第1話 座敷わらしのおばあちゃん
歴史物以外を投稿するのは初です。宜しくお願いいたします。
1浪して入った大学での生活を始めるために、実家から大学そばの古びた木造アパート(1K、バストイレ別)に引っ越して来た。
期待と不安とちょっぴり料理経験のなさを持って友人の協力で部屋に荷物を運びこんでいると、押し入れを開けたら中に某国民的アニメのタヌキっぽい猫型ロボットよろしく寝ているおばあちゃんがいた。
あまりに驚くと人間は声が出せないというのは本当らしく。
衣装ケースを持ったまま、俺はしばし唖然としてしまった。
「あら、私が見えるの?」
幽霊?今までそういう心霊現象とは無縁だったから、悪霊なのか守護霊なのか地縛霊なのかすらわからない。そもそも不法侵入とかもありえるのか。
「早く荷物入れてくれ。次がつっかえてる」
「あ、ああ」
友人の言葉に我に返って押入れに目を向けると「出ますね」と言っておばあちゃんが押入れから出て来た。出て行ったスペースに衣装ケースを入れる。間違いなく、友人にこのおばあちゃんは見えていない。なんとなく警戒しながらも俺は引っ越し作業を続けた。今思えば、なんとなく「悪い何かではない」とカンのようなものがあったのだろう。追い出すとか引っ越しを中止するといった考えは思いつかなかった。ただ、どうすればいいのか、と悩んでいただけだった。
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荷物を運び終え、大きな家具の配置が終わったところで友人たちは帰って行った。食事をおごっただけで引っ越し作業を手伝ってくれたのには感謝しかない。その友人たちが帰った今、本来ならば1人っきりになるはずだったが、部屋の隅のフローリングに正座して待っていたおばあちゃんと話さなければ次に進むことはできない。
最初のイメージより少しだけ若く見えるおばあちゃんに俺はこたつ用の座布団をすすめて向き合った。
「えっと……いい天気ですね」
「お天道様があなたの引っ越しを祝福してくれたんですねぇ」
違う。そうじゃない。どう話を切り出すか考えていなかったせいで、話題がない初対面の人との会話みたいになった。
「あなたは、何者ですか?」
1分ほどニコニコと笑顔のおばあちゃんを見ながら、俺は考えに考えた末こう切り出した。やっぱり俺、コミュ力ないのでは。
それに対するおばあちゃんの言葉は俺の予想を540度くらい超えるものだった。
「私は座敷わらし。座敷わらしの縁です」
「ざしき……わらし?」
おばあちゃんなのにわらしとは哲学だ。そんな考えが浮かぶくらい、俺の脳みそはキャパシティオーバーを起こしていた。
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座敷わらし。『広辞苑』によると、「〔岩手県を中心とする東北地方で〕旧家の奥座敷などに住む妖怪。赤ら顔で、おかっぱ頭の子供の姿だという。〔その家の運勢に関係を持つと言われる〕 座敷ぼっこ」だそうで。
「まぁ、私たちは幸せを呼ぶと言われて、今までも頑張ってきたんだ」
声のトーンは軽い。おばあちゃんというより子どものものだ。
「でも、ね。50年くらい前から私や仲間を見えない人が増えたの」
「見えないと、幸運にはならない?」
「いいえ、そうはなりません。でも私たちは皆さんと言葉をかわさないと『わらし』ではいられなくなるのです」
会話こそが座敷わらしの栄養、といったことになるそうだ。だから今おばあちゃんはおばあちゃんになっているわけだ。そう言えば、少しだけ若返ったように感じる。しわが減ったというか。
「最後に話をしたおじいちゃんが7年前に亡くなって。ここは色んな人が入れ替わり入居するから、だれか私を見える人がいないかなって」
「でも、押し入れにいたよね?」
「10日前に見に来た人は見えなかったから、しばらく誰もこないと思って寝ていたの」
10日前というと、配達業者か。
「で、だれとも話せないとどうなるの?」
「何人か、会えなくなった座敷わらしがいます」
人間でいう死だろうか。今の世の中、そういうオカルトな話は実在するものなのか。
「写真とかに写ることはできないの?」
「できません。前に仲間が1人、ようちゅうぶ?を撮影している人の家にしばらくいましたが、一度も話題にならなかったそうで」
写真や動画に残るなら、それを使って証明もできるし、見える人を探すこともできるのだが。あと、動画サイトの名前はよじゃなくてゆだと思う。
「あなたに会えたおかげで、当分どこかで存在することができそうです。ありがとうございます」
「あ、出て行くのか」
「ご迷惑はかけられません。これだけお話できただけで十分です」
そう話す彼女は、更に若いくらいの外見になっていた。本来、座敷わらしが少々話さなくても外見は変わらないそうだ。つまりそれだけ彼女は会話していなかったわけで。
「ここにいてもらえたら、俺にも運が向くかな?」
「もちろんそうですが、いいのですか?こんなおばあちゃんになった私がいても、息苦しくないですか?狭苦しくないですか?」
「いいよ。宝くじが当たった方が俺にとって都合がいい」
そう答えると、彼女は笑顔で「では、少しの間御邪魔します」と言った。
とりあえずダンボールから出した新品のケトルでお湯を沸かし、カップめんを食べながらその後も約3時間話し続けた。彼女は随分長い間話が出来ていなかったからかとてもよく話し、そして俺の境遇もよく聞いてくれた。故郷を離れて知り合いもいない土地で一人暮らしが始まるはずだった日は、俺的には賑やかで楽しい日となった。
♢
疲れからシャワーも浴びずに寝てしまっていたことに気づいたのは翌朝目覚めて上半身を起こし、10秒ほどぼーっとしてからだった。布団は綺麗にしかれていた。シャワーを浴びないといけないと思い立ち上がった時、台所ではしわがなくなり、年の離れた伯母(孫が小学生)と同じくらいの年齢まで若返った座敷わらしがトーストを焼いていた。
「おはようございます、芳孝さん」
こうして、俺と座敷わらしのおばあちゃんの共同生活がはじまった。
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