞いているのかい?』
頭の中で兄様の言葉に反論するのに忙しくて、うっかり返事を返すのを忘れてしまったわ。まずいわ、小言が長引いてしまう。
『聞いております、兄様』
いかにも真摯に聴いておりましたといった態度で項垂れていた顔をあげて返答すると、兄様は大きな溜息をついた。
『わかった、もうよい。効く耳を持たない者に話して聞かせるほど徒労に終わる事はない』
こめかみを指で押しながら、ジロりと私を見る兄様。
『兎に角、男の側に寄らない事。わかったな、ラフィーネ』
はい、と答えるのが賢い兄様への対応なのは分かってはいるのだが、何故か今日ははいとは言いたくなかった。
『兄様、何故私が男性の側に寄っては駄目なのですか?』
『ラフィーネ…』
これまでで最大級の大きなため息をついて、兄様が答える。
『ラフィーネ、男はオオカミだというだろう?可愛いお前に何かあったらと思うと、兄はもうおちおち仕事もしていられない』
は?なんだそれ???
思いがけない兄様の返答に目が点になる。
『小さなこ頃から愛らしくて。天使の様な我が妹。そんな天使に「にいたま」と初めて呼ばれた時には、もう、このまま天に召されてもいいと』
目をつぶってその時の事を思い出して涙ぐんでいる兄様を見て、わたしはドン引きだ。
『「らふぃーねは、おおきくなったらにいたまのおよめさまになるの」と言われた時には、禁断の関係で神に許されないとしてもラフィーネが望むならばと....』
『わ、わかりました、兄様。わかりましたから、もう男性には近寄りませんからっ!』
これ以上兄様の思い出話を聞かされると、私の精神的ダメージが大だ。両親の親の欲目も恐ろしいと思ったが、兄様はその上を行ってしまう。あな恐ろしや。
『約束だよ、ラフィーネ』
にっこり笑って、大魔王は城内へ戻っていく。
ほっとしていると、急に兄様が振り向いて
『ラシードの件は、フィオーネが気にかけていたから、わたしから話をしておいたよ。顛末は後で教えてもらいなさい』
と声をかけてきた。姉様?フィオーネ姉様?フィオーネ姉様がラシードを気に掛ける??
あぁ、終わった.......。わが家の最終兵器登場。ラシード様には申し訳ないが、身から出た錆。しっかり錆を落として貰いましょう。
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『さぁて、気を取り直して出かけましょう。兄様のお小言で出掛けるのが遅くなってしまったわ』
ジャスミアのツタの下、城壁の仕掛けを開いて、しばらく手探りで暗闇を進む。ぼんやりとした小さな明かりが、進むごとに徐々に大きくなってくる。暗闇から出た瞬間、強い光に一瞬目がくらんでしまう。
手で目を覆い、光に目が慣れてから覆っていた手を外す。
目の前には沢山の樹木や蔦に覆われたアステリアの森が広がっていた。
うっそうとした森の中を勝手知ったる様に進む。
ラフィーネが来た事に気が付いた鳥たちが盛んに話しかけてくる。
「ラフィーネ、来たの?来たの?」
「今日は遊ぶの?遊ぶ?一杯遊ぼ」
『分かった分かった。待っててね。広場でお話を聞くから』
次から次へと話しかけてくる小鳥たち。ピチピチ、ピーピーとにぎやかな鳴き声が回りに響き渡る。