45.戦いの火蓋は切られる
「ナタリアちゃん、どうでしたか?」
「大丈夫だ。心配はないだろう」
「そうですか。私も信じてますから」
オレは観客席に戻り、ルナたちと合流した。円形状に広がっている観客席はほぼ満席だった。それほど人気なのか。
「頼むから勝ってくれよ。ここで負けちまったら全て台無しだぜ」
そしてノアもちゃっかりいた。ノアっていつでも暇なのか。
「そう簡単にナタリアが負けるはずがないよ」
「そうか? まあ、俺はあのナタリアって子の実力を見てねぇけどよ。……でも、相手だってなかなかの強者ってことを忘れるなよ」
たしか名前はエドワードだったっけ。オレをだいぶ見下してたなー。別に気にしてないけど、挑発に乗ってゲーム?みたいなの受けちゃったからなー。まあ、こんなところで負けるほどじゃないことぐらいナタリア本人がわかっていると思うけど。
そして両者が闘技場に姿を現す。その途端、歓声と熱気が一気にヒートアップした。エドワードは、この前出会った時とは雰囲気が違い、背中には何やら道具を背負っていた。
「やあ、久しぶりだねナタリア。僕はずっと待っていたよ。でももう安心してね。今日で君は僕の物になるのだから!」
「歓迎してくださることは嬉しいですが、生憎、あなたのお仲間になるつもりはありませんので。それと、主人様を侮辱したこと、後悔させてあげます!」
「ぐぅ……でもね、この僕に逆らうことがどういうことなのかを教えてあげるよ」
両者が向かい合い、何か話しているようだがここからでは聞こえなかった。するとお偉い人しか入れない席から主催者、ルドロフが顔を出す。
「勝敗はどちらかが降参するか戦闘不能になった瞬間に決する。両者、健闘を祈る。ーー試合開始ッ!!!」
こうして、戦いの火蓋は切られたのだった。
〜とある部屋〜
「行かなくていいのか? 開会式だぞ。それに一回戦も始まるし」
「別にそんな式なんざ俺には関係ねぇーんだよ。俺たちDブロックの試合は明日からだろ。だったらそれまで寝ているさ」
俺は仲間に誘われたが、断った。正直、他のやつなんかに興味などない。この大会だって、仲間を探すためのお遊びにしか過ぎない。そのための手は打ってある。交渉は済んでいるし、勝つための手段も万全だ。この俺が負けるはずがない。
「後少しだ。もうちょいで、お前を殺せる日が来る」
俺は待っているぞ。俺を裏切り、何もかもを無にしたお前を。
〜ナタリア side〜
私は、この戦いの場に立っている。大勢の観客に見られながら。そして、主人様が見ているこの場で負けるわけにはいかない。
「獣人ってさあ、どうして奴隷が多いか知ってる?」
「そんな話、今は関係ないです」
「そうかそうか。ならこの頭のいい僕が教えてあげよう。それはね……この世界で最底辺の種族だからさ!」
私を陥れて、集中でも削ぐきか。だが、そんなことで私は怯んだりしない。それ以上の苦痛を味わってきたのだから。
「まあ、こんなので降参されるようじゃ、僕の人生の踏み台にもならなかったから良かったよ。なら見せてあげよう、僕のパーフェクトで超人的な最強の鎧をッ!」
その瞬間、背中に担いでいたものが変形し、体を纏う鎧となり、背中からは無数の手が出現する。それは観客席の人たちも驚いていた。
〜ハルト side〜
「な、な、なんですかあれは!?」
「だいぶ自信があったと思えば、あれがあったからか。ノア、何かわかるか?」
「前も言ったろ。あいつの親はこの街じゃ一番の財力を持つ財閥だ。それの息子だ。金で解決できないことはないほどにな。莫大な投資と最新技術を詰め込ませたのが、あの鎧だろう」
「でも、あれはいいのですか? たしか、武器は禁止だったはず……」
「そりゃ、槍とか剣みたいなあからさまな武器は禁止さ。けど、自身を強化させるのはありだ。戦うための装備を揃えるのも実力のうちさ」
冒険者にとって防具や武器もレベルに多少は関係してくる。たしか剣姫セレシアが持っているあの剣は有名な鍛冶屋から打ってもらった一等品だと聞いている。実力に合う武器も大事だ。
しかしあれは防具と言うのだろうか。背中からは無数の手が現れており、防具の範疇を超えている。
「ナタリアちゃん、大丈夫でしょうか? こっちには武器なんてありませんよ」
ルナは心配していた。よほどナタリアが大事なのだろう。それはオレも思っていたが、
「――武器はないが、武器に相当するものはある」
「それは一体?」
「それは彼女自身の、ナタリアの脚力だ」
王国にいたときに鍛え上げられた脚力からなるスピードと蹴りの一撃は高難易度のダンジョンでも通用するほどにまで成長している。
「あとはナタリアがどうあの手数を突破するかだ」
みんなが固唾を呑んで試合に集中する。これは一戦目から面白くなりそうだ。
〜ナタリア side〜
「どうだっ! これが僕の最強の鎧、『無限ノ手』。この手から逃げることはできないのだよッ! 手始めに、さっさとやられてもらおうか!」
ドスンッ!
手はいっせいに私のいた場所めがけて襲いかかる。それを後方へ下がりながらかわす。私がさっきまでいた場所は、地面はえぐられていた。あの手、くらってしまったら無傷ではいられない。
「チッ、まあこんな技でやられてしまうのは勿体ないからね。もっと痛めつけたいから、ここからどんどんいくよッ!」
次々と襲いかかる無数の手を私は避けることで精一杯だった。闘技場の地面はクレーターとなっていた。
「面倒だなー。そろそろそっちも攻撃してきたらどうだい? 攻撃だけってのも飽きるからさ」
エドワードって言う人、まるで猫が獲物で遊んでいるようだ。状況は最悪だ。あの攻撃にただ避けることしかできず、さらに地面は不安定でいつ体勢を崩すかわからない。
「なるほど。その力があるからあんな態度を見せていたのですね。納得しました」
「……何が言いたい? この僕に不満があるのならその口で言ったらどうだい」
この試合を見ている観客の多くは、どちらが負けるか想像しているだろう。けど、勝機はゼロじゃない。
「そうですね。私からすれば、――武器だけでそんな態度を取っていることに呆れましたよ。所詮はその程度と言うことですね」
「き、貴様ッ! この僕を馬鹿にしたなっ! ふっ、いいだろう。だったらさっさと終わらせてあげようじゃないか」
無数の手はひとつに集まり、やがて大きい手となる。私の身体を覆い尽くす程の手は、一直線に私に襲ってくる。
――それを待っていた!
「ならこちらも実力を披露してみせましょう。主人様がいる前で、私の全力をッ!」
観客席にいる皆は目を見開いている。それもそのはずだ。くらってしまったらタダじゃ済まないあの一撃私は、正面突破しようとしているのだから。




