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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
第三章 災禍に挑み花やぎ華散り
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十七 ヌクモりに酔って蕩けていって

 コアイは東へ向かって歩く。休むこともなくひたすら歩く。


 何日間そうしていたか、コアイは覚えていない。幾度となく夜を迎え、朝に照らされながら……コアイは歩き続けた。

 時折彼女の描かれた厚紙を懐から取り出し、その瞳を見つめながら……コアイは歩き続けた。



 コアイは、タラス城へ帰り着いた。



 安全な城へ帰ってきたコアイが真っ先にすること、それは決まっている。

 コアイは一切寄り道せず、寝室へと向かう。


 コアイは寝室で、スノウの描かれた厚紙を取り出し……名残惜しさに(あらが)いながら、厚紙をそっと床に置いた。そして指先を噛んで表皮に血を滲ませ、それに命を伝える。


 召喚陣(ペンタグラム)を描けよ、と。


 指先から、血がドクドクと流れ出す。流れ出た血は厚紙に触れぬよう、されど俊敏に流れて召喚陣を象どった。コアイはそれを見て左手を高く掲げ、指先を召喚陣に向ける。


 そして、


「mgthathunhuag Moo-la-la!!」


 コアイは、何故か文言だけをはっきり覚えている、この世界の言語とは異なる文法、発音の呪文を唱えた。

 赤い線で形作られた召喚陣が、淡い色に変わる。召喚陣は周囲の色など素知らぬように薄紅色に変わり…………


 やがて術者を含む全てが、召喚陣を抱きしめたように熱を届けていく────



 力を(うしな)った召喚陣の中央に、彼女が横たわっている。



 コアイは居ても立ってもいられない。直ぐさま側に添い、彼女を抱き上げる……が。


「えっちょっと待って くさい」

 酒の臭いを漂わせる彼女は、目覚めてすぐに顔をしかめて見せた。


「臭い? わ、私がか?」

「運動場の砂ぼこりと雨上がりの道路と、図書館の奥のにおいをまぜて濃厚にしました的な」

 コアイには彼女の例えが理解できず、また彼女の態度も理解できない。


「ど、どういうことだ」

「とりまくさいからはなれて~」


 離れて?

 私は、拒まれている、のか……?


 なぜ。

 なぜ。私を。触れてくれないのだ。



 視界が、ふと光を失う。


 私は。彼女は。

 彼女に触れられない私ならば、それは……

 彼女に受け入れられない私ならば、それなら…………




「~~!? ~~~~!?」


「だ、だいじょーぶだから!? 落ち込みすぎだってば!」

 声が聞こえて、コアイの心は寝室に引き戻された。


「そんなヘコまないで!? お風呂入ればだいじょーぶだから!? ねっ!」

「あ!? あ、ああ……」


「……なんか、ゴメンね」

 コアイの沈んだ様子を見かねたのか、彼女はぽつりと謝罪する。


「ぁぁ……」

 コアイは溜め息混じりの応えを返すのが精一杯だった。それは返答というよりはむしろ、安堵の溜め息だった。




 コアイは風呂の支度を指示してから、二人で浴室へ向かう。



「最初に、かけ湯をしましょ~う!」

 先に浴室へ入ったスノウはそう言いながら、コアイに湯をかけようと桶を振り回す。コアイはそれを、棒立ちで受け止めてみる。



 彼女は何度も、桶に()んだ湯を私にぶつけてくる。

 私に触れるそれは、湯である。彼女ではない。


 なのにそれが、彼女のあたたかさを身体に伝え、私に教えてくる。


 それは、とても……とても、心地が良い。




 彼女がそれに飽きるのを待ってから、二人は湯に浸かる。


「西の土地から珍しい酒を持ってきた、後で飲もう」

「マ? じゃあ今飲もっか!」

「ここで、か?」

 


「これやってみたかったの~」

 彼女は酒器を底の浅い木の大皿に載せて、それらを湯に浮かべて笑っている。

 楽しそうな彼女を見ながら、コアイはラッキ──西方の酒を注いでやる。そしてそれに水を加え、白濁する様を見せて笑っていた。


 そして二人は何度か酒を飲み干し、また注ぎ、飲み干して。



 やがて彼女は、コアイに寄りかかり黙り込んでしまった。


「んぅ…………」

 心地良さそうにすら聴こえる高い声とは裏腹に、表情はさえない。


 肩を掴んで揺すってみても、柔らかそうな耳や頬を軽く引っ張ってみても、彼女は起きようとしない。


 コアイは彼女が眠ってしまったと思い、抱き上げて寝室へ運ぶことにした。

 浴室を出てまずは己のローブを着て、のち彼女に衣服を着せようとしたが、彼女の服をうまく着せられない。コアイは仕方なく、衣服で彼女の身体を覆い隠して彼女を抱きかかえた。



 コアイが彼女を抱きかかえて寝室へ向かう廊下を歩いていると、正面に翠魔族(エルフ)の女が現れた。女はコアイに気付いたらしく、一礼しながら声を掛けてきた。

「陛下、ご無沙汰しております」


「クラン……だったな、城に居たのか」

「はい。奥方さま、どうかなさいましたか?」

 女は、コアイに抱かれぐったりとしているスノウの様子を見ている。


「先程まで風呂に入っていたのだが、この通り動こうとしないのだ」


「なるほど、湯に当たったのかもしれませんね……ん? いや、ずいぶんお酒臭いですね」

「彼女に勧められて、風呂で酒を飲んでいた」

「そういう飲み方というか、お風呂の使い方もあるんですね……」

 コアイも知らなかった。だがその時間は、一際楽しかったと断言できる。


「ひとまず、寝室で休ませてあげてはいかがでしょう」


「ただ、その前に……服くらいは着せてあげては?」

長靴下(ウド)のようなものは穿かせられたのだが、それ以外は見たことのない衣服ばかりで、着せ方がよく分からぬ……」


「ひとまず彼女の身体に被せてきたのだが、途中で落としてしまった」

「そうでしたか。では、ここから浴室まで探して、それらしいものがあれば寝室へ届けますね」

「頼む」

 女が微笑みながら(うなず)いたとほぼ同時に、後方から男の声が聞こえた。



「お、珍しい組み合わせじゃねえか」

「ん、貴様か」

 コアイは半裸の彼女を抱きかかえていながら、つい振り返ってしまっていた。視線の先には、大男アクドがいる。


「あっ、ち、ちょっと!? 見ちゃダメですっ!!」

 女が大男へ向かって駆け出し、その顔面を(はた)くようにして目元を覆い隠した!


「わっ!?」

「見ないでっ! 目をつぶってください!」

「お、俺はなんにも見ちゃいねえよ、つか何もな痛だァッ」

 女は大男の言葉に反応して、顔を押さえていた手を横へ回し、その耳を器用につねり上げる。


「しっかり見てるじゃないですかっ!? バカ! ヘンタイ! スケベ筋肉!」

 女は大男を見上げながら罵声を浴びせる。


「全く、もう……」

「つか、スケベ筋肉ってなんだよ……」


 コアイは二人の他愛もない言い合いを背にして、寝室へ戻ることにした。

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