一 そのカタチは無謀たるや
スノウと離れてからの数日間、コアイは日々の大半をタラス城の屋敷で寝て過ごしていた。
明るい昼も暗い夜も、彼女と二人で眠った一夜を思い返すように……身体を丸めて、寝転がっていた。そして時々、思い出したように……彼女に貰った厚紙、そこに描かれた彼女を眺めて頬を弛ませていた。
勿論、敵襲の報せがあれば即座に対応できるよう気を付けてはいたが。
側仕えとも言うべきソディやリュカは、屋敷に留まりそれぞれの勤めをこなしながら過ごしていたらしい。
その初めの二日は、コアイの寝室を訪ねて扉越しに食事の要否を訊ねるだけであった。
そして三日めの朝に、対話を持った。
「陛下、開けてもよろしいでしょうか」
二日間、寝室を出ることすら稀だったコアイを心配したのだろうか。少し嗄れた声で面会を求められた。
「入れ」
コアイは起き上がり、老人ソディを受け入れる。
「もう二日、何も召し上がっておられぬようですが……ご体調が優れませぬか」
「いや、心配ない」
「……そうか、貴殿には話していなかったか。私は、毎日の食事を必須としない身体なのでな」
「そ、そうでしたか……知らずとはいえ、失礼いたしました」
それを聞いた老人は微かに、狼狽えたように見えた。
「構わぬ、それより人間達の動きは?」
「今のところ、連絡はありません。今日来られると、少し厄介ですが」
「問題があるのか?」
「明朝までには、ここにも通伝盤を用意できます。通伝盤を使えれば、人間どもが近付いた村から直ぐに情報を受け取れましょう」
「ふむ」
「それより先に攻め寄せられた場合は、オノン村に居るアクドを介して合図をもらう他ありません。しかしこの場合、敵兵の動きを大まかにしか掴めませぬ」
「そんなことなら、大した問題ではなかろう」
コアイには、老人の説明が重大な問題を抱えたものだとは思えなかった。
人間達は、この城へ至る道筋を知っている筈だ。この城で待ち構え、進軍してきた者達を迎え撃ってやれば良い。
コアイは、その程度に考えていた。
「何にせよ、動きがあれば呼んでくれ」
コアイは老人にそう伝えて扉を閉めた後、ふらふらと力の抜けた足取りでベッドに戻る。そしてそこに身体を転がして、彼女の温もりを思い出そうと眼を閉じた。
それからまた二日後、コアイは少し高く若い声で面会を求められた……結局、人間達が攻め寄せてくるという報せはないままだった。
「陛下、開けてもよいでしょうか?」
「入れ」
コアイは身体を起こし、若者リュカを受け入れた。
「陛下、あまり部屋にこもっていては……湯浴みでもされてはどうですか? お望みなら、風呂の用意をいたしますが」
「風呂、か……そうだな、頼む」
「分かりました、用意ができたらお呼びします」
若者が立ち去り扉を閉めた後で、彼が以前よりも華美な、娘のような色合いの装いをしていたことにコアイは気付いた。
しかし、それはコアイにとって特に意義のないことである。
「陛下、湯の用意ができました」
コアイは寝室を出て、自分を呼びに戻ってきた若者と浴室へ向かった。
そして脱衣所へ入ったところで、若者は良く分からない提案をしてきた。
「陛下、その……よ、よろしければお身体を、お流しいたしましょうかっ!?」
「身体を? 何をしようと言うのだ」
「え!? えっと、その……浴室に同行し、陛下のお身体を洗い清め……」
「それは、互いに裸となり風呂に入る、ということか?」
「お、お望み、でしたら……」
コアイはつい、若者を睨み付けてしまう。
「……不要だ、風呂には私一人で入る」
そう吐き捨てて、若者を脱衣所から追い出した。
肌を晒せというのか、奴は何を考えているのだ。腹立たしい。
ローブを脱いで入った浴場には、苛立ったコアイの身体を包み込むような湯気が立ちこめていた。
コアイは先日、彼女と共に湯に浸かった時のあたたかさを思い出す。思い出して、それに再度触れたくて水槽へ飛び込んだ。
コアイは彼女が腰掛けていた辺りで、湯の中に全身を沈めてみる。
そこに見上げるべき、触れるべき彼女は居ない。
これだけのこと、だったか?
これでは、つまらないな……
そこには、コアイが求めたあたたかさは存在していなかった。全く拍子抜けだった、そこには若者への苛立ちを洗い流す程度の作用しかなかった。
少し気落ちしたコアイはローブを着込み、寝室へ戻ろうとした。その途上で、屋敷に戻ってきていた大男アクドに声を掛けられた。
「探したぜ、王様」
「何か用か?」
「プレスター団の軍使を名乗る人間が訪ねてきた、どうする?」
「会おう、案内してくれ」
コアイは大男に連れられ、広間で待つ人間と対面した。
「こちらが、俺たちの王……コアイ様だ」
「貴方が、一人でアルマリック伯を放伐したという、コアイ殿ですか」
「それがどうかしたか、許せぬとでも言いにきたか」
「申し遅れました、某はプレスター団に所属するジョージ・モスボローと申します」
「貴公、独りで乗り込んで来たのか」
ジョージと名乗った人間は特に否定せず、話続ける。
「不躾ながらお尋ねしたい。先日、アルマリック伯の要請に応え北からこの城へと向かった一隊を退けたのは……貴方ですか?」
「魔術の熱線を受けて退いた者達か? ならば、それは私の魔術によるものだろう」
コアイは騎士の堂々とした態度を清々しく感じてか、素直に答えてやった。
「ありがたき幸せ、やはり貴方の仕業であったか。なれば我らプレスター団は、貴方に打ち勝ち逃亡の恥をそそがねばなりません」
「願わくば、正正の軍旗の下……我らと一戦、交えて頂きたい」




