五 願い事、ヒトツ
「うん、済まない。実は私がそなたをこの世界に喚んだんだ」
「え?」
彼女は頬をさすりながら私に顔を向ける。
「俄には信じられないかもしれないが、私にはそういう力がある」
彼女はあきれたような、呆けたような顔をする。
この表情、何故か好ましい。もっと、見てみたい。
「え~っと……とりあえず、さ? 帰れるんだよね、あたし?」
「条件はあるが、元の世界に帰すことは可能だ」
「条件?」
まだ帰したくはない、そう思っているが。
「召喚者である私の願いを一つでも叶えた後であれば、送り還すことはできる」
「じゃあ早めによろしく! なんでもしますから!」
「何でも?」
「あ、いや~……あたしに出来ることなら、ね」
「早く帰らないとさぁ、出席ヤバいんだって」
「出席? 何の会合かは知らぬが律儀なのだな」
「え? まあ単位落としたくないだけだし」
たんい? それが何を意味するのかよくわからないが、とにかく彼女が困っていることは理解できた。
私は、彼女が早めに帰れるように、それでいて己が望んでいること……それを早く彼女に伝え、一旦帰ってもらうべきだろうと思った。
そう欲した以上は、きっとその通りにすれば良いのだ。
私は、彼女に何を望むのか……
「失礼かもしれないが確認したい。そなたは女、であるな?」
「見たら分かるでしょマジ失礼かっ!?」
彼女は顔をしかめた。
「そうか……」
女……そうか、女か。
私は知りたい。私を殺したらしい、女というものを。
「夜が明ける前に、夜伽をいたせ」
「は?」
「そうしたら、朝にはそなたが元居た世界に帰してやる」
「つか、よとぎ? ってなにそれ」
「ええと、だな……」
困った。実は私もよくは知らない。そんな経験どころか、これまでにそんな願望を抱いたことすら無かったから。
「女を寝室に連れて行って、一夜を共にするのだが……駄目か?」
「ああ、そういうことね……っていきなり!? ちょっと考えさせて!?」
彼女は頭を抱えている。そんなに困ることなのだろうか?
昔、手柄を立てた部下が女を連れてきて、その者を身請けしたいと申し出てきたことが何度かあった。私は興味がなかったから、いつも「好きにしろ」と返答していた気がする。
当時のやり取りにも、私の知らぬところで似たような問題があったのだろうか……私には分からない。
「くっ……最悪、それでもしかたないかあ……」
「あ、おにーさん、とりあえずメット取ろうよ。顔見せてよ」
「めっと? 先ほどから何度か聞いたが、めっと、とは?」
「そっか、名前が違うのかな? その、顔と頭隠してるやつだよ」
私は困ってしまった。気安く素顔を、肌を曝すべきではないだろう。私はこの世界に存在していることに気付いた時から常にそう考え、人前では衣服で己の肌を隠していた。
過去、他人にこの発想を押し付けることはしなかったが、自ら他者に顔を曝したこともない。
「いーじゃん別に笑ったりしないから」
「あ、いや……どうしても、顔を見せなければ駄目か?」
「できればー」
そういうものなのか。ならば。彼女のために必要ならば、迷わない。
「えっ……」
彼女の表情が固まった。何か可笑しかったのだろうか?
「えらいキレイな顔してるじゃん、なんでそんな美形隠してんのもったいない」
「そ、そういうものなのか?」
「まあいいや、キレイな顔したおにーさん、エスコートよろしくぅ」
私は少しだけ過去の記憶を参考にした。徐に彼女の手を取り、寝室のあった方向へ歩き出す。
やわらかい。あたたかい。
彼女と歩きながら、ふと疑問が浮かぶ。
「おにーさん」とは、男に対してのみ用いる呼びかけ……なのではないか?
いや、そもそも、私は……?