3.迷子
拙作、異世界列島もよろしくお願いします。
【◆】
「馬鹿馬鹿しい。列車の時刻が迫っていますので私はこれで」
そう言い残して集会所を後にした。ゲンさんあたりが追いかけて来るかと思ったが、誰も追いかけて来ることはなく一人駅へと戻った。
9時前になっても駅員は来ない。そればかりか定刻になっても列車が来る気配はなかった。
ゲンさんの言葉が頭を過るが、そんな馬鹿な話と頭を振って否定する。居てもたっても居られなくなった私は、そわそわとホームを行ったり来たりするが、そんなことをしたところで列車はこないと諦めた。
「不本意だがあの話を確かめる、か」
携帯電話の充電は残り30パーセント。まだ大丈夫だろう。駅舎を出て、まずは自動販売機でペットボトルの水を購入。ゲンさんの話が本当なら、気味が悪くてこんな水飲めたものじゃない。
ペットボトルをリュックサックに詰め、代わりに安物のコンパスを取り出した。偶に登山サークルの友人に誘われて山に行くことがあるので、常にリュックサックの底に投げ入れている。駅があるのは東側で、丁字路は西側だった。
丁字路を左に曲がる。右に進んでもよかったのだが、何となく集会所の前を通るのは気が引けた。
左の道は右と違って緩やかな上り坂になっている。山へと抜ける道だと言っていたから、当然と言えば当然なのかもしれない。
しばらく歩いた。
振り返ると、木々の間から駅舎とホーム、線路が見えた。だいぶ、上の方まで登ってきたらしい。周りには木以外に何もない辺鄙な場所だが、見晴らしだけは最高に良い。東にあった太陽は、いつの間にか天高くに昇っていた。
ギュルルルル。
「考えてみれば昨夜から何も食べていないな」
私は何かないかとリュックサックを漁る。鉄道での長距離旅にはお菓子が必須。途中駅のコンビニで購入したスナック菓子を取り出し、木の根元に腰掛けた。
バリボリとお菓子を口に運び、それを水で流し込む。線路の向こうの川の流れは激しいのがここからも見て取れた。眺望が良いので、ただのお菓子も不思議と美味しく感じる。
「マップが使えないのが痛いよなあ」
携帯電話の表示は相変わらず、圏外のまま。ゴミとペットボトルを仕舞い、先を急いだ。早くしないと日が暮れてしまう。ここがどこかは分からないが、日が暮れる前には人里に降りたい。最悪、あの駅に戻ってもいい。
しばらくすると、前から二人の人影がこちらに向かってくる。一人はロングヘアを束ねて前に下した20代の女性。もう一人は刈り揃えられたサラサラヘアに眼鏡が特徴的な小学生の男の子。二人の手には大きな籠があり、中にはたくさんの山菜が入っていた。
向こうもこちらに気が付いたのか、女性の方が一瞬だけビクリ体を震わせた。男児の手を握りしめ、気持ち足を前に踏み出す。
「あなた……どこから来たの?」
開口一番、どこから来たのか尋ねる女性。私は努めて安心させるように、声を出した。
「駅から歩いて来ましたよ」
「駅から?そう。あなたも迷子なのね」
女性は少しがっかりしたように肩を竦めた。迷子。ゲンさんと同じことを言う。
「あなたは遥さん、そっちの子供は優浩君ですね」
「ゲンさんたちに会ったの?」
「ええ。先ほど」
私の言葉に、優浩君が笑った。
「じゃあ、お兄さんも信じられなかった人ですね」
皆最初はそうですよ、と無邪気に笑う優浩君。しかし、集会所で感じた苛立ちは不思議と湧かなかった。優浩君がまだ子供だからだろうか。それとも、心のどこかで受け入れ始めているからだろうか。
「真っすぐ進めばきっと分かるわ」
「また後でね、お兄さん」
遥さんは会釈し、優浩君は手を振った。
二人と別れてから5時間が経過した頃、ようやく山道が終わった。なんとか日が落ちる前に山を下りられたことにホッと胸を撫で下ろす。山道を抜けると、小さな集落があった。
「脅かしやがって」
私は心の中で悪態を吐き、道を進んだ。何が楽しくて旅人を揶揄うのかは知らないが、とんだ馬鹿話を信じてしまうところだった。
すると前から人影がこちらに向かってくる。西日に照れされたその人影は、みるみる私に近づいて来る。
「そんな馬鹿な……」
「そろそろ帰ってくる頃だと思ってな」
それはゲンさんだった。慌ててコンパスを確認したが、コンパスは南を指している。山道では常にコンパスを確認しながら、南へ進んでいた筈だった。
「どうして」
「これで分かったろう」
言葉に詰まる私に、ゲンさんが優しく諭すように声を掛ける。
「俺たちはここから出られない。迷子なんだよ」
私はその言葉に、ガックリと膝を打ち付けた。まさか、朝の話は本当だったと言うのか?これは悪い夢か?夢ならば早く冷めて欲しい。そして呟く。
「この村はループしている……」
私は発狂した。
最後までありがとうございました。
次回は明日の予定です。