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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
第三章 災禍に挑み花やぎ華散り
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十四 蠢く者とキラメくもの 東へ

 コアイは馬を走らせる。

 東へ東へと、走らせる。


 時折水場で馬を休ませながら、コアイはタラス城を目指して駆け戻っていく。


 荒れ地を走り、走って一夜明け……プフル城の東、行きには立ち寄らなかった城市が近くに見えた。

 しかしコアイは今回も、素通りすることにした。




 時間が惜しい。

 早く、彼女に逢いたい。


 もし相応しい場所が見つかれば、城へ帰るまでもなく彼女を()ぼうか……




 そう心をあたたかくしながら駆けるコアイを、突然小さな矢が冷ます。



 南……城市の方角から、矢がコアイのこめかみ目掛けて飛来した! しかし矢は斥力に進路を曲げられ、コアイの目前を通り過ぎて地面に落ちた。


 それに少し遅れて、コアイはパラパラと何かが地面に落ちる音を聞いた。

 馬の足下に視線を向けると、最初に飛んできた(あか)い矢や、黒や緑、赤茶といった色の着いた矢が転がっている。


 どうやら、遠くから……城市の側からコアイを狙い撃っている者がいるらしい。


 コアイは下馬して矢のうちの一本を拾い上げてみるが、そこから魔力や(まじな)いの類いを感じ取ることはできなかった。



 何の力も込められていない、ただの矢……私の身体に触れることは無いと考えて良いだろう。

 しかし、馬には当たり得る。矢傷を負えば、馬は走らなくなるかも知れない。


 そもそも、この矢は私を害そうという意志の下に放たれたのだ。 

 誰かは知らぬが、刃向かう者には報いを。



 コアイは騎乗し城市へ向かおうとした、その瞬間……城門の辺りから砂埃(すなぼこり)が上がる。

 そして、そこから飛び出してきた騎馬達が東西二手に別れて駆けていく。


 恐らくは彼等が狙撃してきたのだろう。そう直感したコアイは自然と掌を右手側の集団に向け、()のままの魔力を想起していた。



 視野に捉えている、今ならば。


「これぞ必殺! 『光波(コウハ)』!」

 短かな詠唱を機に、掌から騎馬の集団へと光束が伸びる。光束は的確に集団を照らし、そのうち数名を焼き焦がした。焼け残った者も地に伏せたのだろうか、コアイからは見えなくなった。

 騎馬の集団は、その位置を察せるような魔力を発していない。そのため彼等を精確に狙えなくなったコアイは左手側、すなわち東へ駆けて行った集団を狙おうと目を向ける。


 しかし、視認できるのは舞い上がる砂埃だけであった。コアイはそれを頼りに集団を追いかける。砂埃の様子からすると、おそらくこちらの集団の方が数が多い。

 コアイは馬を駆り、自分を狙撃したらしい集団を追いかける……


 が、集団に追いつくどころか引き離されてしまう。

 既に一夜駆けた馬と、城市で充分な休息を取っていた馬との体力差であろうか。


 さらに、コアイにとって悪い条件が重なる。お互いが東へ移動したことで周囲から少しずつ砂地や荒れ地が減り、草地がちになっていく。それはつまり、集団の巻き上げる砂埃が(まば)らに、薄くなっていくことを意味する。

 やがてコアイは集団を見失った。



 奴等に反撃を加えたいが、いちいち居場所を探し回ってもいられない。

 今は真っ直ぐ城へ帰ろう。


 再び私を狙った時、そのときは奴等を。



 コアイはそう割り切って、帰り路を往く。


 帰り路を往くと時折、周囲の丘や高台から、何色かの矢がコアイを狙って飛んで来た。しかし集団は随分慎重で狡賢(ずるがしこ)い者達らしく、数発の矢を放った直後にその場を離れているようだった。コアイも初めの二度は矢の飛んできた方角を探ってみたが、彼等の動きを捉えることはできなかった。


 狡猾(こうかつ)な者達への不快感、憎悪がコアイの心に(よど)みを溜めていく。

 しかしコアイは彼等に有効な対策を打てないまま、辺境の城市メルーフの近郊まで辿り着いていた。

 それは同時に、彼等もコアイに対して有効打を与えられていないということでもあるが。


 コアイは心を暗く染めながら、何度も夜を明かし自領の傍まで東進した。それはさながら、彼等との根競べのようでもあった。

 それはコアイにとって不本意な状況ではあったが、コアイの心は彼女に、思い()せる彼女との逢瀬に……支えられている。



「お、あんたこの前の……」

 コアイは国境(くにざかい)の川に架かる橋で、兵士らしき男と再会し


「うっ!?」 

 その時、数多の矢がコアイを襲った!

 それらはコアイにこそ当たらないが、近くにいた男、そしてコアイが乗る馬にかすり傷を付けた。


「ぅ……? ぅあ……っ」

 男は苦痛に少し顔を歪めたが、その顔は直ぐさま生気のない表情に変わり、その身体は力なく崩れ落ちる。

 馬も同様に、か細く鳴きながら倒れ込んだ。


 落馬したコアイは、素早く体勢を立て直して周囲を窺う。

 が、馬に(くく)りつけていた酒瓶……彼女への贈り物の様子を案じたことで、不意にコアイの目頭が熱を帯びる。熱は増幅されながら頭へと伝わり、コアイの思考を焼き切る。


「あ……」


「これぞ必殺! 『光波(コウハ)』!

「『光波』! 『光波』! 『光波』! 『光波』!」


 コアイは我を忘れ、『光波』を乱射していた。

 矢が飛んできたと思しき方角に、幾つも、地面とほぼ平行に……辺りに潜むであろう者達を(あや)められるように!


 コアイの魔力と、その心中に(よど)んでいた憎悪が共振し、互いを高め合い、光束を熱く、(まばゆ)(たかぶ)らせる!




 少し魔力の抜ける感覚が、コアイを立ち直らせた。


 コアイの周囲で大地は、何本かの溝……というにはあまりに広く、深く(えぐ)れていた。

 それでも、城市への直撃や森林、草地での火災の発生がみられないこと、そして馬に括りつけられていた酒瓶が無事だったことは幸いであった。




 はやく…………


 安全な場所で、彼女と逢いたい。


 温かな場所で、彼女を迎えよう。

 静かな場所で、彼女と過ごそう。



 優しい場所で、彼女と眠りたい。




 コアイは横たわる馬体から酒瓶を外す。そして一人とぼとぼと橋を渡り、自領へと歩いていった。

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