四 花はチる、チりてこそ華
痛々しい呻き声と鈍い啼き声が、草原を支配していた。
「う、うぅ……」
「痛え、痛えよ……」
「ゲボッ、くはあッ……う、あぁ……」
苦しそうな声を上げる彼等だが、裏を返せばそれは被った風石の害が小さかったということである。そのことが、彼等にとって幸運かどうかは別にして。
……まだ少し、戦の時宜を捉え切れていないのだろうか。それとも、私が思っているより彼等は強靭なのか。
コアイは周囲に転がる死者や負傷者達を見渡しながら、そんなことを考えていた。
また、敵兵の全員がここに倒れているわけではないとコアイは認識している。少なくとも、最初に正面から矢を放ってきた一団は狂風の中心から離れており、壊滅してはいないだろう。それに、狂風の中心に向かいながら難を逃れた者達がいる。
強者がいるとすれば恐らく、私の魔術を逃れた者達の中に……彼等が戻って来てくれれば、また楽しめる。
そう期待していたコアイの耳に馬蹄の音が幾らか届いたが、それらは直ぐにかき消される。
「っつあ~、痛ってぇ……この辺に嵐が来るなんて、聞いたことがねえよ」
「……嵐? もしかして、近くに居たのか」
コアイは声の方向に振り返る。勿論それは、大男アクドの声であった。
「ん、ああ……そりゃあ、何かあったら駆け付けられるようにと思ってさ」
「そうか、巻き込んでしまったか」
「王様の魔術だったか、どうりで」
あまり離れていないところで控えていたらしいアクドは、納得した様子で己の腕に目をやる。
「石がやたら飛んで来て、刺さってきて痛えのなんの……虚弱な奴だったら死んでたぞ」
「……元気だな」
コアイは北側へと視線を戻した。
「こいつらは、どうする? 止めさしとくか?」
「くそっ……身体が動かねえ、動けねえよ……」
「……殺して、殺してくれ…………」
力尽きた者達の分だろうか、呻き声は先ほどよりも減っていた。
「……どちらが良いだろうか。殺してやるか、生き延びさせて恐怖を拡げてもらうか」
そう問おうとしたコアイの耳に、少数の足音が聞こえてきた。
「こいつは……」
「ああ、随分強え。正直言ってお前よりも更に強え、ありゃ異常だ」
「判るか。こいつは……何が何でも、ここで止めなきゃいけない」
「そうかもしれねえな」
「そんな、気がするんだ……その為に俺は戻って来た」
二騎の騎兵が、言葉を交わしながらコアイに近付いてきた。
魔力以外の力が、魔力へと変換されているのだろうか?
そこには存在しなかった筈の、急速な魔力の高まりを感じてコアイは騎兵達に注目する。
「お前は、俺が闘ってる隙に負傷者を一人でも多く運び出してくれ」
そう語り掛けながら下馬した騎士に、もう一人もまた下馬しながら反駁する。
「いやいや、お前にだけやらせるかよ」
「サイモン……」
「勝ち逃げは許さねえぜ、まだ五つは負け越してんだ」
「十は勝ち越してたハズだが……ありがとう」
やがてコアイの眼前に、騎士二人が立ち塞がった。
「今は我が身など、兵団の誇りなどどうでも良い。国のため、全ての民のために……あの者を討つぞ!」
「そういうのあまし興味ねえけど、まあ……付き合ってやんよ」
そう言いながら剣を構えた騎士達だったが、急に間の抜けた声を零した。
「ん?」
「あ?」
「……今、何か言ったか?」
「いや? お前こそ……おやめなさい、って言わなかったか?」
「俺はそんな事言わん、お前にはそう聞こえたのか」
狼狽える騎士達の頭上を、一羽の鳥が羽搏いていた。コアイにはそれが見えていたが、それはどうでも良いことであった。
何も聞こえていなかったコアイにとって、それはどうでも良いことであった。
「あんたも、何も言っていないよな?」
「……何のことだ」
「そうか。気を取り直して、攻めさせてもらおう」
「来るがいい」
「うおおおおお!!」
騎士の一人が剣を掲げながら跳躍し、コアイに向かってくる。
またそれと同時に、飛び込んでこなかった騎士が呟く。
「風よ吹けよ、土よ撃てよ、石よ潰せよ」
「『石弾』!」
コアイは突如頭上に降って湧いた大岩を受け止める。コアイ自身はその重みを受け切ったが、足元の地表はそれに耐え切れず陥没した。
「これで逃げ道はねえ、避けられねえだろ!?」
「喰らえ俺達の魂、『霊光颪』!!」
騎士の力強い剣閃が力を纏い、コアイに受け止められていた大岩を砕きながら襲いかかる!
避ける?
そんなことはしない、受け止めてやる。
真っ直ぐ受け止めてやるから、少しは私の身体に……触れて、見せろ。
「召し下すは雷、地にて雷を受け取りて」
「剛き金の撃ち晴らさんと」
詠唱を紡ぎながら、コアイは騎士の特攻を受け止める。
そして。
「『咬雷』」
青天に似つかわしくない稲光が、虚空から術者に雪崩れ込んだ。
やがて眩い雷光が徐々に薄れていき、各人の視界は取り戻される。
するとそこには人影のように黒ずんだ姿が、陥穽の側で倒れていた。
それが発する人の焦げた臭気は、残った騎士を激昂させるに十分な示唆を含んでいた。
「クレイグ……くそっ、クレイグぅッ!!」
コアイは残った騎士から、更に猛烈な魔力の高まりを感じていた。
「地龍よ飲み込め、地龍よ噛み砕け、地龍よ!!」
「大地よ、龍の拒んだ悪を拒み神さびよ!」
「『狭門』!!」
そうか、この者達はそういう術を身に付けていたのか。
面白い……いや、面白かった。
コアイは整然と閉じたはずの地面から悠然と出でて、騎士へと歩み寄る。
そして傷だらけの指から血縄を取り出し、騎士の頸を絞め上げた。




