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『た、大変申し訳ございませんでした。不敬には問わないとの陛下からのお言葉を賜わっていたにせよ、ラフィーネ様への暴言や態度。臣下として有るまじきものです。ただ、息子はまだ年若く、人間として性根を入れ替えさせるためにも、何卒ご容赦頂きたく。代わりにこの私が…』
応接の間に、ロックウェル公爵が頭をすり減らす勢いで、平身低頭している。
『ジルベルト、頭を上げてくれ』
父上様が公爵に声をかける、
『そうですわ、ジルベルト。顔を上げてください』
先程から、何度となく繰り返された言葉。
ようやく蒼白となったロックウェル公爵が顔を上げた。父上様がソファーに座る様に公爵に手振りし、アリサが新しいお茶を用意してくれた。
『こちらが悪かったのだよ。娘可愛さに、ルシードに直接話をしてしまった。先にジルベルトから話を切り出してもらっていたら、ルシードもあそこまで荒げる事もなかったろう。私の口から出れば、それは王命。打診とは言え、断る事は難しいからな』
『あら、陛下。でも、ルシードははっきりと断りましたよ』
『おぉ、そうだったな。国の王を相手に気概のある若者だ』
『本当ですわ。なかなか見かける事のない豪胆さですわね』
父上様と母上様の会話に、公爵の顔色が蒼白から土気色になってきている、和かに話してはいるけど、2人ともかなり立腹しているわ…。
『父上様。ラシード様に一体どの様なお話をされたのですか?』
『ラフィーネの婚約者にならないかと』
淡々と答える父上様。え、今、婚約者といいました?
『わたくしの婚約者にとですか?護衛とかではなく、婚約者?
一体何故そんな事を…。ラシード様が激昂するのも無理ありません。フィオーネ姉上であれば兎も角。出涸らしと言われるわたくしでは…。』
(扉の前で対峙した時の舌打ちは、これが原因だったのね。確かに悪態も吐きたくなる訳ね…)
『何を言う、ラフィーネ。其方は私達の愛しい娘。幸せを祈り、国一番と名高い剣の使い手を伴侶に求め娘の身の安全を願うのは、親としては当然の事であろう』
何を言っているのだと言わんばかりの父上様に、臣下や国民や他国からも賢王と讃えられていても、親の欲目とはげに恐ろしきものだと思った。
『父上様、わたくしは結婚など、そんな事は考えておりません。出来ればこのままずっと、父上様や母上様と一緒に暮らせたらと。あ、でも、兄上様が妃を迎えられたら、醜い小姑がいるなんて義姉様に申し訳ないですわよね。となると、どこかの修道院に身をよせようかしら』
(確か国の北の外れに修道院があったわね。ただ、由緒正しき修道院だったから、建物がかなり老朽化していたような。南の修道院は比較的新しいと聞いているけど、私暑さはあまり得意じゃないし)
色々とこの先の自分の将来について思いをはせていたら、父上様に声をかけられた。
『ラフィーネ。そなたを修道院になぞ入れる予定はないよ。そもそも、エランドの妃には、義妹を邪険に扱う様な、そんな性根が曲がっている様な者を迎え入れる訳はなかろう?』
『そうよ、ラフィーネ。自分だけの事しか考えず、人の事を思いやれない出来損ないな人をエランドの妃になんて。エランド自身が選ぶわけないでしょう?』
・・・・・、まだラシード様の事を根に持っている訳ですわね、父上様も母上様も。ロックウェル公爵が、心労で大分小さくなりましたわ。
『わかりました。父上様、母上様。今回のお話はなかった事に。ラシード様にはわたくしが詫びていたと、そうお伝えいただけますか、ロックウェル公爵様。』
カーテシーをして応接間から退室する。部屋に向かおうとしたが、なんとなく気が向かず中庭に向かう。中庭から奥。ジャスミアのツタが這っている城壁の一部分、誰も知らない場所に、外へ出られる場所があり、そこからアステリアの森に出られるのだ。
周りに誰もいない事を確認して、ジャスミアのツタをよけようとした時、突然声をかけられた。
『ラフィーネ、どこに行くのかな?』
ビクッと体が飛び跳ねる。振り向きたくないけど、振りむかないでこのまま出て行く選択肢は、わたしには、ない。
『エランド兄上様。ごきげんよう』
兄上様と目を合わせない様に、振り向きざまにカーテシーをする。
『あぁ、ラフィーネ。今日も我が妹は可愛らしいね。兄の胸が喜びで一杯になるよ。ご機嫌は、そうだねぇ、麗しくはないかな』
恐る恐る顔を上げると、にっこり笑ってはいるが、目は笑っていない、美しくて恐ろしい大魔王がそこに立っていた。
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『陛下、この度は誠に申し訳ございませんでした』
ラフィーネが退室した後の応接の間。王と王妃、ロックウェル公爵に侍女長のアリサが残っていた。
『もうよい。元々期待はしてはおらなかった』
アリサが入れ直した紅茶を口にする。
『あの子はもやは17歳。18歳を迎える前に何とかあの子を守る盾を、と思ってはいたが、「真実の愛」の相手でなければ、盾とはなり得ない』
大きな溜息をついて、椅子に背を預ける。
『あの子の今の姿そのままに愛してくれる人、あの子の本質を見抜く力のある人でなければ』
王の隣に座っていた王妃が答える。
『それらに加えてラフィーネ様を守り抜ける力を持った人物。』
幾分か顔色も戻ってきたクロックウェル公爵。
『『『そして、ラフィーネが心から愛する人』』』