第2話 座敷わらしと過ごす1日(上)
腰が明らかに曲がっているのに機敏なおばあちゃん。とはいえキッチンの高さが合わず、台に乗ってご飯を用意してくれている。彼女は色々なルールに縛られている。物に触るためには会話した相手の許可が必要で、俺は昨日俺の物なら何でも好きに使って良いとその許可を出していた。これがないと座敷わらしは本当にそこにいることしかできないのだそうだ。別に彼女は何も食べる必要がないが、部屋に住み俺と話す対価として家事を担当してくれるという。
「お皿は流しの下に全部入れますね」
「あ、はい」
「上の棚には予備のものを入れましょう。アルミホイルとか、ラップとか、キッチンペーパーとか」
「で、なくなりそうになったら俺が上から下に入れて買い足す、と」
「はい。その通りです」
昨日出会った時はしわの深かったおばあちゃんが、一夜にしてしわのない若いおばあちゃんになっているあたり、会話が栄養(という表現が正しいかはわからない)というのが本当だったのだな、と実感する。そういえば服も最初出会った時は濃い紫色のおばあちゃんの服といった雰囲気のものだったが、今は濃いえんじ色くらいの服になっている。
「トースターじゃなくてオーブンでパンが焼けるなんてすごいですね」
「電子レンジ兼オーブン兼トースターだからね」
「これが時の移り変わり……人間の技術進歩はすごいです」
尊敬のまなざしで俺を見られても困る。残念ながら結構お高いこれを買ってくれたのは親だし(うちの母はレンジは良いものを買えとしつこく言われた)、これをつくったしたのはインスパイア・ザ・ネクストでこの木何の木な家電製品メーカーだ。そして電子レンジを発明したのはパーシー・スペンサーさんだ。ありがとうスペンサーさん。
「バナナの端っこは捨てなくてもいいよ」
「の、農薬とか大丈夫ですか?」
「今の時代、そこまで強い農薬が残っているバナナはそうそう出回っていないと思うよ」
一口サイズに切って出してくれたバナナだが、先っぽは「農薬が!」と言って捨てていた。一昔前の考え方な気がする。
「いちごミルクも買わないと、今の時期はいちごが旬ですからね」
「いや、あれ甘いからな」
「でも、あれをかけないとみんな味が薄いって」
「最近のいちごは甘いですよ」
「なんと。一度味見をしてみなければ」
「味とかわかるの?」
「人の幸せを願うのに、人と同じ感覚がないとよくないので」
「なるほど」
「食べられないので本当に一口分だけ、とかしか無理ですが」
言われればなるほど納得だ。
♢
今日を生き抜こうにも俺の新居には食材がない。フライパンとか包丁とかそういった調理器具は買って届いているので、買い物ができる俺が食材を買いに出かけることになった。街を歩いていると、
「あ、特売だ」
そのスーパーでは縁さんに頼まれた食材の安売りが、タイムセールで始まっていた。鋭い眼光の奥様方が群がる中、俺も何とかセール品を手に入れる。早速幸運の成果か。金に余裕のない学生にとっては死活問題だ。両手に調味料と米、肉や野菜等とにかく買い込んだ。しかも今日はポイントカードが2倍の日で、いきなりたっぷりポイントがたまった。
「ただいま」
「お帰りなさい、芳孝さん」
一人暮らしなら帰ってきても本来なら言われるはずのなかった一言。母親ではないが、外見は母親そのものなので気恥ずかしさもない。
「久しぶりにお料理できます」
「えっと、コンロとか使い方わかる?」
「それくらいはわかります。昔もガスコンロだったんですよ」
アイロンだって使えますし洗濯機もボタンを押せば大丈夫って知ってますから!と言われる。成程、高度経済成長からバブルまでを生き抜いたからある程度は大丈夫なのか。
「洗剤だってきちんと計りで粉の量を見て洗濯機に入れますから」
「いや、今は液体洗剤だよ」
「何と!」
「あと、洗えるかどうかは服のタグに書いてあるから、それ見てね」
「なんとなく洗える物はわかりますが、わかりました」
荷物の整理をしていると、「なんと!乾燥が!」と騒ぐ声。試験運転した洗濯機で思っていた以上に乾燥ができたということらしい。試し用の服2枚をべたべたと触っている。生乾きだろうに。
「これだけ乾いていると、お外で干せばすぐ乾きますね!」
「物干し竿は買ってあるし、干してくるよ」
「では私はハンガーにかけますね」
相変わらずの台に乗りながらの作業には不安がいっぱいだったが、手際よく進める縁さんに2枚目は普通に任せて外に干すだけにした。
頼りになるのはありがたいが、頼りっ放しにならないように気をつけないといけないな、これは。
「洗濯物はそこのカゴに置いておいてくださいね」
「はい」
「洗濯ネット、欲しいですね」
「こ、今度買ってきます」
「あと、お裁縫セットとミシンがあればほつれても直せますから」
完全に母親のそれだ。外見もいくらかまた若返って母親に近い年齢になっている気がする。
「足踏み式だと私が椅子に座って踏めないので、ミシンが買えるなら足踏みではない方がうれしいです」
「ミシン……いくらだろう?」
小学校の頃習った記憶はあるし実家にも1台あるが、滅多に使われていなかったからな。いくらくらいするのか、興味がわいてきた。
「じゃあ、ちょっとPCの設定がてら調べてみるか」
「ぴーしー?」
あ、パソコンはよくわかっていないのかな。
「パーソナルコンピューター」
「あぁ、あの頭でっかちなテレビのついた箱にボタンがいっぱいついたやつ」
いや、普通にノーパソなんだけれど。知識のアップデートが相当必要だね、縁さん。
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