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インテリジェンツィア  作者: 文月葉
2019.1.1.9:00.am
5/7

約束

 

2019.1.1.17:00.pm


 というわけで、三上神無と雲林院弥生は、ダンスホールの控室から外に出た。三上にとっては久しぶりのお外だ。三上は、うーん、と伸びをした。

「よしっ、聞き込み行くよー」

「ふぇーい」

「はい返事!やり直し!」

「はーい」

 三上探偵事務所。実績と知名度すらないものの、優秀な探偵がいる私立探偵。つい一週間前は一人だったものの、今は頭の良い(らしい)青年もアルバイトとして働いている。普段は浮気調査などのドロドロしたものを調べさせられるが、今回は遺族からの申し出で、警察と協力して調べることになった。どうやら、奥さんの早乙女美沙が先代の探偵、三上武に世話になったことがあるそうだ。



2018・12・25

 一週間前、三上探偵事務所に、一人の男が転がり込んできた。三上の父の又従妹の息子、雲林院である。

 血のつながりはほとんどないに等しく、三上の父・暮雄の葬式が開かれたときに一度会ったことがあるだけだ。しかし、その時は特に印象付きはしなかった。アタマの悪そうな現役大学生、という感じだったような気がする。しかも、葬式に来た理由は特にないらしい。父とはほとんどしゃべったこともないそうだ。

 現在の雲林院は、どうやら親、つまり三上の父の又従妹夫婦に家を追い出されたらしい。

「大学卒業しても、会社に行かずに家にいるから、愛想つかれちゃったんですよぉ」

 お昼時に、そう言って整った顔立ちの雲林院は事務所を訪ねてきた。

 うわー、チャラそうなやつ来たー。とっさに三上はそう思った。

 髪を染めているわけでも、ピアスをしているわけでも、奇妙な服を着ているわけでもない。髪は地毛だとわかる暗い茶色、ピアスの穴は見た感じなし、無地のパーカーを着ていた。

 だが、何と言うか、雰囲気が軽いのだ。顔立ちだろうか。イケメンなのに、どこか幼いし、表情が大げさなのだ。

 しかし、何より驚いたのは、事務所に入ってくるなり発した第一の言葉がこれだ、ということだ当然、印象が変わりすぎていて、誰だかわからずに

「えっと…誰?」

と言ってしまった。すると雲林院はさもショックを受けたかのように、

「覚えてないの?お父さんの葬式であったじゃないすかあ」

三上は首を傾げた。うーん、こんなやつ、いたっけ?

「あー、これ覚えてない系ね」

「うん、悪いけど覚えてない」

三上はうなずいた。

「俺、雲林院弥生。お父さんの葬式で一回あったことがある」

「ウジイ…あ!いたわね!」

思い出した。あのぬぼっとした大学生だ。苗字が珍しいので覚えている。ということをいま、思い出した。

「珍しい漢字の苗字よね?」

「あー、そうそう。雲に、林に、病院の院。いっつもなんて読むの、って言われて、こまるんですよお」

雲林院はうんざりしたように言った。

「ゴメン、なんか気に障ることいった?」

「いや、三上さんは悪くないです。みんな、悪気はないと思うんで」

余計申し訳ない気持ちが高まる。

「―とにかく、俺、ここで働かせてください!」

「は?」

何だこいつ。突然入ってくるなり。三上は眉をしかめた。

「俺、他に働くとこなくて。さっきも言った通り、家追い出されちゃったんですよお。で、家がないからには、アパートを借りなくてはいけない。それには、お金がいる。でも、お金は持っていない。所持金二千三百六円。まいっちゃいますよお。ってことで、ここに来たんです」

 いや、なんでそうなる。三上は思ったが、何も言わなかった。しかし、なんという能天気さ。ここで働きたいという意思が一切感じられない。別にここでダメでもなんとかなるっしょオーラがすごい。

「いやよ、あなた、ほんとにここで働きたいと思ってるの?」

「思ってません!」

「正直で何よりね。働く気がない人はうちにはいりません。無気力者の募っている会社に当たってくださーい」

皮肉を込めたつもりだが、雲林院はプッと噴出した。

「な、なによ」

「いやー三上さん、おもしろいっすねえ。俺が、暮雄さんに関する情報を持っているとしても、そう言いますか?」

「―は?」

本日二度目。しかし、三上は唖然と口を開けた。雲林院が、ニヤッと笑う。

 数分たち、やっと、三上は口を開いた。

「なに?あんた、何か知ってるの?」

「さあね」

「わかった、わかったわよ。でもとりあえずはお試しね」

まったく、もう。こいつは何者なんだ。今になっても、三上には分からない。



 

 というわけで、雲林院の「体験入社」が始まった。事実上は「アルバイト」となっている。本当のところは、三上は給料など払いたくもなかったが、約束してしまったししょうがない。

(あーあ、あんな約束しなきゃよかった)

三上は、思えばそのことばかり考えていた。

 大富豪殺害事件の依頼が届いたとき、三上は絶望した。よりによって、こいつがいるときに…?もし失敗したら、こいつの給料はどこから持ってくればいいんだよ…

 というわけで、三上は交渉を持ち出した。

「いい?今回の調査が失敗したら、あなたは給料半減ね。もし成功したら、もちろん定額を渡すから」

 成功したら倍にしてくださいよお、と愚痴ったものの、雲林院は承知した。そして、二人は車で富豪宅へやってきたのだ。




 

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