六 無知、ミカクニン、みすい
「へぇ、けっこう広いんだね。暗くてよく見えないけど」
私達は廊下を歩き、寝室のあった方へ向かう。
ドロッティンゴルム……誰かがそう名付けた、私の屋敷は所々風化して傷んでいるように見えたが、石造りの建物はある程度その姿を保っていたようだ。
「灯りが必要か」
私は魔術の光球を頭上に創造し、灯らせる。それは狙いよりも、少し鈍い光を放っている。
「えっすごい、マジック!?」
「あ、ああ……?」
いや、この程度の魔術、学ばせれば人間や蒼魔族でも扱えるはずだが……召喚としてはあまり良い結果ではなかった、ということだろうか?
ま、戦闘要員が欲しくて喚んだわけでもない。手があたたかいから良い。
私達は寝室へ辿り着いた。軋むドアに蹴りを入れて部屋へ押し入る。
「……なんか、ほこりっぽいなぁ」
彼女は鼻をむずがる。その仕草も、私は嫌ではない。
「すまない」
私は彼女に謝りながら、風の魔術を想起する。私を風上とした突風が起こり、それは音を立てて部屋を吹き荒び、やがてその一部は入口から、一部は木の窓を吹き飛ばして外へと逃げていった。
……今度は少し、力を加えすぎただろうか。
「これなら良いか?」
「……アッハイ」
私には、この後……どうすれば良いのか分からない。澄んだ風の部屋のなか、私は立ち尽くす。
すると手を引かれた。この部屋で、私に力を加える者は一人しかいない。私を引くその力に、身体を委ねてみる。すると私は、ベッドに引き倒されていた。
仰向けに寝転がった私の横には、彼女がいる。
「すごーい、ふっかふか! こんなベッド初めてだよ~」
彼女は楽しそうだ。そんな彼女の掌に熱を感じる。
私は思わず、彼女の手を強く握ってしまった。
「ん……」
私は思わず、彼女へ顔を向けていた。
「あの……おてやわらかに、お願いします」
彼女は少し表情を硬くしていた。彼女の眼は潤み、キラキラと瞬くようであった。その瞬きは私の顔へ燃え移り、熱を持たせてきた。
思わず、溜息が漏れた。その息は、とても熱く感じた。
いや、息だけではない。息の溜まっていた胸元も、焚き火の残り火のようなじんわりとした熱を伝えて来る。
長年生きてきたはずの私だが、このような感覚は、おそらく記憶にない。
熱い。身体が熱い。私の心が何かを求め、それが作用して身体を焦がしている。しかし、私には……心の求める「何か」が分からない。どうすれば良いのか、分からない。分からないまま、身体の熱が高まっていく。
私は彼女を見つめたまま、動けないでいた。
どれだけ動けずにいたかはわからない。
「……え~っと、おにーさん?」
気付くと彼女の顔は、きょとんとした表情に変わっていた。
「もしかして、全部私がやれ、って?」
「……お願いしたい」
実は、夜伽とは具体的にどうすれば良いのかがわからない。しかし、それを彼女に伝えてはいけない気がした。
「う~ん、私も実体験はしてないから自信ないけど」
彼女は困っているようだが、どうやら幾らかの知識を持っているようだ。ならば彼女に任せてみようか?
彼女は私の上に乗り、
「ええっと、とりあえず、脱ごっか」
彼女は顔を赤くしながら私の衣に手をかけ、意外なほど力強く襟を開いた!
「な、何をする!?」
ぱちいん、と音がした。
何と破廉恥な! 私はつい、彼女の頬を張ってしまっていた。
「えっ!? えっっ!??」
彼女は張られた頬を押さえながら、信じられない、というような眼でこちらを見ている。
「き、今日会ったばかりなのに肌を曝させようとは! なんとはしたないのだ!?」
「ええ!? ええ……っと、ですね……」
「お前には慎みというものがないのか!」
「いや、その……ですね、こういうとき、普通は……」
困惑する彼女も、見ればどこかあたたかい。それはそれとして、ひとまず彼女の話を聞くことにした。
「普通は?」
「普通は、その……お互い裸になる、らしいんだけど」
「そ、そうなのか!?」
「ま、まあ上級者は服着たまま……することもあるらしいけどさ」
彼女は驚きとも、呆れともつかない顔をしていた。
「それは、すまなかった……」
「え、も、もしかして何するのか全然わかってない系?」
「………………」
何も言えない。
「ていうか、さっきチラッと見えちゃったんだけどさ」
「な、なんだ」
「おに……おねーさん、あんたも女なんじゃないの」
「えっ」
「えっ」
少しの間、お互いに黙ってしまった。
「はぁ~……なんか、疲れちゃった」
「本当に、すまない……」
私達は、ベッドに寝転がったまま。
「悪いんだけどさ、私寝るから一時間くらいしたら起こしてよ」
「いちじかん?」
「ああ大体でいいよ」
「分かった、その対価と言っては何だが」
「うん」
「このまま横に居てもいいか?」
「いーよ~おやすみぃ」
私は横になったまま、彼女の手を取った。
やはり、あたたかい。
彼女が喜んでいるのか、特に気にもしていないのかは窺い知れないが、少なくとも嫌がってはなさそうだと思うとひどく安心した。
私は、隣で目を閉じ寝息を立てる彼女の手を握りながら、その寝顔を気が済むまで眺めていた。