表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/301

二 ハラヒ給え、キヨメ給え

 少し力を取り戻したコアイは、屋敷へ戻っていく。最早誰が名付けたかも覚えていないが、過去には「ドロッティンゴルム」と呼ばれていた屋敷。今は、「遺跡」と呼ばれているらしい屋敷。


 昔ここには、人間を含む多くの種族が訪れた。あるときはコアイに助力を乞い、あるときは(ゆる)しを願い、あるときは貢ぎ物を捧げるために。

 しかし何れの場合においても、彼女は好き勝手に振る舞った。

 あるときは、援軍を求め訪れた使者の素振りが気に食わぬというだけで、その使者が属する部族を一夜で滅ぼしてしまった。

 あるときは、盗賊が売りに持ち込んだ宝玉を突然叩き割り、その砕け散る様がとても美しかったと言って返礼に屋敷の財物の(ほとん)どを渡してしまった。そしてその後に訪れた、宝玉の本来の持ち主と名乗り返還を申し出た者を「心魂醜いお前には過ぎた宝、過ぎた(げん)」と叩き殺してしまった。


 無論、人智を超えた災厄が如き暴威を誇り、それを躊躇(ちゅうちょ)なく振りかざす彼女に逆らえる者は極(わず)かであった。またそんな気骨の持ち主も(ほとん)どが彼女に敗れ、大抵はそのまま命を散らした。


 多かれ少なかれ好みはあれど、彼女はいつも気儘(きまま)で、我が儘で……その点においては、彼女は何も変わらぬままこの世界に再現されたというべきであろう。

 しかし一点だけ、彼女は変わっていた。以前の彼女は財物や技術、学問に興味を持つことはあっても、他者の容姿を愛でること、ましてや他者の人格に心()かれることなど決して無かった。「魔王コアイ」がこの世界に君臨した数百年の間に、そのような(ためし)は決して無かった。


 されど今、彼女が求めるものは。




 コアイは屋敷へ一歩踏み入ったところで、招かれざる客たちの訪れを感じ取っていた。数人分は魔力(ちから)を感じる、それらに加えて彼らより魔力(ちから)の弱い者が同行しているかもしれない。とはいえ、接近しなければ感じ取れない程度の実力でしかないことも確かであった。


 何の障害にもならぬ、ただ面倒なだけの、つまらない存在。


 けれども、今のコアイにとっては予め排除しなければならない存在でもあった。異神召喚を行う際に自ら他者を排撃することは難しく、また召喚の際召喚陣(ペンタグラム)は全く無防備で、他者の干渉により簡単に術式を乱される。術式を乱された場合、意図せぬ存在が召喚されてしまうことや、目的とする存在の霊体や肉体、精神体のうち何れかが欠けた不満足な状態で召喚されてしまうことがある。

 再び、確実にあの娘を……三位を満足して()び出すためには、召喚術に干渉しうる存在があってはならないのだ。コアイは自然に、三位を満足させる必要があり、またそれが当然だと悟っていた。


 コアイは闖入者(ちんにゅうしゃ)たちを探し当て、排除せんと屋敷を歩き回る。すると声が聞こえた。

「おーい、こっちに来てくれ!」

「どうしたー?」

「窓枠が破られている、それも内側からだ!」


 闖入者の一団の声は、寝室の辺りから聞こえた。窓枠……寝室の(ほこり)を風の魔術で払った時、か。

 足音が前方から聞こえ、また側方や後方からは聞こえないことを確認してから、コアイは(おもむろ)に寝室へと歩き出す。闖入者たちを先に寝室へ集めさせ、そこでまとめて潰すのが良いという考えだ。


「ふむう、この破れ方は確かに内側からだな」

「なあ、ごめんけどそれ何か意味あんのか? 俺でも分かるように説明してくれよ」

「はぁ……人に聞く前に少しは頭を使え、だからお前はいつまで経っても馬鹿なんだ」

「あ゛? そろそろグーで殴るぞこのヤロウ」

「まあまあ、バカでもいいじゃないの幸せなら」


 コアイは寝室の近くで一旦立ち止まった。部屋の先に、感じ取れる魔力がいくつかと、それ以外から発せられた声がいくつか感じられる。部屋以外からは、何も感じられない。

 とりあえず部屋の者たちを片付けてみよう、コアイはそう考え寝室へ進む。


「私の屋敷に何用だ、下郎共よ」

 コアイは目に入った闖入者たちに、声をかけてみる。


「誰だい? 俺らは村長に頼まれて来たモンだが」

「おい、不用意なことを言うな馬鹿」

「な゛っ! だれがバカだよ!?」

 数人の、やや緊張感に欠けた者たちが集っていた。


「……さっさと立ち去れ」

 強い苛立(いらだ)ちを覚えたコアイは炎を想起すると同時に魔力を練り込み、()じったそれらを部屋に放つ。


「む、まずい!!」 

「うぐぅっ!?」

「ア゛ッ!」


「焼け焦げよ、凡俗(ぼんぞく)

 コアイは魔力を高める。炎は更に熱く、寝室を駆け巡る。


 もう悲鳴すら聞こえない。



 闖入者たちと(おぼ)しき魔力が全て消え失せたことを確認したコアイは、寝室を(のぞ)き込む。そこには(くすぶ)る火種と、焼け焦げた肉と脂の臭いだけがあった。



 ……しまった、用いる術を誤ったな。


 闖入者どころか寝具、家財道具まで焼いてしまったようだ。まあ、不愉快だったから致し方ない。この辺りには誰かしら住んでいるようだから、後日彼らに作らせればよい。それよりも今は、召喚の障害となる闖入者を除けたことを喜ぼう。



 邪魔者は居ない、もうすぐだ。コアイの心は躍る。

 もう一度、あの娘を()べる────コアイの心は躍る。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ