三 目覚めたヒト
私は、眠る彼女の側に立ち、彼女を見下ろしている。
何故だろうか、今は彼女を眺めているだけで楽しい気分になる。だから、敢えて起こさず眺めている。
先程現れた招かれざる客には脅しをかけておいた、暫くはこのままでも大丈夫だろう。
私は彼女に触れず、少しでも長くこの時間を過ごそうと考えていた。
彼女は、人間だろうか? 身体が柔らかくゴツゴツしていないから、蒼魔族ではなさそうだ。耳が円いから、翠魔族でもなかろう。緋魔族と呼ばれる存在であれば、外見では判断できない。
もしかしたら私と同じように、特定の部族に属さない……緋魔族と呼ばれる存在かもしれない。
まあそれは、彼女が目覚めた後のお楽しみ、か。あの澄んだ声で答えを教えてくれるのを、期待しよう──
彼女を見ながら、そんなことを考えていた。どれほど時間が過ぎたかは、分からない。いや、そんな意識自体が失くなっていた。
それにしても、彼女の着衣は変わっている。この世界の何処ででも、目にした記憶がない。
ノイジード湖の水に似た、少し白に濁っているはずなのにとても鮮やかな青。知る限り人間にも、翠魔族にもこの色の染物を造れる者はいなかった。
確か、その色に魅せられた人間の学者が湖の水を煮詰めて染色に使ってみたとか、職人が重ね染めとかいう技法で色合いを似せようとしたとか、そして誰も再現出来なかったとか。
その話を聞いて湖を見に行った時には、特に何とも感じなかったが……それに似た色を身に着ける彼女は、とても強く私の気を惹く。
ふと、私は彼女の横に座ってみる。するとあたたかい。しかしこのあたたかさは、焚き火や炎の暖かさとは違う。皮膚ではなく身体の内に作用する、と表すべきだろうか?
そんなあたたかさを、彼女は持っている。
私は座ったまま、彼女の顔を覗き込んでみた。すると益々あたたかい。それを感じると同時に、少しフワリとした気がした。
眠気に似た? いや違う、身体の内の頑なな部分が吸い出されたような? いや違う、うまく表せない。というか、私にはよく分からない。
己ですら分からない、あたたかい何か。分からないのに、そこには僅かな不安もない。不安どころか酷く懐かしく、優しく、寄り添いたいほど好ましい……
何故、そう感じるのだ。
私には、この世界で誰かに寄り添っていたという記憶がない。
私の周囲に広がるこの世界のどこにも、寄り添う者はいなかった。寄り添いたい者も、いなかった。
互いの命を賭して闘うことが心底楽しいと思える、好敵手ならいた。彼等は、私の身体の奥を熱く熱く疼かせてくれた。
身体の芯を雷が走り、肚の熱気と背の寒気が入り雑じり。私はぞくぞくと震え、声を上げて身悶えながら彼等と殺し合い──幾日となく、各々の総力を交えたものだ。
あれも、とても心地良い、好ましいものだった。しかし、今感じている好ましさは、あれとはまるで違う。
分からない。私は彼女の顔から視線を外さず、更に顔を近付ける。
分からない。何故そこから視線を外さないのか、何故そこへ顔を重ねるのか。
私には分からなかった。そのとき、彼女が眼を開いたこと。




