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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
第三章 災禍に挑み花やぎ華散り
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十一 淡い想い、フカイ思い

「あなたは……?」

 何かに反応したかのような動きで振り返り、コアイを見た女。


 コアイには、特に相手をする気は湧かなかった。

 現代において、コアイが常時感じている、感じられる魔力だけが人間の実力を示すわけではないらしい。だが魔力を感じていない時点では、それは無いも同然である。

 己の名を知る者とはいえ、コアイはあまり興味を持たなかった。


「あなたの、お名前は?」

 コアイは声掛けを無視して立ち去ろうとしたが、女はそれを(さえぎ)るように歩み寄ってきた。


「わ、私は、北西のラトゥール出身の、アニックと言います。あなたは?」

「……私は」

 そのやや堅さのある自己紹介は、コアイの脳裏にスノウとの触れ合いを思い起こさせた。



………………



「ワ、私はまゆむら……」



「いやそなた、さっきは確かまゆむらゆんぐむっっ」

「あっあはっ、そうね、あたしは、ええっと……その……スノウっていいます」



「これから悪いことしようって人が、気軽に本名名乗っちゃダメでしょ~」



………………



 私の目的が「悪いこと」か否か、私には良く解らない。けれどあの時の彼女は、どこか楽しそうだった。


 あの時の彼女の手のあたたかさと、私の口元から頭、そして胸へと伝わった熱……それらは、今も覚えている。



 彼女が楽しめることなら、私も(あやか)ってみよう。





「……私は、スノウと言う。東から来た」

 咄嗟にコアイの口が(つくろ)ったのは、彼女の名だった。



「そう、ですか」

「で、私に何用だ」

「あ、すみません、特には……」

「……面倒な」

 コアイはそれ以上話さず、女を押し退けて歩き出す。

 しかしコアイの胸中にあったのは、女への不快感ではなかった。コアイは、久方ぶりに彼女の名を口にしたことで……微かな心地好さを感じていた。



「そういや募兵の受付ってどこだっけ、てんいん? があるらしいから急げって話だったよな」

「それを言うなら定員だろ……北門の守衛詰所のはずだ」

「だってよ、早く行こうぜアニー」

「あっ待ってえ」


 そんな会話を背にしながら、コアイは城市の外郭へ向かった。

 どうやら今回は、気付かれなかったらしい。



 しかし。


 コアイは、彼女がくれたあたたかさに(くる)まれて失念していた。少し懐かしい魔力の匂いが、間近に在ることを。



 コアイは城門を出て、外に繋いである馬を取りに向かった。

 その途上。


「……あ、あっ……」

 高く上ずった声が側方から聞こえた。

 コアイは声の聞こえた方向に意識を向ける。すると人の気配と微かな話声が感じられた。


「……しました、隊……?」

「あ……顔、あの……い、アイツ……」

「隙間……える、あの美し…………すか?」 

「……襲よ、兵……達に合…………反……アイが、すぐそこにいる!」



「てっ敵襲! 敵襲だあっッ!!」

「兵は集まれ! 他の者はすぐに逃げろ!」


 突然張り上げられた兵士達の声と、何かの合図らしき甲高い音が人間達に急を告げる。


「敵襲!? 敵襲だって?」

「聞いてねえぞそんなの!?」


「反逆者だ! 反逆者コアイが攻めてきてんだ!!」

「そんなバカな!?」

「魔術兵、緊急の狼煙(のろし)を揚げろ!」


 コアイは人間達の起こす喧騒の中を、悠然と歩いている。


 騒がしいここは、言うまでもなくコアイにとっての『聖域』ではない。

 再び『聖域』に浸かるためには、()ず彼等の力を削ぎ、或いは反攻の意志を潰すべきだとコアイは理解している。


 コアイは一先ず、「集まれ」という声がしたほうへ進んでみる。

 するとそこには、先日タラス城を攻め取った際に闘った女魔術士がいた。



「さて、どうしようかねぇ……」

「戦うしかないでしょう? 隊長」

「実はアレ、アタシも敵わない相手でね……アンタじゃ手も足も出やしないよ」

「そうは言っても、時間稼ぎくらいはせねばならんでしょうて」

 女魔術士は兵士らしき男と言葉を交わしていた。



 そういえば、この女……縛り上げるだけ縛り上げて、すっかり忘れていた。



 コアイはとりあえず、様子を見ている。二人は互いに顔を向け、視線を合わせていた。


「隊長……最期くらい、付き合ってくれませんか」

「……いいのかい? 最期の相棒がアタシで」

「隊長と二人でなら、それは喜んで」

「……そっか、ありがと」


 会話を終えた男が一人、コアイを見据えながら歩み寄ってきた。その姿は隙だらけで、備えた魔力もけして豊かではない。


「大逆の罪人コアイよ、弁明したき儀はあるか? あれば聞いてやるぞ」

 兵士らしき男は、芝居がかった尊大な物言いでコアイへ問いかける。


「時間を稼ぎたいならそう言え、待ってやる」

 コアイは鼻で笑いつつ問いを受け流す。


「……いや、やっぱダメだ」

 女魔術士が(うつむ)きながら(こぼ)した一言が、コアイの耳にも届いた。


「え?」

「アタシなんかにそんなこと言ってくれるヤツを、こんなとこで死なせられるかバカヤロウ」

 コアイは、女魔術士の魔力が高まるのを感じた。


「アンタは逃げ……部隊のヤツらをまとめて撤退しな。命令だ」

 いつの間にか女魔術士は、男に近付きその肩を掴んでいた。


「や、今さらそんな」



「風よ吹けよ、花よ舞えよ」

「猛り狂う嵐の、その暴届かぬ園庭へ」

「『朔風(ベクター)』!!」


「え、な……おわーーーーっ!?」


「…………さよなら」

 男が南側へ吹き飛ばされるのを見ながら、女魔術士は足元に一粒の雫を落とした。



「用は済んだか?」

 始終を一通り見ていたコアイは、どこか物憂げな心地になりながら身構えようとした。


 その時、コアイの耳、いやコアイの意識に不可解な声が割り込んできた。



「ああっ、いい! たまんない!」


「見つめあう眼! 触れあう身体! されどすれ違う心と心!」


「やっぱり人間って、可愛い!! 美しい!! 愛おしい!!」



 コアイは何故か、その声に激しい拒絶感を催していた。

 それは、言わば一個の生命としての、絶対的な拒絶。


 コアイは、その存在自体への根源的な嫌悪を感じて、心身が震えた。

 だが、その嫌厭(けんえん)と激情がもたらす戦慄さえも……コアイにはどこか懐かしかった。

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