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1.終着駅

ちょっぴりホラー、ちょっぴり不思議な物語。

鉄道旅はお好きですか?お好きですよね!

少しだけ、不思議な旅に出ませんか?

【◆】

 ガコンという激しい縦揺れが、私を夢の世界から現実へと引き戻す。寝ぼけ眼のまま窓の外を覗くが、そこに映るのは間抜けな表情を浮かべた自分の顔。外には真っ暗な闇が広がっている。


「どうやら眠っていたらしい」


 私は豪快な欠伸と共に、足下のリュックサックを漁る。目当ての物はすぐに見つかった。リュックサックから取り出した携帯電話の眩い灯りに目を細める。


「……もうこんな時間か」


 時刻はちょうど23時40分を回ったところ。最後の記憶はたしか大畠駅。山陽本線の岩国駅から、やってきた国鉄型の普通下関行きに乗り換え、数駅を通過した頃だろうか。


 関東では珍しい国鉄型車両、転換クロスシートが旅情を感じさせてくれた。あまり座り心地が良いとは思わなかったが、電車の程よく心地の良い揺れが、私を眠りの世界へと(いざな)った。


 ……ちょっと待て。おかしいぞ。


 私は握りしめた携帯電話から検索エンジンを開き、愛用の乗り換え案内サイトに飛んだ。糸崎駅から電車に乗り込んだ時間は覚えている。


「そんな馬鹿な」


 表示された検索結果を見て、私は動揺を隠せなかった。下関駅には4時間近く前に到着しているはずだったからだ。もちろん、下関で乗り換えをした記憶もない。


 現在位置を確認しようと慌ててマップを開こうとするが、アプリはなかなか開かない。こんなときに不具合だろうか。見ると先ほどまでの4G表示は消え、いつの間にか圏外になっている。なんと間が悪い。


 辺りを見回すが周囲に乗客の姿はなく、どうやらこの車両には私一人しか乗っていないようだった。


 気味の悪い肌寒さに体を震わせる。


 私は足下のリュックサックを拾い、キョロキョロと挙動不審のまま席を立ち、激しく揺れる電車の中を歩いた。


 車端部まで歩くと縦揺れはいっそう激しさを増す。ガタンガタンと突き上げるような縦揺れに、年季の入った電車はキィキィと悲鳴を上げ、連結部の(ほろ)がのた打ち回る。


 なんとか隣の車両に移動するが、そこにも乗客は居らず。その次の車両にも、さらに次の車両にも。私が乗った電車は4両編成なのでここが先頭車両になる。ゴクリと生唾を飲み込み、恐る恐る運転席を覗き込んだ。そこには当たり前のことだが運転士が一人、計器類に囲まれていた。


「良かった」


 私は安堵の溜息を()き、手近な席に腰を滑らせる。運転士もいないのではないか?という非現実的な妄想が頭を駆け巡るぐらいには、動揺していたらしい。


 ここはどこなのかを尋ねたいところだが、運転中に話しかけるわけにもいかない。いっそ、車掌の居るであろう後ろの車両に向かえば良かった。そのとき。


『まもなく終点、℄£℁§*#。終点の℄£℁§*#です。御忘れ物ございませんよう、今一度お確かめください』


 車掌のアナウンスが流れたが、肝心の駅名が上手く聞き取れない。兎に角、次が終点らしい。


 窓から外に視線を向けるが、しかし相変わらず暗闇が続くだけで、民家の灯りなどは見当たらない。時刻は23時51分。他の電車に乗り換えようにも、こんな田舎だと既に終電は行ってしまった後だろう。


「こんなところで終点だなんて勘弁してくれ」


 一人毒吐くがもちろん一人なので誰も応えてはくれない。財布から取り出した青春な切符を握りしめ、扉の横で待機した。けたたましいベルの音と共に、電車はゆっくりとその速度を落とす。


 駅構内に入線する直前になってようやく、駅の周囲にポツポツと民家らしき灯りが見えた。最悪、事情を話して泊めてもらうことはできるかもしれない。そんな勇気があればの話だが。


『扉を開けます。ご注意ください』


 完全に停車した後、アナウンスと共に重たい扉が開く。電車とホームには少し隙間があったが、キャリーケースではなかったので気にすることもない。気ままな一人旅には、リュックサックで十分。手が塞がらないという利点があるため、むしろ推奨されても可笑しくないと私は思う。


 ホームに降り立ち周囲を確認するが、乗客は本当に私だけだった。乗ってきた電車は非情にも、すぐに扉を閉め発車していく。


 ホームの電灯はところどころ消えており、点いたり消えたりを繰り返すものもあった。途中駅で降りたのだったら、このローカル感溢れる駅を楽しめたのだろう。しかし、今はそんな余裕はなかった。相変わらず携帯電話は圏外のままだ


 とりあえず、駅名標を確認しよう。


 しかし駅名標はなかなか見当たらず、唯一見つかったそれも肝心の駅名の部分が剥げていて、読み取ることができなかった。


 ふと、電車がいた場所を見る。そこには不思議なことにあるべきはずの架線がなく、ただ、星空が広がっていた。岩国から下関へは電化路線のはずだ。やはりどこかのタイミングで乗り換えたのだろうか。記憶がないのが恐ろしい。


 仕方がないので改札に向かうが、改札口は既に営業時間外。


 私は切符を財布に戻し、いそいそと改札口を通過した。改札といっても簡易改札機すらなく、切符を入れる箱が置かれているだけに過ぎない。正規の切符を持っているのだが、なんとなく不正乗車をしている気分になる。


 改札を抜け、掲げられた運賃表に視線を向けるが、そこに載っている駅はどれも分からない知らない駅ばかり。鉄道で旅をしているものの、鉄道オタクと名乗れるほどの知識はなく。ただ一人旅が好きな一介の大学生に過ぎない。


「困ったな」


 車掌が回ってこなかったのが悔やまれる。改札が無人なのだから、むしろ車内を回ってしかるべきではなかろうか。しかし、今となってはどうにもならない。


 兎に角、こうなってしまった以上、明日の始発を待つ他にできることはなかった。肝心の時刻表は随分と使い古されていたが、掲示しているのだから流石に電車もとい列車は来るのだろう。日に10本。なかなかにローカルな駅だと感心した。


 幸いなことに今は夏休み。どうせ明日も明後日も大学の講義は休講である。そう割り切ってしまえば楽なもので、駅の中を見回す余裕も出る。


 改めて見た木造の駅舎は、どこかノスタルジックな雰囲気がある。ホームと改札を背に、右手に駅の窓口(今は営業時間外のため無人だが)。左手の待合室には年季の入った長椅子が3脚、木製の机を囲むように配置されていた。壁に貼られた広告は割と近年のものだが、駅舎の風貌のせいか随分と古めかしく見える。


 出口の近くには自動券売機も設置してあるが、張り紙には故障中の文字。自動券売機とは言ったが良く駅で見かけるタイプのそれではなく、食堂なんかに置いてあるボタンを押すタイプの券売機だ。


 こうして見ると、何気ない駅舎でも見応えがあることに驚く。


 何も有名な観光地に行くことだけが旅行の醍醐味ではなく、こういった何気ない地元の風景に触れられることもまた、旅行の醍醐味の一つなのだと気づかせてくれる。


 私は背負ったままのリュックサックを奥の長椅子に置き、財布だけを手に駅舎の外に出た。


 駅の裏手には激しい水流の川が流れており、ここが険しい山間部の山間(やまあい)にあることが分かる。そして駅前にはコンクリートで舗装された広場があり、シャッターを下ろしたいくつかの建物が建っていた。


 時間の問題か。それとも潰れてしまっているのか。それは分からないが、なんとなく後者な気がした。


 駅から続く道は丁字路になっていて、すぐに左右に分岐している。車窓から見えた民家は、おそらく道の先に点在しているのだと考えられるがここからでは広場の木々や建物が邪魔でよく分からない。


 私は探索はせず、広場に設置してある自動販売機で、冷たい缶珈琲を買った。


 考えてみれば自動販売機は日本中、どんな場所にもあるが、辺鄙な場所では補充する人も大変だろう。今は感謝の念しかない。目的を済ませた私は缶を片手に駅舎に戻り、長椅子に腰を落ち着ける。


 カポッ。


 プルトップを開ける音が、耳に心地良い。ゴクゴクと喉を鳴らし、珈琲を口に流し込む。爽やかなコクと苦みが、寝起きの体に染み渡る。珈琲は無糖じゃないと。私は、甘い珈琲は苦手だ。


「ふう」


 あんな古い時刻表が当てになるのかは分からないが、信じるなら後6時間もすれば始発電車がやってくる。そうでなくとも、ここで降りれたのだから朝になれば電車の1本や2本やってくるだろう。


 このままここで寝るのも良いかもしれない。


 法律的に禁止されているのか、どうなのか。そこまでは知らない。一応、法学部に所属する一法学徒としては、民間企業の施設で寝ることは憚られたが、6時間後の列車を待っているだけなのだから。と自分を納得させた。


 今が夏ということが、不幸中の幸いか。


 開放的な駅舎の待合室でも寒くはなく、されど日中のように気温が上がることもなく、駅で野宿するには最高のコンディションであった。


 私は貴重品である携帯電話と財布だけは取られないように抱きかかえ、長椅子に体を横たえる。目を瞑りしばらくすると強烈な睡魔に襲われたので、そのまま意識を手放した。


 おやすみなさい……。

最後までありがとうございました。

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次回:2.集会所(2月12日24時頃投稿予定)です。

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