表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
第二章 焦がれる災禍、灼かれる敗者
32/310

十一 ハレの日々終わるとき

「プレスター団が……帰った……」

 領主の男は呆然と、窓の辺りを見つめながら(つぶや)く。


「毎月金貨(オース)三十枚も払って、有事の優先出動を保証させていたというのに……」

「さ、三十枚って……」

「高いだろ? それも、出動の諸経費や報酬は別計算で、だ……それが、何の役にも立たんとは」


「それで、他にあるのか? 今お前が助かるであろう手立ては」

 まだ納得しないのか、とコアイは少し呆れながら問いかける。


 男は応えない。答えられないのかもしれないが。


「これで、財物ごと城を明け渡せるな」

 男はただ歯噛みする。それを見たコアイは男の背で丸まった手から、無事な指を一本摘()まみ出す。


「……ま、待っ」

 一拍ほど置いて、男の上ずった声が漏れた。しかし何かを察したらしい男の、返答は待たない。



「あ゛あ゛ああぁ!」

 指を(ねじ)り折られた男の悲鳴が響く。


「早く決めたらどうだ」

「ぐっ、うぅ……」

 苦痛か、執着か、何が男を唸らせているかは明確でなかったが……この時、態度が変わった。


「本当に、逆らわねば命は取らぬのだな?」

「くどい、私はお前の命に興味がない」


「兵士たちや、その家族の扱いは」

「素直に退去すれば殺しはせぬ」

「…………分かった、城を譲り渡そう」

 (ようや)く、男は決断したらしい。


「人間達を集めて宣言せよ、不満を垂れる者が出ぬように」

「明日の昼刻までに退去させる、それで良いか?」


 コアイが窓の外を見ると、既に大の月は姿を隠し、空は夜明け前の色を示していた。


「昼か。いいだろう」

「では、兵を集め伝達する……」


「正面の入り口は壊してある、他の出入り口へ案内しろ」

 コアイは男に先導させ、階下の隠し通路から塔の外へ出た。



「えっと、私は……?」

「待つも去るも、好きにしろ」




「皆のもの、ご苦労。これより指示を与えるゆえ、各班の者らに急ぎ伝えよ」

 集まった十数人の兵士達に、領主が声をかける。


「この城は、この……この方に、落とされた。我々は城をこのまま譲ることを条件に、助命された」


「そんな……」

「いや、予感はしてたさ。俺たちゃ手も足も出なかったんだから」

「そんなに、酷いのか?」

「いや、兵士も城壁もほとんど無事だ」

「えっ? どういうことだ」

「僕もあいつの動きを見ましたが、僕らは相手にもされてなかったのかもしれません」


「静粛に!」


 コアイは元領主が指示を下す様子を眺めている。


「今後だが、私は北東に向かいエミール伯を頼るつもりだ」

 元領主がチラリとコアイを見た。


「昼刻までに退去するよう要求されている。私に従いたい者は付いてこい、共に行こう」


「エミールか……」

「あまり気は進まんな」

「どうしてですか?」

「ちょっと不安なことがあるのさ」

「でしたら、なるべく大勢で集まっていたほうが安心ではないですか?」


「静粛に!! 話を聞かんか!?」

 あまり統率力のない主君だったのだろうか、それは良いが早く話を進めてもらいたいものだ。

 コアイは既に退屈だった。


「他の土地へ行きたい者は好きにしろ、止めはせぬ。命が惜しくば、とにかくこの城からは出ていくのだ」


「……以上だ!」

 元領主は、最後に少し語気を強めた。



「エミールか……あそこの乾酪(カゼス)がうまいんだよな」

「いいですね、僕は特にアーロルが好きです」

「えっ嘘だろあんなの」

「今そんな話はいい、で……どうする? 領主殿に()いて行くか?」

「俺は一旦嫁と相談してみるが……もし別に当てがあって、そっちに動きたいってんなら……お前がまとめろよ」

「なぜ俺なのさ」

「ここの兵長……いや騎士殿含めてもお前が一番頭がいいし、人をまとめるのも上手い。俺はそう思ってる」


「いつまでしゃべっているのだ、散会せよ!」


「……とりあえず、皆がちゃんと動くように話を拡げよう」

「そうですね、見てない人たちにもあいつの怖さを広めないと」

「ああ、じゃあまた後でな」



 カゼス? アーロル? 後で詳しそうな者に()いてみようか……

 聞き覚えのない言葉に、コアイの心が少し動いた。




 兵士達が城下に散った後、コアイは屋敷で身支度を指示する元領主を監視していた。


「財貨を持ち出してはいないだろうな」

「荷物は屋敷の前にまとめさせる、気になるならそこで確認してくれ」



 何か……忘れているような。



 (しばら)くして、屋敷の前に荷が集まりだした。コアイは気の向くままにそれらを検分し、金目の物が含まれていないことを概ね確認していた。


 すると突然、老成した口調の男が声を掛けてきた。

「失礼。貴方が、「コアイ」を名乗る旅人……ですな?」


「……名乗る? 名乗るも何も、私はコアイ」

 コアイは返答しながら、男の側へ顔を向ける。すると三人の翠魔族(すいまぞく)の姿があった。前方に痩せた初老の男と、中性的な顔立ちの者が横並びに立っている。


「私はこの辺りで商いを営んでおります、ソディ・ヤーリットと申す者です。横に居るのが孫……孫のリュカ、後ろはアクド・ワンと申します」


 そして二人の斜め後ろに控えるような位置に居た大柄な男は、よく見ると昨日会った酒場の主だった。

「フフ、やっぱりやってくれたな、アンタ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ