4.定住
【◆】
目を覚ますとそこは知らない天井……などではなく私の自室。何か悪い夢を見ていた気がするが思い出せない。布団から出るのが何となく億劫だ。
ドンドンドン。
「良太にぃ~?」
もう一度眠りに就こうと瞼を閉じるが、玄関の戸を叩く音と共に響いてきた少女の声がそれを許さない。前回は庭から直接部屋に侵入してきた女だ。何を仕出かすか分かったものじゃない。
仕方なしに布団を抜け出すと、冬の冷気が体を襲ってくる。こんな寒い日にまで朝早くからご苦労なことだ。しかし、彼女の見回りには一定の効果がある。
とぼとぼとした足取りで玄関に向かい戸を開けると、ブレザー姿の女子高生、優香が立っていた。
「もう、いつまで寝てるんです?」
「いつまでって。まだそんな時間じゃないだろう」
「そんな時間です。時計を見てください」
優香の言葉にポケットから取り出した携帯電話。相変わらずの圏外だが、時計だけは機能している。現在時刻は……。
「げ。12時」
「お酒の飲みすぎです」
昨晩は私、遥さん、金彦さん、ゲンさんの四人でトランプに興じていた。商店から持ってきた瓶ビールを飲みながら。
「朝ごはんは?」
「食べる。もしかしてもうない?」
「残してありますよ。早く片してください」
「へいへい」
私は優香に促され、そそくさと上着を羽織った。上着はこの家のクローゼットに仕舞ってあったものだ。
靴を履きながらふと思う。我ながらここでの暮らしにも慣れたものだと。人間というのは環境に順応する生き物だということを痛感する。この村に来て既に3か月が経過し、季節は夏から冬へと移り変わっていた。
その間、この村に住む人々と話していて分かったのだが、この村にはいくつかの特徴がある。
1、村には鉄道でやってくる。
私も含め現在この村で暮らしている八人の男女は皆、鉄道を利用してこの村に辿り着いたと言う。私は山陽本線に乗っていてここに辿り着いたが、ゲンさんは肥薩線、美香と弟の優浩は常磐線と様々だ。
2、村から抜け出すことはできない。
この話を初めて聞かされたとき、私は馬鹿馬鹿しい話だと一蹴した。だが、話は事実だった。南に向かった筈なのに、北から村へと戻っていた。精々人間の足で5時間ほどの距離にしか、私たちは行くことができない。また、新たな住人がこの村にやってくるときに乗っていた列車を目にすることはない。
3、村にあった消耗品は常に補充され続ける。
不思議な話だが、この村にあった消耗品は常に補充され続ける。自動販売機の飲料、商店の菓子やトイレットペーパー、そして電気ガス水道といったインフラ。すべてが例外なく。ただし、外から持ち込んだ携帯電話の充電は補充されず、また、村にあった服や食器類も壊さない限り補充されることはない。
しかし、この村での生活にもいずれ慣れる。食料も生活物資も補充されるし、元々誰のだったのかは不明だが民家も複数ある。そこには布団やストーブなんかもあるのだ。
もちろん、誰のか分からない服を着るのも最初は抵抗があった。だが、寒さには負けるし、一度着てしまえば何とも思わなくなる。
優香と共に集会所に着くと、これまた優香に起こされて来たのであろう金彦さんが、おおきな欠伸をしていた。私も靴を脱いで、集会所に上がり込む。
「おはようございます。金彦さん。昨日はどうも」
「ああ、おはよう。最後に負けたのがくやしいよ」
そう言えば金彦さんはいつもワイシャツ姿だ。
「金彦さんはいつも同じ服なんですね」
「誰のか知らない人の服を着るのは気が引けてね。幸い、僕は冬にここに来たからその点は助かっているよ」
確かに、冬にこちらに来た人は服も応用が利くのかもしれない。優香も極力、ブレザーを着ているし。と
優香を眺めていると、白ご飯をこんもりと茶碗によそってくれていた。
「このくらい食べますよね?」
「あ、うん。ありがとう」
「本当ですよ。感謝してください」
優香はそう言い残して、集会所を出ていく。
「あれ?どっかいくの?」
「ゲンさんもまだ起きてこないんですよ。まったく」
残された私と金彦さんは、昨夜の残りである川魚と山菜の天ぷらを頬張った。旨い。
「今日のご飯当番はどなたですかね?」
「僕と良太君じゃなかったかな」
「え?本当ですか」
この村では商店に並ぶ商品は補充され続ける。砂糖、塩、コショウ、醤油、味噌、油、米……等々。基本的な調味料から缶詰、お菓子に至るまでその種類は多彩だ。
しかし、残念ながら魚や野菜などの取り扱いはなく、山や川に入って収穫するか、商店にある種から栽培する以外に手に入れる方法はない。
「野菜はまだ収穫には程遠いですよね」
「山に入るしかないんじゃない?」
「え、今からですか?」
最後までありがとうございました。
次回は明日投稿予定です。