ふと思い出した言の葉に
本投稿より、新章『余聞 人の統べる地の内にて』となります。
今後もお楽しみいただけましたら、幸いでございます。
外では、木枯らしに吹き飛ばされた落ち葉枯れ葉がどこへともなく流れていくころ。
石造りの、屋内の廊下もめっきり肌寒くなった……夜になり冷たさすら感じさせるなかで、灯りとなる蝋燭の火だけが揺らめいている。
そこへ……
「あったかおふろいただきました〜」
薄暗い廊下のほぼ中央、身体から微かに湯気を立ち上がらせながら横並びで歩く二人の姿があった。
「灯りは足りているか? 暗くないか?」
「うん、暗くはないけど……ちょっと寒いね、湯冷めしちゃうから早く行こ?」
二人のうち、背の低い側がもう一人の手を取って……少し前に歩み出る。
手を引かれる体勢になった少し背の高い側は、まったく寒さを感じていない。
それでも、相手が「寒い」と言うのなら……その望み通り、早く部屋へ戻ろうと考える。
それが、背の高い側の考え方。
二人は城内の浴室から、階を上り廊下を歩み……城主の寝室へ戻ってきた。
そこは人間の領主から主が変わった後も『タラス城』と呼ばれている、コアイの居城。
「ただいまー! なーんて」
寝室に踏み入ったスノウはなぜか、部屋の中ほどあたり……誰もいないところを向いて、両手を広げて上げていた。
コアイはそんな彼女を見て、そうする理由が分からなかったが……微笑ましく感じながら扉を閉めた。
「酒はどうする? 足りているか?」
扉を閉めたところで、彼女へ向き直し問いかける。
今日も、風呂では湯に酒器を浮かべて、二人で飲んでいた。
いつもの調子なら……もう少し飲み直してからベッドに入る、というところだろうか。
あるいは、直ぐに……
そんな想定をしながら。
「うーん、どうしょっかなぁ、えっと……」
対して彼女は、迷ったというよりは頭が回っていないといった様子で身体をふらふらさせながらベッドへ向かい、
「ああ、だいじょ〜……ぅふぅ」
そのまま倒れ込んだ。
大丈夫だろうか? おそらく、酔い潰れただけだろうとは思うが……
コアイは何も言わず、彼女の隣に寝転がって様子を見る。
彼女は動かない。小さな寝息だけが聞こえてくる。
彼女に身体を寄せて、腕を絡めて、手を軽く握る。
自分の腕が彼女のほっそりした胴と腕に挟まれて、とてもあたたかい。
それでいて、握りあった手はすこし冷たい。
熱病ではなく、ただ酒で暖まっただけだろう。
それならこのまま、暫く静かに寝かせてやろう。
彼女の手……あたたかい。
冷たい手……あたためたい。
彼女の手……なにか大事なことを、忘れているような気がする……
二人とも、朝までそのまま眠っていた。
「あ、あだ……まが……」
コアイは隣から聞こえる、彼女の呻き声で目覚めた。
「大丈夫か」
「あだまが割れるようにいっだ〜い……」
薄目の端に涙を浮かべた彼女の表情が、少し好ましいが……今はそれより、早く水を用意しよう。
コアイは枕元に置かれた小さな魔導具……スノウ曰く「チャイムってか、ナースコール的な」小物を手に取る。
手にした魔導具のその上部には三つ、側面には一つだけ小指大ほどの出っ張りがある。
この上部の出っ張りが、対応した相手側の魔導具に音や光を出させるためのもの。横の出っ張りはなんのためだか忘れたが。
コアイがこの魔導具を使う際はいつも、真ん中を指で押す。
すると間を置かず、自身と魔導具の周囲に微弱な魔力の流れが生まれて……大男アクドの持つ魔導具が反応するらしい。
起きていれば、これで用聞きに来てくれる。少し待とう。
彼女の様子を見ながら待っていると、それほど時間の経たぬうちに扉を叩く音がした。
「入るがいい」
「王様、っと陛下におかれましては、ご機嫌うるわすう」
呼び出した通り、大男アクドが現れた。
「この時間ってことは、水だよな?」
初めこそ丁寧な挨拶をしたはいいが、その後の口調が普段通りに戻っている。
といってもコアイは大男のそれを、特に気にしない。
それに今は、重要なことがある。
「直ぐに持ってこれるか?」
「多分そうだろうと思って、とりあえず持ってきたぜ」
アクドは水差しの乗った盆をコアイへ手渡した。
「助かる、だが何故わかったのだ」
「朝方に水がほしいって、何回かあったからな。さて……それでは失礼いたちまつ」
若干挨拶を噛んでいることには言及せず、受け取った水差しを急ぎ彼女へ。
彼女の身体を起こして、その背を支えて、水差しの先を口に咥えさせる。
吸い飲みの要領で中身を飲ませて、少しこぼれるのは捨て置いて。
こくっ、こくっ……と彼女を潤す音が小さく聞こえる。
その音が消え、水差しが空になったのを機にもう一度彼女を寝かせる。
「ぅん……」
コアイはまた隣に寝転がって、ただ彼女を見ていた。
少し眠っていたのだろうか、気が付くと彼女は身体を起こしていた。
「あ、うちといっしょだ」
彼女は、机に立てかけてあった宝石の首飾り……同じ意匠で、嵌め込まれた石の種類だけが異なる『おそろい』の首飾りのうちの一つを見ている。
「やっぱコレ飾っておいたほうが映えるよね、シャツ下とかに着けてると肩こるし」
「肩が凝る……のか?」
確かに大きな宝石の首飾りだが、肩が凝るというほど重いのか……コアイにはその感覚が分からない。
「そりゃ王サマは強いから大丈夫だろうけど、わたしにはちょっと重いかも」
「そうなのか、それなら別の宝飾を」
宝飾……
昨夜眠るまえに、何かを考えていた。彼女の手を意識しながら。
何を考えていたのか思い出したくなって、彼女の手首を取って持ち上げた手を眺めてみる。
宝飾……手…………
「ん? どうかした?」
「私は……何かを忘れている気がする」
「……あっそっかあ」
彼女の顔が不意ににやりと、いたずらっぽく笑って……
口づけられた。
「ふふ、おはようのキス……これでしょ?」
「……ち、違う」
胸が痛くて、思わず目を逸らしてしまう。
顔が熱くて、息が湿気ているのが分かる。




