第13話 座敷わらしと竜
少し遅れました。申し訳ありません。
ケーキ屋さんの名前は『Patisserie Monoculaire Dragon』だった。
「直訳すると、独眼竜ね」
「あ、はい」
中学二年生かな?そう思っていると、分目さんが店名の由来を説明してくれた。
「店長は仙台生まれで、憧れなんだって」
「そ、そうか」
「まぁ、普通の人はよくわからないから〝竜のケーキ屋さん〟って皆呼んでるみたい」
ちなみに、奥にちらりと見えた店長の奥さんらしき人は俺より圧倒的に背が高く、しかも遠くからでもわかるくらい大きな八重歯が口元から覗いて見える。むしろ竜なのは奥さんなのでは。
「これ、前に言っていたチラシ」
「はい、じゃあチーズケーキで大丈夫?」
「うん、お願いします」
チーズケーキを買う。下がパイ生地になっているタイプだ。チーズの表面はキツネ色で、焼きすぎ感はない。俺の好みだ。
他の商品を見てみるが、ショートケーキ470円、モンブラン480円。うん、普段使いできるレベルの店ではない。しかし、どれも見るからに美味しそうだ。同じ種類のケーキでも、手作りだと分かる程度にそれぞれの形が違うが、それでも美味しそうなのは変わらない。
「ご自宅へのお持ち帰りですか?」
「あ、近いから保冷剤1つで大丈夫です」
「かしこまりました」
分目さんが、俺から見てもテキパキと持ち帰りの準備をしてくれる。まだまだ慣れていないと言っていたが、少なくとも俺の掃除よりずっと手際がいい気がする。
箱にチーズケーキが入り、賞味期限の説明などが終わったタイミングで、奥に居た竜の奥さんが焼き立てらしきシュークリームを持ってやってきた。店内に俺以外誰もお客さんがいないのが惜しいくらいの、ほんのりとした焼き菓子らしい良い匂いがお店の中を漂う。
「お?もしかして?」
「あ、はい。分目さんの友達の」
「大学で仲良くなった恋人未満の彼かい?早速バイト先に顔を出すなんてマメだねぇ」
豪快に笑う姿は迫力満点だ。しかし別に太っているわけではなく、肩幅や雰囲気のみでそう見えるので、不思議なのものである。
「ちょ、ちょっと、何ですかそれ?」
「おや。普通の友達だってみんな恋人未満だろう?」
「あ、いや、あう」
「もしかして、もう恋人なのかい?」
「あ、あ、あ、あ、あ、わわ」
完全にフリーズしている彼女を、心底面白そうに笑う竜の奥さん。
「まぁ、こんな不思議な子だけどさ、仲良くしてやっておくれ」
「よくご存知なんですか?」
「この子の母親は私の従姉だよ」
「成程」
「こっちの大学に進学したから出てくるっていうからさ、うちで面倒見てバイトさせてるのさ。ちょうど内装も新しくしたところだったしね」
表の竜、可愛いだろう?と言われたが、わからなかったので一度店を出て見に行く。すると店の前に木彫りの竜がいた。球を7つ集めれば願いを叶えてくれそうな竜だ。正直、ここに入る時は緊張していて視界に入っていなかった。竜をよく見ると眼帯をつけている。色々察しつつ店の中に戻る。
「すみません、緊張していて気づきませんでした」
「まぁ、狙っている娘のバイト先に来るなんて緊張するか」
「いや、そういうことではないですが」
「うちの娘は狙う価値もないかい?」
「いや、そういうことでも」
完全に遊ばれていると自覚しつつも、打開できる何かがあるわけでもなく。
「じゃ、この子が大学で浮かないように頼んだよ」
とか言われて、シュークリームをサービスでもらって帰ることになったのだった。
♢
「王手」
「む、ここは6億手読めば勝てるはず」
「縁ちゃん今日だけでもう3回連続負けてるけど」
「結ちゃんの銀の使い方が上手すぎるんですよー!」
帰宅したら2人で将棋を指していた。2人は俺が話したラノベの主人公みたいな、現役高校生将棋プロ対決に夢中だ。
「おかえりなさい、芳孝さん」
「ただいま、結さん。縁さんは劣勢?」
「縁ちゃんは何故か自分が勝てるリバーシはやりたがらないんですよね」
「将棋ブームが座敷わらしにも波及するとはね」
「まぁ、私はやりたい家事ができるので構わないですが」
そんな縁さんは、挨拶だけするとブツブツと「二歩にしないためには、やはり金を、いやしかし金はもったいない」とか言っている。見れば、自陣深くに入られた龍に王手をかけられていた。王を動かしても龍に桂馬をとられて王手が続くだけだろう。
「諦めて金を使うしかないんじゃない?」
「いや、芳孝さん。ここで諦めたら試合終了ですよ」
「いや、そこに香車置いても龍にはプレッシャーかけられないでしょう」
「でも、金は攻め手に使いたいですよぅ」
多分あと10手も打てば結さんが勝つだろう。さりげなく俺の持って帰ってきたチーズケーキとシュークリームを受け取って冷蔵庫にしまった結さんは、「シュークリームも買ったんですか?」と聞いてきた。
「いや、お店の人がサービスでくれたんだ。店長の奥さんが、分目さんのお母さんの従妹なんだって」
「おお、一族公認ということですね」
「違うってば」
「次は分目さんをお母様にご紹介ですね」
「おかしいでしょ」
少しやけっぱちもあって今冷蔵庫に入れたチーズケーキをとりだし、早速食べてみる。
「あ、美味しい」
チーズの濃厚さの割に後味がさっぱりしている。これは、何だ?だが俺程度の舌では理由が分からない。
「どれどれ、ちょっとください」
縁さんが餌を待つ雛鳥のように口を開けている。舐める程度しか食べられないので、ほんの少し切り分けて舌の上に載せるように食べさせてあげる。どう見ても妹という雰囲気なので、少しびっくりしたような、可愛いというか。
「ふむふむ。レモンですね。レモンの果汁がちょっとだけ入っている気がします」
「レモンか。チーズケーキにレモンか」
「味のバランスを崩さず、しかもレモンの味の強さを感じさせずにさっぱり感を出すなんて、作ったのは相当の腕の方ですね」
「そうか。さすがフランス帰り」
話を合わせつつ、俺は縁さんの能力に少し驚いてしまった自分に驚いていた。
♢
2日後。バイトで担当物件の掃除をしていたが、そのうちの1件の共有スペースの掃除中に、束になった漫画雑誌をゴミ捨て場に持って行こうとする新入生代表さんと鉢合わせた。いつもと違い、彼女は髪をポニーテールに結んでいる。
「あ」
「あら、貴方、同じ大学の」
「どうも。アパートの管理のバイトをしていて」
「漫画を拾ってくれた人ね。お疲れ様」
そう言って、両手に抱えるように持っている大量の漫画雑誌をふんばりながら運ぼうとする。
「いいですよ。俺が運びますよ」
「いや、でも」
「まぁまぁ。ゴミ捨て場の掃除も後でしますし」
いつでもごみが捨てられるとはいえ、定期的に掃除しないと臭くなる。回収業者も清掃してくれているが、定期的に俺も掃除しないといけないし。
「ありがとう。気が利くけれど、業務扱いされて他の人にこき使われたら良いことないわよ」
「ま、今回はたまたまということで」
「そうね。そう思っておくわ」
渡された雑誌は結構な重みだった。雑誌は全部少年誌。竜の名前の月刊誌だった。
「赤井翠。私の名前。何かあればよろしく」
キャンパスで見る姿と違い、彼女の物腰は柔らかくきさくな様子だった。
本作の主要人物はこれで全員です。
いつも読んでいただきありがとうございます。




