表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
第二章 焦がれる災禍、灼かれる敗者
22/310

一 欲のスガタそれぞれ

 コアイは玉座にあり、特に何をするでもなく座っていた。そこに彼女の温もりがまだ残っていて、離れるのが惜しかったのだ。


 そろそろ動こうか……いや、まだ触れていたい。


 重い腰を上げようとしたところで、心が玉座に引き戻される。それを何度か繰り返した辺りで、屋敷に差し込む光が赤色を帯びだした。


 夕暮れか、いつか二人で眺めたいものだ。


 コアイは赤い夕焼けの光を見ながら、彼女と彼女に寄り添う己を想像する。そこに実体はなくとも、少しあたたかかった。またそのあたたかさは、己の当面の目標を思い出させた。

 


 まずは、この辺りで甘ワイン(オペ)を集めてみよう。きっと彼女は喜んで飲んでくれる。


 ……と考えたは良いが、そのためにはどう動くのが最善だろうか。ひとまず手掛かりを得ようと、朝に会った酒場の男を訪ねてみることにした。

 コアイは彼女に貰った小物を懐に入れて、酒場へ向かう。その道中で、叫び声を上げる老婆を見かけた。


「おお、かみよ! 権現(ごんげん)なり! 権現なり!!」

「おお、かみよ! 我らが奉謝(ほうしゃ)、その御霊(みたま)(やす)んじんことを!」

「権現なり! 権現なり!!」


 老婆は手を組み、空を仰いで奇妙な言葉を繰り返している。聞こえてくる言葉の調子は弾んでいたが、横目に(うかが)った老婆の表情はそれと対照的な苦々しさを残していた。




「ん? ……ああ、アンタか」

 酒場の扉を開けると、近くにいたらしい主の男が声を掛けてきた。


「一人なのか。とりあえず、飲むかい?」

「……一人ではいけないのか」

 その言葉は、何故かコアイの気に障った。


「いや、別に悪かねえよ。ただ、アンタら仲良さそうだったから、意外でさあ」

 男は相手の苛立ちを敏感に察したのか、すぐさま弁明した。そうしながら、コアイを席に誘導した。


「で、何を飲む? 果実漬け(グリュー)はまだ漬かってないが」

「要らぬ。甘ワイン(オペ)をもっと集めたいのだが、何か知らないか」


 男はそう問われて、何かを察したらしい。

「あ、アンタらか……? 昨日代官の屋敷を潰したってのは」

「それがどうかしたか」

「マシューと決闘して、勝ったというのも?」

「昨日は良い戦士と決闘したが、名前は知らん」


「はは、はっはっはっ! そうかあ、あれはアンタのことか!」

 男は大笑いしながら店の奥へ歩き、やがて瓶を持って戻ってきた。


「さっき山でアイツと会ってたんだが、まるで歯が立たなかったそうじゃないか。アンタ大したもんだよ」



「アイツは人間なんだが、人間にしとくにはもったいないほど強く、そして気高い、良い奴なんだ」

「アイツに魔術を教えたのは俺さ、人間の戦士にしちゃ魔力が眠ってたんでな。ただその途中で俺は捕まって、鉱山送りにされちまったんだ」

 男は時々瓶に口を付けながら、あれこれと語っているようだった。しかしコアイにとってそれらは、特に聞き入るべき話ではない。


「おい、私は酒の話を聞きたいのだが」

「ああ、すまんすまん……今年に(かも)した分は、ほとんど領主……アルマリック伯の城にあるだろう」

 男の視線が不意に鋭くなる。


「……もし、アンタにその気があるなら」

 男は背筋を伸ばし、低い声で話し始めた。


「なに?」

「今のアルマリック伯は俺たちに重税を課して(ぜい)を尽くすだけでなく、若く美しい男女を城に連れ去っては(なぐさ)み者にしている。伯爵と、城の周辺にいる兵士だけでも除いてくれれば、あとは……」

「乱の用意でもしているのか」


「一度火が付けば、領内各村のエルフは(こぞ)って立ち上がるだろう。もちろん俺も前線に立つ。統率の取れていない人間の兵なら、どうにか討てる」

「そう上手く運ぶのか」


「アンタ程強くなくとも、エルフ(俺たち)には誇りがある」

 男の眼には、何か重苦しい心情が浮かんでいるようだった。


 しかし。

「盛り上がっているようだが、私は興味がない」

「……ここまで聞いて、代官を襲っておいて、まさか人間に付くとは言わんよな? アンタ、少なくとも……人間ではないのだろう?」


「私は、宝になるモノを集めたいだけだ。伯爵とやらも、逆らえば殺すだけのこと」

 コアイの胸中にあるのは、彼女の笑顔なのだから。



「伯爵の城はどこだ」

 そう問いかけるコアイに、男は懇願する。


「伯爵の城は北東の道を数刻歩いた先だ、頼む、伯爵だけでも」

「そうか」


「今の堕落した、数だけが(たの)みの人間どもに屈するのは……俺たちはもう嫌なんだ」

「好きにせよ。これ以上は言わぬ」

 彼等の思いなど、コアイにとっては考慮すべき何物でもない。



 と、突然男の声が明るくなる。

「……なんてな、冗談だよ冗談」

「なに?」

 男はいつの間にか、おどけた表情を作っていた。


「済まん、済まん……代官たちのいない今なら、言いたい放題さ」

 コアイは相手にするのも馬鹿らしくなり、無言で酒場から立ち去った。


 コアイはとりあえず北東へ、伯爵の城とやらへ向かおうと歩き出す。そのとき、背後から途切れ途切れに声が聞こえてきた。



 ひがしの……ら……ヤーリ……ん……ことづて……



 コアイは特に気に留めず、先を急いだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ