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2 集会所

24時投稿予定でしたが推敲が終わりましたので18時10分に投稿しました。よろしくお願いします。

【◆】

「おい、兄ちゃん」


 揺さぶられる体。何事かと目を開けると、長い黒髭を蓄えた中年の男が立っていた。駅の外から差し込む日の光が、朝になっていることを告げている。始発はもういってしまったのだろうか。


 そのときハッとして胸を摩るが、そこにあったはずの財布と携帯電話がない。


 慌てて起き上がると、それらは長椅子の上に転がっていた。どうやら寝返りを打った時に体の下に潜り込んでいたらしい。


「俺を疑ったろう?」

「いえ、そんなことは」


 二カッと笑みを浮かべるおじさんに、私はバツが悪そうに言葉を絞り出す。実際、この人が盗んだのではないかと一瞬思ったが、それならばわざわざ起こす必要はないのだ。そうすると彼は駅員さんか何かなのだろうか。


「すみません。寝てしまって」


 私は慌てて謝罪する。ひょっとすると、駅舎で夜を明かす行為は法に触れる行為だったのかもしれない。しかし、その人は駅員ではないらしく、この先の村に住んでいるのだと言った。


「村人からはゲンって呼ばれてる」

「私は佐藤さとう良太りょうたといいます」

「良太くんか。いい名前だ」


 簡単な自己紹介を済ませた後、私はここがどこなのか、次の列車はいつ来るのかを尋ねた。しかし、その人、ゲンさんは私の問いに言い淀む。


「ここがどこかは俺にも分からないし、列車も来ない」

「どういうことですか?」


 この村に住んでいるのに、場所が分からないとは一体どういう意味なのか。そう言い寄るとゲンさんは、


「着いてきてくれ」


 と言って歩き出した。訳が分からないが今はゲンさんしか頼りになる人はいない。仕方なくリュックサックを背負って後を追った。時刻は8時過ぎ。時刻表通りなら次の列車は9時10分。まだ余裕はあった。


「どこに行くんです?」

「俺たちが暮らす村さ」


 別にすることもなかったので、大人しく従う。昨夜見た駅前の建物はどれももぬけの殻だが、つい最近まで人が住んでいた面影がある。


 丁字路までやって来た。突当りには錆び付いたガードミラーと、電灯が立っている。右に行くと数軒の民家、左に行くと山に抜けられるのだとゲンさんは教えてくれた。


 右に曲がり、二軒目。低木で囲われた平屋建てのそれは、家にしては生活感がない。


「ここは集会所」


 この村には他に4人の住人が暮らしていると、ゲンさんは言った。開け広げられた集会所の戸から中を覗くと、2人の人影が将棋盤を囲んでいる。その内の一人が、こちらに気が付き手を挙げた。


「ゲンさん」


 ゲンさんも手を挙げ、靴を脱ぐ。私も慌てて靴を脱ぎ、畳の敷かれた集会所の中に足を踏み入れた。私の存在に気が付いたのか2人の住民は手を止める。


「紹介するよ。こちら良太君」

「は、はじまめして。佐藤良太です」


 少し緊張気味に頭を下げると、2人は私の顔をまじまじと見つめた。何だろう。あまり歓迎されている雰囲気じゃない。しかし、ゲンさんはそんな空気は知らぬ存ぜぬで、彼らの紹介を始めた。


「こちらは金彦(かねひこ)君と優香ゆうかちゃんだ」


 金彦さんは30代前半、会社勤めなのかワイシャツ姿。優香さんは私よりも若い17歳、ショートヘアが似合うブレザー姿の高校生。


 ゲンさんに紹介された2人はペコリと会釈した。優香さんの小学生の弟優浩まさひろ君と、20代後半のOL恵めぐみさんは山に山菜取りに行っているため不在らしい。


 年代も性別も違う男女が揃う光景は、少しだけ違和感がある。山間部のこんな辺鄙な場所には、老人しか住んでいないと勝手に思い込んでいた。


 手に持っていた〝歩〟を盤に置き、立ち上がったのは金彦さん。右手を差し出し握手を求めたので、私も右手を差し出した。


「良太君、これからよろしく頼む」

「は、はあ?これから?」


 言葉に戸惑った私を見て、金彦さんは首を傾げる。


「あれ?ゲンさんから何も聞いていないのかい?」


 困ってゲンさんに顔を向けると、ゲンさんは頭を掻いて苦笑した。


「すまん。皆がいる場所の方が、説明しやすいと思ったんだ」

「そうでしたか」


 私は解放された右手を、手持無沙汰にポケットに突っ込んだ。二人の会話の意味があまり頭に入ってこない。


「あの?どういう意味ですか?」


 まあ、座れ。とゲンさんに促され畳に腰を下ろす。


「落ち着いて聞いて欲しい」


 ゲンさんはそう前置きして、話を始めた。その内容はあまりにも突拍子で、荒唐無稽。そんな話を大真面目な顔で語るゲンさん達に面食らった。


「待ってください。そんな馬鹿な話が信じられますか?」


 私が半笑いで応えると、


「私も最初はそうでした」


 と優香さんは言った。金彦さんに助けを求めるが、頷くばかりで笑い飛ばしてはくれなかった。そろそろネタばらしをしても良いだろう。


 しかし、真面目腐った顔を崩さない彼らに、次第に苛立つ気持ちが込み上げる。私はおもむろにスッと立ち上がると、リュックサックを背負った。


「馬鹿馬鹿しい。列車の時刻が迫っていますので私はこれで」

最後までありがとうございます。

感想をいただけますとはげみになります。


次回は明日の投稿予定です。

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