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第5話 座敷わらしのおばあちゃんがもう1人

 アルバイト初日。俺の上司となるのは物件管理担当の毛利元就さん(38)だった。歴史上の人物と同じ名前ってどういう気分なのか聞きたかったが、きれいに整えられたカイゼルヒゲと着こなしから滲む出来る男オーラ、しかしそれらとは裏腹なテノールボイスと、色々圧倒されて聞けなかった。


「芳孝くん、この仕事は時給だが時給じゃない」

「物件の管理ができていることが大事、ですか」

「そうだ。話の早い部下は嫌いじゃない」


 そう言うと、初めてなので場所を案内してもらうために乗せてもらうフィアットのパンダから地図を持ってきた。


「君がきちんと掃除などの任せられた仕事をすること、住民の騒音にならないこと。これが守られる限り、時間は気にしなくていい。君のベストをつくせ」

「はい!」


 そのまま車に乗りこみ、物件に向かった。俺が担当するのは全部で14件。共用部分は11棟分なので、共用部分の清掃が主になる。


「ここと次とその次の場所は借りている方の要望で夕方以降に清掃をしてほしい。夜勤の方が多くてね。昼間は寝ているからかえって騒音になる」

「そういうこともあるのですね」

「ああ。これらの物件は昼間メインの主婦には任せにくくてね。学生さんが来てくれると助かるよ」


 名目上、この3件は夕方から夜の6時間勤務ということになっている。実際にはそこまでかからないが、深夜割増までふくめ手当代わりにくれるそうだ。


「さぁ、ここだ。部屋に案内しよう」


 少し古びたアパート。今日は初日だから昼間に来たが、普段は大学の講義が終わった夕方以降に来ることになる。管理する空き部屋は2階。キーボックスのナンバーは頑張って覚えるように言われた。


「この部屋だ」


 案内された部屋は2Kの洋室。当然だが俺の部屋より家賃も高い。そして、


「あ」


 ここにも、おばあちゃんがいた。


 ♢


「何かあったか?」

「あ、いいえ」


 当然だが、元就さんに彼女は見えていない。だが、彼女は驚いた俺にわずかに期待するような視線を向けてきた。掃除の説明が始まったので、メモすると同時に1枚を破って彼女に見えるように示した。


『待っていて、座敷わらしさん』


 驚きと喜びの表情を浮かべてしわくちゃの顔で頷いた彼女を見つつ、意外と座敷わらしって多いのかなと考えていた。

 そのまま掃除を始める。元就さんがコンビニへ一服とトイレに行ったところで、俺は話しかけた。


「座敷わらし、で合ってるよね?」

「ということは、他の娘がお世話に?」

「ええ。縁さんという座敷わらしが家に」

「あぁ、縁ちゃん。良かった、まだ彼女も消えてなくて」


 ほっとした表情のおばあちゃん。最初に縁さんと出会った時の服を思い出すが、こちらのおばあちゃんの服装は真っ黒で喪服みたいだ。


「ところで、名前は?」

ゆいです。お話できて嬉しいです。これで何日か消えずにすみます」

「そこまで限界だったの?」

「わかりません。気づいたら消えているのが私たちなので」


 これで放っておけるほど冷たいつもりはない。


「俺の家、おいでよ。2人座敷わらしがいたらダメなの?」

「いいえ。双子の座敷わらしが同じお屋敷にいたのを知っていますので」

「なら、きっと大丈夫だ」


 その後、元就さんが戻ってくるまで小声で話しながら掃除も手伝ってもらい(俺の手持ちの雑巾しか渡せなかったが)、元就さんに仕事が丁寧だと褒めてもらうことができた。


「だが、ここまで丁寧じゃなくてもいい。室内の管理状況は少々ホコリがあっても成約するかどうかは変わらんからな」

「そうなんですか」

「だから1つ1つの物件に時間をかけすぎるな。自分の生活も大切にしろ」

「わ、わかりました」


 鍵を閉める前に結さんに家を出てもらう。そのまま車の後部座席の地図を見せてもらう風を装って開けてもらい、結さんに滑りこむように乗りこんでもらった。

 先程聞いた限り1つの家から動くと2,3年はその家を離れられないらしいので、そのまま仕事終わりまで車で待っていてもらった。その後の掃除は元就さんに仕事のポイントを聞きつつ、2人で手際よく2日分の部屋と共用部分の掃除をして終わった。

 元就さんは掃除をする時も姿勢を崩さず、葉巻でもくわえればさぞかし似合うだろう。


「今日の仕事はこれで終わりだ。明後日、残りの物件を案内したら定期的な見回り中心になるからね」

「はい。ありがとうございました」

「送っていこう。乗りたまえ」

「え、あ、はい。ありがとうございます」


 地図と掃除道具の一部をしまうため開いていた後部座席から車を降りて俺と帰ろうとしていた結さんが慌てて車に戻る。

 え、どうしよう。ここで別れて2人でのんびり不自然なことなく家に向かおうとしていたのに。集合場所から車で移動すると思って歩いてきたのが失敗だったか。

 家の前まで送ってもらいながら、後部座席をどう開けるか頭をめぐらす。


「大体の人間は会ってみれば問題があるかないかはわかる。面接でわかることも多い。わからないことも多いがね」

「そうですか」

「君は思っていたより仕事が丁寧だ。そこはわからなかった。やはり仕事をしてもらわないと本質は見抜けないものだ。日々勉強だよ」

「なるほど」

「少し上の空だね?疲れたかい?」

「あ、いえ、そんなことは」

「まぁ、若いとはいえ初めてのアルバイトだ。気疲れもあるだろう。今日はゆっくり休むことだ。寝るだけではいかん。湯船に浸かることだ。これが一番大事だよ」

「はい、わかりました」

「さて、着いたね」


 そこまでの距離ではなかったため、この会話で家の目の前に着いてしまう。まずい。結さんが出られない。


「お疲れ様。また明後日」

「お疲れ様でした」


 どうしよう。明後日まで車の中にいてもらうわけにはいかない。扉を開けて降りようとするが、焦りから引っかかりそうになる。


「ふむ。どうやら足にもきているね。知らず知らず肩肘張っていたかな?」

「あ、すみません」

「大丈夫。若いうちは誰でもそうだ。いや、年をとっても、何かを始める時は疲れるものだ」


 そう言って元就さんは車を降りた。後部座席のドアを開け、足元に置いてあった袋をとり、車を降りた俺のもとにドアを開けたままやってきた。チャンス!


「入浴剤だ。私の好きなカモミールの香りだよ。『癒す』という花言葉をもつ」

「あ、ありがとうございます!」


 結さんが車を降りた。最高だ。最高の上司だ。


「そこまで喜んでもらえると、たまたまとはいえ持っていた甲斐があったよ」

「お疲れ様でした!」

「ではまた」


 車に乗って颯爽と帰って行く元就さんに、俺は心の底から感謝するのだった。

2人目。次話などでも語られますが、別にそこら中に座敷わらしがいるわけではありません。

次の投稿は火曜日です。この作品は基本まったり書いていく予定ですので。

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