三 花沿わず、華きらめき、はなタオレて
大きく拡がった草原に、ぽつりぽつりと二つの人影が立ち尽くしている。
「昼刻は……まだか?」
「陽がダグル山からあまり離れてない、つまりまだだいぶ東側に傾いてる。まだまだ先だな」
大男アクドは呆れ気味に返答する。
「だから言ったろ、夜はもう少し寝ておこうって……気が逸るような性質でもないだろうに」
「…………」
コアイは二度の野宿でどうにも眠れず、二度とも無理にアクドを起こして夜明け前に移動し始めていた。しかし、それはどうにも眠れなかったことが理由だと、答える気にはならなかった。
「魔術の王」とされていた頃には……何度か野宿をしたことがあった。
だがあの頃と同様に、木々の間、焚き火の側にいても……そこで眠るのは、何故か寒かった。
あの頃には感じなかった筈の、寒さ。
そして、感じる筈のない寒さを忘れさせるのは……彼女、描かれた彼女の姿。
夜、コアイは焚き火を背にして横臥し、彼女の描かれた厚紙を懐から取り出して見つめているだけだった。
そして焚き火が消えると、燃え殻にもう一度火を灯し……集めた木々が完全に燃え尽きたとき、むずがるアクドを無理やり起こして出立していたのだ。
「人が寝てる時に発光の魔術使おうとしたり、夜も明ける前から起こしてきたり……まったくわがままな王さふあぁ~……」
アクドは言い終えられず欠伸をしていた。
「とりあえず、手前の森に馬を繋いでくるよ」
「昼刻はまだまだ先だと言ったな、馬を繋いだら寝ていても構わないぞ」
「おっありがてえ、そうすっか……」
コアイは適当な草地に腰を下ろし、辺りを見渡す。
見える範囲では北側ほど高くなっている、概ね傾斜のなだらかな平地のようだ。地面は草の生え揃った部分が多めだが、所々で赤茶けた土がむき出しになっている。
殆どが緑と茶……彼女に見せて、喜ばれそうな景色でもないか。
いつしかコアイは仰向けに寝転がり、彼女の姿、声、息遣いを思い浮かべて……惚けていた。
どれほどの時間が経ったのか、辺りではいつしか騎馬の足音が踏み鳴らされていた。
コアイは身体を起こして辺りを見回すと、北の丘からこちらへ少しずつ下ってくる一騎を見つけた。コアイは立ち上がり、騎馬を見据えて待つ。
「久方ぶりですな、コアイ殿……いや、コアイ王とお呼びすべきか」
「ジョージにございます」
騎士は下馬し兜を脱いでから、跪いて一礼する。
「貴公か」
「さて、早速ですが……」
人間にしては実直そうな騎士が、顔を上げて話し続ける。
「我らは北の丘の向こう側に集結いたしました、いかように闘いまするか」
「如何様に、とは」
「代表者を選び勝ち数を競うか、あるいは全軍の采配を以て会戦するか……お選びください」
「お~い、待ってくれぇ~」
男の大きな声が南側から聞こえてくる、しかしコアイはそれを気に留めずに言い放った。
「面倒なことを、全員で向かってこれば良い」
「な……」
「な、なに~っ!? 俺は!?」
「彼等が雪辱したいのは私一人だろう、それに」
コアイは南側へ振り向きながら答える。
「……士に二言はありますまいな?」
表情の変化こそ微かだったが、それは強い怒りを抑え込んだ故に僅かだったのだろう。しかし反感は抑えきれなかったのか、騎士は眉を顰めながら口を挟んでいた。
「士とは何だ? それは知らぬが、私に異存はない」
「おいおい王様……」
「委細承知! 失礼仕る!!」
騎士は兜を被るのも忘れて脇に抱えたまま馬に向かって駆け出し、飛び乗るように跨り、早々に去っていった。
「いいのか?」
アクドは少し心配そうな表情をしている。
「問題ない、今の所お前より強い魔力は感じない。それに」
「それに?」
「彼等は強兵なのだろう? この機に、数を減らしておこう」
アクドは言葉が返せないのか、神妙な顔つきでコアイを見つめ黙っている。
「退がっていると良い」
暫くして、アクドを退がらせたコアイの耳に、男の歌声のような一節が聞こえてきた。
If You ring the Heretic Bell,(神よ、貴女が「異端の鐘」を振り鳴らし給えば)
we ring the Purgatory Horn. (われらは「煉獄の角笛」を吹き鳴らし応え申す)
For Your honour, for our honour,(貴女の栄誉のために、われらの名誉のために)
we wash our soul, his blood! (われらは魂を研き清め奉る、彼の者の鮮血を以て奉る!)
北から流れ着くそれはけして美しい声ではなかったが、遠くコアイにも確かに聞こえた。そしてそれに続いて、高低様々の咆哮が沸き上がる。
「ブラアァァァァァァァァッ!!」
「ラアァァァァァァァァ!!!」
重なりあったそれらは強く、大きく、猛々しい叫び声となり辺りを震わせながら平原に響いた。
それらはやがて、左右、そして正面から届く地響きと馬蹄の音に混じり始める。コアイはそれらの主が、視線に入るのをただ待ち構えていた。
……そして、まず正面に砂埃を伴った一団が現れた。コアイが先頭の者に注目すると、どうやら片手を手綱から離し、その手に何かを構えているようだった。
一団を見ていると突然彼等は方向転換した、すると矢の飛ぶ音が聞こえてきた。
弩とかいう名の武器だったか、それにしては随分小さい……と思いながらコアイは両手を前方に翳し、斥力によって己に向かう矢を逸らす。
そして、それらを処理し終えるとほぼ同時に、左右から大きな得物をぶら下げた騎兵達が向かってきた!
「ブラアァァァァァァァァッ!!」
「ラアァァァァァァァァ!!!」
好機。コアイは眼を閉じ、詠唱を始める。
「幾百の弦よ、幾千の鏃よ」
「所を知り射てよ、果を知らず駆けよ」
「普く裂けよ、悉く穿てよ」
「『天箭』」
詠唱を終えると同時に開眼したコアイの左から重装備の騎兵、右から軽装の騎兵が突っ込んでくる!
彼等は衝突しないよう、コアイを挟んですれ違いに進路を取る。そして間にいるコアイへと長槍を向け、横を駆け抜けながら標的の身を削り取ろうと切先に力を込める!
標的……コアイに長槍が触れるより少し早く、そこを中心に嵐が巻き起こった。
無尽の狂風が人馬を薙ぎ倒し、あるいは風刃が彼等を斬りつけていく。
またその風に乗って、硬く鋭い小さな尖石が彼等の肉を抉り、またはめり込んで鮮血を噴き出させる。
また風害に巻き込まれ倒れた人馬が、後続の進路を塞ぐ。進路を塞がれた者達は、向きを変えて離脱するか、そう出来なかったものは先行の人馬を踏んで転げていく。
されど、惨状なおも嵐は止まず、駆け去ろうとする者達に、転んだ者達に、また倒れた者達に……狂風が、石礫が容赦なく叩き付けられていく。
狂風は横薙ぎに、石礫は縦横に人間達を切り裂き、貫こうと撃ち乱れる。
平原には今や歌声も咆哮もなく、ただ負傷した人馬の悲鳴だけが響き合っていた。
余談ですが……
本文中の人間の歌は、童謡『Ring-a-Ring-o' Roses』の曲で(早口気味に)歌うという設定だったりします^^;
ゲーム『Plague Inc.』中で時折子供が歌っている曲です、と言うとイメージが湧くかも? しれません。




