第8話 座敷わらしと素敵?な出会い
多くの方に御覧いただきありがとうございます。これからも週一ペースで頑張ります。
うちの大学は必修の英語でクラス分けがされる。学部と学力テストの結果が反映されるが、英語に自信はあまりないのでどんなクラスかハラハラする。一方ガイダンスは学部単位なので、入学式で配られた紙に指定されている大教室に入ると、案の定後ろから席が埋まっていた。人間そんなもんだ。前から座りたいと思う人間はまずいない。
そんな中、一番前の真ん中の席に座っているのは、入学式で新入生代表として挨拶をしていた女性だ。大学生になった記念にと髪を染める現役合格生の元同級生たちや、今後ろに座っている同級生たちと違う。黒髪で背筋をピシッと伸ばした、真面目のお手本のような子だ。当然だが、だれも近づきたがらない。そういうオーラが出ている。
俺はそこそこ埋まりつつあった真ん中付近の右端に座った。出入りのしやすさは重要だ。塾の浪人生向け長時間講座で、授業終了と同時に即トイレに向かえる端の席を確保する必要性を強く教育された。
俺が座ってから1分たつかたたないか、直ぐ右の通路を通りすぎた女性が学生証を落とした。「あ」と声がもれるが、相手は気づかずにそのまま前の方に歩いていってしまった。
慌てて学生証を拾って後を追いかける。一番前の右端に座った彼女に、声をかける。ちょっと茶髪がかったふわっとしたボブカットだ。
「あの、学生証落としましたよ」
「え」
彼女は驚いた様子でこちらを見上げた。俺の右手にある学生証と俺の顔を2度往復し、恐る恐る手を伸ばす。
「あ、りがとうございます」
「いえいえ」
名前だけチラッと見えたが、まぁ何かで会う機会があれば話題の1つにはなるだろう。そのまま席に戻ると、彼女がちらちらとこちらを気にしている様子が見えた。いや、感謝の言葉はもうもらったけれど。
それから3分ほどして大学職員が入って来た頃には、大教室が7割方埋まっていた。真ん中の席も遅れてきた人々で埋まっている。俺の隣には金髪なのにすごく日本人っぽい顔つきの男性が座っていた。説明が始まると、お隣さんが封筒から取り出したのは英語が主体のプリント。どうやらハーフの留学生とからしい。講義の申請などの説明は今後に関わる。冒頭の挨拶以外は集中して聞くことにした。モニターが一番前以外にもあるおかげで、後ろの方の席でも内容を見逃さずに済むのはありがたい。
「では、以上で説明を終わります」
説明が終わると、学生たちが三々五々帰っていく。当然だが校舎の出入口にはサークルや部活の勧誘がひしめいている。今出て行くのは得策じゃないだろう。冬弥に聞いたアドバイスに従って、少しの間席に座ったまま待つ。出入口に詳しくないので裏の出入口への場所は聞いたが、教室外の勧誘まで避けられないし。
少し待っていると、先程の落とし物の女性が近くで立ち尽くしているのに気付いた。しかし視線を向けると、逃げるように教室を出て行ってしまった。きちんとお礼がしたいけれど恥ずかしい系の人かな。別にいいのに。
一方、出入口の混雑がなくなった瞬間に新入生代表の女性は、背筋をピンと伸ばしたまま立ち上がり、教室を出て行った。最後まで姿勢を崩さないのはすごい。
少し大教室が閑散とした頃、昌が部屋に入って来た。
「おつかれ。やっぱり初日はぎょうさん(たくさん)おるな」
「これが減るのか?」
「実際、学年全員が集まる機会はないねんけどな。まぁ夏休みまでにある程度は来なくなる」
苦労して大学に入った人間からすると、せっかくなのだからしっかり学べばいいのにと思うが。
「まぁ、ごしゃげる(腹が立つ)だろうが、自分の金じゃない人間も多いからな。生活費さえ不要な人間にはそういう感覚ないのさ」
「難しいな。尚のこと無駄にできない気もするが」
世界は分かり合えない。全ての人と分かり合うのもそれはそれで変だと思うが、分かりあう努力を放棄してはいけない。でも、そういう人の考えを理解するのは大変そうだ。
♢
家に帰ると、腰の復活したおばあちゃんといった容姿に戻った結さんと、30歳くらいのお姉さんくらいまで若返った縁さんが待っていた。背は小さいので近づくとお姉さん的な雰囲気はなくなってしまうが。
「お帰りなさい、芳孝さん」
「お帰りなさい。バンカラさんはいましたか?」
「バンカラ?」
「昔はバンカラさんが着古した学生服でカンパスを練り歩いていたんですよ」
「あぁ、でもそういう人はもういない気がします」
「少し寂しいですね」
某あだち先生の野球漫画で英雄をからかおうとしていた相手か。
「お友達はできました?」
「昌と大学近くのオススメらーめん食べて帰ってきた」
「あら。醤油?味噌?塩?豚骨?」
「油そばだったよ」
「あぶら……そば?」
油そばって最近だったか、そう言えば。
「濃いめのたれを絡めて食べるスープなしのらーめん、かな」
「それはラーメンなのでしょうか」
「釜玉うどんみたいですね」
「確かに。そんなかんじ」
もうどこまでがらーめんでどこからがらーめんじゃないのか、判断が難しい時代なのかもしれない。
「あ、そうそう。明日はクラスごとのガイダンスだから、お昼ごはんは外で食べるよ」
「お弁当、お作りしますのに」
「荷物増やしたくないし、彼女がいると誤解されたくないしね」
午後は講義レジュメを読みながら仮の時間割を組もう。大学はどの講義をとるかも自分で決めなければいけない。自分から学ぶ気がなければ、本当にただ4年間大学に通って学歴だけをとって就活する場になってしまう。それだけは避けたいところだ。
♢
翌日。英語のクラスに向かうと、25人くらいしか入れない教室に15人くらいの学生がいた。英語はこの人数でやるらしい。そして、
「あっ」
「あ」
昨日俺が学生証を拾った、分目藍さんもそこにいた。
別作品ですが、歴史ジャンルの拙作が6月16日に発売されます。もし興味がおありでしたら活動報告をご覧ください。