十 ココロ、焦がれず、焦がして
コアイは天守塔の窓から城下、そして城から延びる林道を眺めてみる。
私ならここから、林道を抜けてきた兵団を城壁に着く前に狙い撃てそうだ。林道を通ると分かっていれば、一方的に攻撃し害を除くことができるだろう。
これではまるで、私のための城ではないか。ここで彼女と、楽しく日々を過ごせたら……
コアイはあれこれと思い馳せ心を浮かせていたが、ふと辺りに目をやると領主の男がこそこそと立ち去ろうとしていた。
「大人しくしていろ」
コアイは血縄に命ずる。
「ぐぅっ……」
「騎兵団とやらが来るまで、どれ程かかる」
喉を絞められ動きの止まった男の髪を掴み、乱雑に窓側へ引き倒した。
「答えぬのか」
男が黙っているのを見て、コアイは血縄の末端に命ずる。
「い゛ッ!? つッ!?」
男は後ろ手に縛られた左右の手爪に痛みを感じ、小さく悲鳴を上げる。
「従順であれば殺す気はない、少しはそれを感謝しないのか」
「ふざけるな、大方いざというときの人質とでも考えているだけだろう?」
「……私にそんな必要は無い」
「もう一度訊く。騎兵団とやらはいつ来る」
「時間は分からん!」
「まだ従わぬか……面倒な」
コアイは溜め息を吐いてから男の後ろへ回り、縛られ握りしめられた手から指を一本解いてつまみ上げた。
「なっ……何を!? 分からん、本当に時間は分からんのだ!!」
男には指を取られた感覚が伝わっていたが、それは指の根元から伝わる強い痛みに変わる。
「ぐあ゛あ゛あ゛あぁッ!?」
「ヒッ」
男は後ろ手に縛られた手の指を一本折られ、大きな悲鳴を上げた。
「ほ、本当なんだ、時間は分からん! 騎兵団がエミール領のどこに駐屯していたか、それ次第で到着時間は変わる!」
コアイはもう一つ溜め息を吐いてから、先ほど耳にした別の悲鳴に着目した。
「ところで、そこに隠れているのは誰だ。出てこい」
「…………」
怯えきった表情をしながら、ベッドの影から手枷のみを身に着けた女が現れた。
「彼女は関係ない、やめてくれ」
「何者か、答えろ」
「わ、私はクラン……西の村に住んでいたエルフです」
「うぬは女、だな?」
「は、はい……っ!?」
返事を聞くより早くコアイは手枷をされた女へ無遠慮に歩み寄り、半ば強引にその肩を抱き寄せた。
女は当初、視線を落とし歯を食いしばり、身体を強張らせていた。コアイは震える女の仕草を、暫く黙って見つめていた。
「……きれいな人……」
女が呟く。いつの間にか、女の艶やかな翠の瞳が視線を返してきていた。コアイはそれと視線を交わらせる、が。
……やはり、違う。
この女も、彼女とは、違う。
女はコアイを見つめ続け、いつしか頬を薄紅色に染めている。しかしそれとは対照的に、コアイは興味無さげに視線を外し手を離した。
「おお、おお! 速い、何という速さなのだ!」
不意に、領主が小さく歓声を上げた。
「来るぞ、お待ちかねの軍団が! あの道を見てみろ!」
男がくいくいと窓の外へ顎を向ける。コアイはそれを見て窓から北面を見下ろすと、林間で砂埃を上げる塊が見付かった。
「あれが、頼みの綱の騎兵団か」
「お前の身体、何本の槍が刺さるか数えてやるぞ!」
「あれで、良いのだな。そこで見ていろ」
コアイは林道を走る集団らしき塊に視線を集中し、掌を向け、両者を繋ぐ意識を起こす。そしてただ魔力を想起し、短い詠唱を口にする。
「これぞ必殺、『光波』!」
術者の心中に巣食う憤怒、憎悪、殺意……それらと共振していない純粋な魔力の光束は、本来の威力には程遠いものであった。が、それでも遥か遠くの敵兵に熱傷を与える程度の力は具えていた。
『光波』を受けた者達が負傷し周囲の足並みを乱したのか、林道を往く集団の動きが鈍ったように見える。
「『光波』!!」
コアイはもう一度、集団へ向けて光束を放つ。現状の威力には少し不満だが、視えてさえいれば遠距離でも精確に標的のみを狙える『光波』は重宝した。
「『光波』!!」
また威力が出ていないということは、裏を返せば術の発動に伴う魔力の消費が少ないということでもある。
とはいえ、それでも人間相手には十分な威力を具えており、またこの状況でコアイのような者が魔力の消耗を気にする必要もない。
「く、くそうっ!」
拘束された男は、懸命にコアイへ体をぶつける。遠くの同胞への攻撃をやめさせようとしたのだろうか、勿論それは何の意義も持たない。
コアイは冷たく男を一瞥するが、それ以上の反応はしなかった。
林道に在る集団は、いつしか進軍を止めている。
「これぞ必殺、『光波』!」
コアイはもう一度、今度は兵団の手前の道に光束を放つ。光束は過たず兵団の目先に放たれ、彼等の足下を焼き焦がしていた。コアイは少し間を取り、集団が動かないのを見てもう一度光束を射つ。
「『光波』!!」
コアイは前回と全く同じ位置を狙った。光束は過たず兵団の目先に放たれ、再度彼等の足下を焼き焦がしていた。
現状、こちらは狙いを外すことなく一方的に相手方を攻撃することができる。これまでの攻撃でそれを察せる者達ならば、不利を悟り退くだろう。退かぬならば、全滅するまで射ち続けてやる。
どちらでも良い、今はこの城の被害を抑えられれば。
果たして、兵団は来た道を駆け戻っていった。
「そ、そんな、何のために大金を払って……」
「さて、まだ従わぬか?」




