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『あぁ、いらっしゃったぞ。しかしいつ見てもパッとしないな』
『兄王子様や姉王女様はあんなに賢く美しのに、末の姫様は、なぁ』
『王様やお妃様とも似ても似つかない、妖精の取り替えっ子って話もあるしな』
『良いところをみんな吸い取られた、出涸らし姫だよ』
分厚い本を抱えて廊下を歩いていると、ヒソヒソと話している声が嫌でも耳に入ってくる。言われ慣れた言葉とは言え、胸に痛みを感じない訳じゃない。
『ゴホン』
侍女長のアリサが、静かに咳払いをする。
あっとなった召使い達がささっと散らばり姿がみえなくなる。
『ラフィーネ様、申し訳ありません。わたくしの監督不行き届きでございます』
アリサが深々と頭を下げる。
『アリサが謝る事ではないわ。だって本当の事だもの』
溜息をついて、窓に映った自分の姿を見る。
燻んだ赤い髪に薄い琥珀色の瞳。
そばかすだらけの色の冴えない顔。
身長も伸びず、平らな胸や子供みたいな身体。
輝く金髪と吸い込まれるような蒼い瞳の家族とは1人だけ違うわたしの容姿。
本を読む事は好きだけど、いざ試験となると成績はさっぱりで、兄様や姉様の様に優秀な成績も出せず。
どこをどう見たって、召使い達が言ってた通り、みそっかすの出涸らしだ。
それでも挫けずいられるのは、両親も兄様姉様も私を心からを愛してくれているから。
『ラフィーネは私達の大切で愛し子供だよ』
いつでもそう言って抱きしめてくれる両親。
『母上のお腹から出てきてくれるのを毎日毎日指折り数えて待っていたんだよ』
『そうよ。毎日毎日お腹に話しかけて、出てきてくれるのを待っていたんだから』
奪い合う様に私を抱きしめる兄様姉様。
『大丈夫よ、アリサ』
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『お断りします。幾ら両陛下からのお声がけだとしても、私にも選ぶ権利はあります』
『ラシード、不敬だぞ!』
『父上!父上は平気なのですか?皆が言っていますよ。末の姫様は本当は両陛下のお子ではなく妖精の取り替え子だと。似ても似つかぬ醜い容姿だと』
『ラーシード!!』
『国一番の騎士とのお言葉はありがたく。自身もそうあろうと努力をしてきましたし、自負もしております。ですが・・・・・。美の化身と名高いフィオーネ様であれば、この身を賭してもと応えられますが、末姫様ではごめんこうむります』
『こ、の馬鹿者っ!!!』
ガッと鈍い音がして、何かが倒れるような音が聞こえた。
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『ラフィーネ様。また外を眺めておいでですか?』
アリサがお茶の用意をしながら声をかけてくる。
『えぇ。今日はとても良い天気だし、鳥たちの歌声もとっても綺麗に聞こえてくるわ。春を迎えられてうれしい、これからやってくるのは恋の季節だ ですって』
『まぁ。確かに繁殖には良い季節にはなっているのでしょうけど、恋の季節ですか』
あきれた様にアリサが答える。
『そうよ。リーンアイは歌声を、ナインバードは羽の美しさを競って意中の相手に愛を伝えるそうよ』
『鳥の世界も、なかなかに大変なようで』
苦笑いをしつつティーカップにお茶を注ぐアリサを見ながら、窓辺から外を見下ろす。
さかんにさえずっている鳥達の声を聴きながら、廊下を進んでくるラシード様と父親のクロックウェル公爵の姿を見つけた。
クロックウェル公爵家の次男のラシード様は、我がラムニダス王国の騎士団の副団長で、その父親のクロックウェル公爵は国防大臣を務めている。ラシード様は国内で一番の剣の使い手と言われていて、次期騎士団長候補と期待されている人物だ。
見た目は筋骨隆々というよりは、文官といっても差し支えない細身の外見。しかし、ひとたび戦闘となれば狂戦士も裸足で逃げ出す程の強さと噂されている。シルバーの長い髪を一つに束ねて、鼻筋も整った綺麗な面立ち。国中の乙女が夢見る相手と言われていた。私も、城内で騎士団が訓練をしている際に何度か姿を見た事があったが、確かにとても綺麗な剣捌きで乙女達が夢見る相手と言われているのも、分からないではないと思ったのだ。
『ラシード様とクロックウェル公爵だわ。一体どうしたのかしら』
『確か内内に両陛下との会談の予定がありましたね』
『内内?』
『‥‥その様に聞いております』
アリサの入れてくれたお茶を口元に運ぶ。ツグミの実を煎じたこのお茶は、ほのかに甘く、私や姉様、お母上様のお気に入りだ。
『そうなのね。叙勲か何かのお話かしら。先日もアステリアの森で魔物の討伐をされたとか』
『アステリアの森はまだまだ未開の地ですから。足がかりとしての魔物の討伐と聞いております』
『魔物以外にも沢山の生き物が住んでいるし、あまり人の手がはいるのもどうかとは思うけど』
確かに魔物は人間と共に暮らすのは難しい存在ではある。しかし、一概に魔物全てがそうだとも思わないし、魔物には魔物に言い分もあるのだ。
『そういえば、父上様にお願いしたい事があったの。ちょっと行ってくるわ』
(父上様に会いに行ったらたまたまラシード様がいて という体なら、兄様も怒らないと思うし。ちょっとだけ、たまたまあの麗しい姿を見て目の保養をするのは悪い事でもないし)
『ラフィーネ様!いけません。陛下には後でお会いに行かれた方がよろしいかと』
慌てて私を止めるアリサ。別にちょっと顔を出す程度だし、そんなに心配しなくても。
『すぐに戻るわ。ちょっと父上様に話をしてくるだけだから』
アリサに止められる前に部屋を飛び出る。ウキウキしながら小走りで応接の間まで移動する。角を曲がれば応接の間というところに来た時に、何やら大きな声が聞こえてきたのだったった。
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応接の間の扉が突然大きく開き、左の口元を拭いながらラシード様が出てきた。拭った右手にうっすらにじんでいる。扉に手をかけようとして固まったままだったラフィーネの姿を見て、チッっと舌打ちをする。
『立ち聞きとは。容姿もさることながら、中身も醜いようだな』
捨て台詞を吐き、ラフィーネを突き飛ばして去って行った。
『ラシード 待て!! ん?!ラフィーネ様っ!!』
『なに、ラフィーネだと?』
『ラフィーネ?』
扉からクロックウェル公爵や父上様母上様が飛び出してきた。
立ち尽くす私の姿を見て、怒りに紅潮していたロックウェル公爵の顔面が蒼白になった。赤から青、青から白と見事に変わっていく。
父上様や母上様の、わたしを労わる様な視線が痛い。
(大丈夫、わたしは大丈夫........)