十三 悪鬼縛めるイカリが
「伯父貴っ、伯父貴ぃ!!」
「なんじゃ騒々しい、ナメクジでも握り潰したか」
大声を上げながら駆けつけた男に、老人は飄々と語りかけた。
「そ、そんな昔のこと……いやいやそれより、天守塔に行ってみたらアイツが! いたんだ!」
「誰のことじゃい」
「最近いなくなってた、隣の村の女だよ!」
「ほ、お前が隣村の娘っ子を覚えておるとは、珍しいもんじゃの」
「ああ、まあ……いやいやそれより、確かに噂はあったが、事実だったとは」
大きな男は、今にも泣き出しそうな悲しい顔で俯く。
「あの、噂か?」
「ああ、そうだよ……裸で手枷をされてた」
大粒の涙が零れ、男の前方の床に微かな染みを作る。
「女の子が裸って、ヤバいふんいき?」
「ふむ…………儂らは塔に行く、アクドは領主を押さえろ!」
「ああ!!」
大きな男が、勢いよく外へ飛び出していく。
「さてコアイ様、天守塔へ案内してもらえませぬか」
「ん? ……外に出れば見えるだろう」
コアイは大きな男の所作に面白さを感じて注視していたせいか、途中の話をよく聞いていなかった。
「まあ良い、ついでだ。追いてくると良い」
コアイはスノウの手を取りながら立ち上がり、屋敷の外へと歩き出した。
時々ふらつく彼女が転ばぬよう、コアイはその手をしっかりと握って歩く。
「いい天気であったかいね~」
「ああ」
良い天気だから、あたたかい……私は、そうは思わない。
私が、そう思えるのは
コアイはそんなことを言いたくなったが、やめておいた。
ただ、彼女の手を握っていた。
「ここが入口ですな」
コアイ達は陽の光に当たりながら、塔の入口へと歩いてきた。その後ろを追いてきていた老人が訊ねたが、コアイは答えずゆっくり塔へ入っていく。
魔術の仕掛けられていた小部屋を抜け、数段が砕けた石段の手前まで進むと先に人影が見えた。
「あ、さっきの方……」
声の先に目をやると、領主と共にいた女が階上で立ち尽くしていた。ただし女は裸ではなく。外套のようなものを羽織っていた。
「まだ居たのか」
「はい、連れて来られた道を戻ると別の人間に会いそうだと思って、他の道を探していたんです。そしたらここまでは来れたのですが、降りられなくて困ってたんです」
「別の人間?」
「たまたまここでアクドさんに会ったので、話をしたら……ここで待っていろと言いながら外套を貸してくれました」
女は問いに答える前に、一旦状況を話し終えた。
「……お嬢さん以外にも、ここに?」
「……はい」
問いを変えて肝心な答えを得た老人の目は、険しくしかめられていた。
「リュカよ、アクドを呼べ……あ奴が領主を捕え次第、ここへ連れてくるのだ」
「領主が捕まってなかったら?」
「その時は、協力して捕らえよ……だが大丈夫、あ奴なら手間取るまいて」
リュカと呼ばれた若者は黙って頷き、走り去っていった。
「いやいやそれにしても、その外套で大丈夫かね」
「え?」
「大きさだとか、臭いだとかの」
「いえ、とても暖かくて、うれしいです」
「いい話だね~、あのおっちゃんやるじゃん」
スノウは階上の女の様子を見て笑みを浮かべていた。しかしコアイには、彼女が嬉しそうに笑う理由はわからない。
それでも、彼女が楽しんでいるなら、それで良いのだろう……と、コアイは思い直した。
「ぐあっっ」
少しの間待っていた一行に、呻き声が届けられた。声の主は、簀巻きにされ床に転がされた元領主の男であった。
「伯父貴、注文の糞野郎だ」
「うむ、流石じゃの。リュカは?」
「声はかけたから、もうすぐ来るだろ」
「さて……アルマリック伯、ジェイムズ閣下」
「ん? き、貴様は!? ヤーリット商会とかいう連中の」
「今、それはどうでも良い。今回は領内のエルフの代表として会っておる」
「閣下、私どもが今何をお訊ねしたいか……お分かりですな?」
「な、何のことだ? 税の相談……か?」
惚けた返答に応えたのは、胴を打ち据える大足であった。
「うごっっ!?」
「余裕こいてんじゃねぇよ馬鹿貴族」
「ぐお゛ぇっ……がはっ、あ゛っ……」
「あそこの娘さんのように、何人、何十人も若いエルフを手籠めにしたのだろう? 彼女達をどこにやった」
「う゛ぅ……」
「答えろ!!」
再び、大足が抵抗も出来ぬ男の胴を打ち抜く。
「答えろ! 何をした!?」
答えろと言いつつも、答える間を与えるつもりも無いかのように大男が蹴りを見舞い続ける。
それを間近で見ている老人も、積極的に止める気はないようであった。
「何とか、何とか言えよ糞野郎!!」
「ひえっ……」
コアイは黙って様子を見ていた。しかし横で慄く彼女が不安げに、手を握る力を強めて俯いているのに気付いた。
彼女を、苦しめないように。
「おい、少し落ち着いたらどうだ」
「あ゛あ!?」
「あまり蹴り続けると、話を聞く前に死んでしまうぞ。少し落ち着け」
コアイは一旦大男を止めてから、囚われていた娘の方に語りかけた。
「大勢の翠魔族が裸にされていた部屋があっただろう、そこへ案内せよ。お前も、領主の部屋に連れていかれる前にそこに居たのではないか?」
「あ、はい! そうですね、貴方がいれば、他の人たちも助けられる!」
一行は伯爵の恥部、そして部族の恥辱を目の当たりにするのだろう。




