〜アーテルの物語〜
II 2019.1.1.10:00.am.
信じられないわ、未だ。まだ、あの人この世にいる気がするくらい。
我が家では、毎年年末に、パーティーを開くのが決まりなの。お偉い方たちをお呼びしてね。女性の方は、おしゃれの見せ所だとか言って、毎回はりきっているわ。もちろん、わたしもその一人。一ヶ月も前から、髪型とか、ドレスのことを考えていたわ。
パーティーの当日、わたしは朝にはもう準備を終えていた。皐月さんに手伝ってもらったわ。皐月さんは冬樹さんの次に入ってきたお手伝いの方よ。あれやこれやのうちに、私の専属になってしまったのよ。
で、もうすることがない、となると、そこからはもう暇で暇で。あまり激しくは動かないわ、服や髪が乱れるから。だから、わたしは部屋で本を読んでいたの。
3時くらいかしら。冬樹さんがやってきたのよ。ノックをして、ご主人様がお呼びです、と。
それで私、冬樹さんについていったわ。そしたら、庭に連れて行かれたの。
でも確かに、そこには夫がいたわよ。まだそのときは生きていた。今思えば、彼に会って話したのは、これが最後ね。
夫は私に、今夜の予定について話したわ。あの人、意外ときっちりした性格で、いつもは柔和な感じなのに、こういうときは厳しいのよ。でも私はこういうのには慣れていたし、何度も聞いたていたことだから、軽く聞き流す程度だったわ。こういうことなら、もっときちんと、会話しておけばよかった。後悔しても、仕方ないけど。
そこから後は、ラウンジで会場の様子を30分くらい見た後、4時半ごろに食堂で間食をとったわ。えーと、たしか会場にはほとんど全員の従業員がいて、食堂には、料理長と、夫と子供達がいたと思う。
たぶんここから後は、冬樹さんも言っていたんじゃないかしら。ダンスホールの控室に子供達と3人で待っていて、そのあと冬樹さんが来て少し会話した。大した内容じゃないわ。流行りの服や、歌、ニュースとかね。
でも、時間が来ても、肝心の夫がこない。いつも、時間に関しては厳しい人だったのにね。
だんだん心配になって、とうとう冬樹さんが見に行ったのよ。そしたら、夫は自室で倒れていて…冬樹さんが一人で帰ってきたとき、嫌な予感はしたの。でも、こんな酷いことだとは、夢にも思わなかった。
あの人は、もう帰ってこない。分かっているけれど、ふとしたときに、思い出すの。ごめんなさい。私、ちょっと不安定だわ。また、何かあったらいつでも遠慮なくきてちょうだい。私としても、夫をこ―殺した人物が知りたい。これは、わたしからのお願い。どうか、犯人を見つけてください。お願いします。ちょっと時間より早いけど、これでお暇するわね。また後で、何か思い出したら協力する。
∞
早乙女創也の妻、早乙女美沙が出ていくと、雲林院と三上は椅子に座った。
「気の毒っすねぇ、奥さん」
三上は雲林院の言葉を無視し、ほぼ殴り書きに等しいメモを見つめた。
「ねえ、ここなんて書いてあるの?」
「え?ここっすか?ここは…『軽く聞き流す』っすよ。ほら、庭に呼び出されたとき」
雲林院は説明した。
「そう。それにしても、この人はすこし、怪しいところはある」
三上は紙面を睨んだ。
「えっ?俺には、夫を殺された事実が受け入れられない気の毒な奥さんに見えますがねぇ」
雲林院は言った。
「弥生くん、でも、この人は自室にこもっている時がある。ここで夫を殺害したことはできないはず。午後3時頃、自室前の廊下をあるく創也さんが従業員に目撃されている。その従業員が嘘をついている可能性は低い。となると、彼女のアリバイを確かめるべき時間は、3時から、死亡推定時刻までの3時間半。弥生くん、外の人たちの聞き込み、手伝ってきて。私はその間に、お姉さんの話を聞くから」
「はいはい、わかりましたよ。どうせ、俺の汚い字がいやなんでしょお」
雲林院は言うと、鞄をひっつかんで、部屋の外に出て行った。
「あっつ、ついでに、監視カメラの許可を取ったって言ってきて―]
[はーいはーい」
「…―ん?」
大富豪 早乙女創也殺害事件.被害者の妻・早乙女美沙の証言。
3章に続く。