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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
裏面 私は、黙し史録する務めに
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6 心はスローにちょっとずつ

 異界の、女の記憶。

 恋人を庇って死んだ、女の記憶。

 他人の思考を読み取る能力を持った、女の記憶。


 先に触れた男と同じ……

 この星の過去とも未来とも、まるで違う文明に生まれ育った女。

 この星に()び出され……文明や社会風習の差に不都合を感じながらも、知己の男と再会し、以前からの恋を実らせ、『魔王』コアイと闘い……死んだ女。


 これも、干渉派のしわざか。

 少なくとも三人、異界からこの星へ喚び出され……元の世界へ帰されることなく死んだらしい。


 異界の人類なら使い捨ててもいいというのだろうか、非道い話だ。


 静観派が去ったことで、歯止めが効かなくなっているのだろうか? もはや止める者もなく、なりふり構わずヒトへ助力している……のだろうか。

 私には、それが正しいかどうかを判ずることはできない。

 けれど、いつまでもヒトへ手出しし続けるのも、異界の人類をこき使うのも……いい気はしない。



 感情的になるべきではないのだけど、少し嫌な気分になってしまった。

 そんな私をたしなめるかのように、記憶が可視化された。

 深い森の中で……女が少年らしき土着種と出会い、何やら語りかけているらしい。そんな記憶。


 それに付随して洪水のように流れ込んでくる、さまざまな可能性。


 己をこの星に喚び出した女を信用できず……その意に従わなかった結果、恋人を喪いこの星で一人老いていくだけの生涯を過ごす可能性があった。


 また人間の首脳や『魔王』の思考を適切に読み取って動くことで、『魔王』と和解することすらあり得たらしい……女にはそんな可能性もあった。

 さまざまな好判断、偶然と幸運を得て微かな解決の糸をたぐり寄せ『魔王』と和解した場合、この女は…………


 妹を(たぶら)かし(はべ)らせた女……神と呼ばれる女に敗れ、心身を焼き尽くされる結末。

 『魔王』と共に神から妹の身柄を取り戻し、この星で恋人と添い遂げる結末。


 神と呼ばれる女……この星に残った干渉派の子孫と考えて良さそうだ。そしてこの異界の女は、召喚者……干渉派の要求に逆らい倒してしまう、そんな可能性すら持っていたらしい。


 極めて多彩な可能性。

 数日前に触れたこの女の恋人からも、『魔王』本人からも感じられなかったほどの……これまでになく雑多な、さまざまな可能性を感じさせる。

 しかし、むしろ気にかかったのはこの女ではなく。



 少年のような装いをした土着種。

 女の言では、少年も女なのだと。


 その少年……いや、男装した土着種の女のことばかりが気に留められてしまう。

 なぜか? わからない。まるで。

 まったくわからないが……()()が意識に居座るのを振り払えない。

 

 私の使命からすれば、まず異界の女や干渉派らしき女にこそ意識を向け、星の過去を知るべきなのに……

 そんな私の考えが入りこむ余地もなく、二人のやり取りがさらにはっきりと認識……映像と音声がもたらされた。




「人間よ、何用か!? ここは大森林、エルフの土地ぞ!」

 女が木陰に身を隠しながら歩いていくのを土着種が見つけ、止めようとする。


「何者か、答えろ! 動けば射つ!」

 土着種は女へ(いしゆみ)を向ける。女は向けられた弩をまっすぐに見つめている……


「私はアッカの子、リュカ・ヤーリット! 答えろ、お前は!?」

「え? 違うでしょ? あなたの名前は」

 名乗りを上げた土着種を女はすぐさま否定する。


「なに?」

「ウソつきに名乗るのも変じゃない?」

「人間め、勝手に大森林へ踏み入ったうえに、私を嘘つき呼ばわりするか!」

 土着種の姿は凛々しくも、ひどく寂しげに映る。


「ほらウソつきじゃない、あなたの名前はリュシア……でしょ?」

 女の姿はやや頼りなくも、ひどく優しげに映る。


「人間、なぜ……それも年若いお前が……なぜその名を知っている?」

「分かるの……あなたが男っぽい格好をした女性だということも、いろいろ悩んでいることも」

 土着種の姿は美しくとも、ひどく哀しげに映る。




 私は思わず駆け出していた。



 落ち着かなければ、落ち着かなければ。

 だめ、落ち着いていられない。


 見つけなければ。探さなければ。

 なぜ、そんなことを思うのだ。


 沿ってやらなければ。

 そう。



 私はその悲愴な姿に、気を病んでしまったらしい。

 そんなこと、今まで一度も無かったのに。

 使命のため休眠に入る前にも……誰を見ても、一度も無かったのに。


 恋人を喪い慟哭する『魔王』の可能性を見ても、こうはならなかったのに。


 いや、あれを見てから、これを見たため……なのかもしれない。

 あのような悲痛な思いをさせないように……そう、思い込んで。




 そうしたいと思う理由も、目的地もわからないまま……駆け回って、駆け回って。



 動きを止めたことを自覚できたとき、私は大きな城市の近くですっ転んでいた。

 見上げると、そこには何か心を引くものが……感じられて、すぐに城市へ駆け込んでいた。

 そしてただただ焦りながら人の歩様にあわせて、街中の……人の行き交う表通りへ歩み寄ってみる。


 すると……


「わたしの、太陽……?」


 現地の……ヒトではない、土着種に声をかけられたらしい。


 私はその声に反応し、意識を向けた。すると、対象……土着種の過去がつらつらと記憶される。

 おどろいた。この土着種の女も、この星の歴史を動かしうる存在、ということ……?


 しかしこれは、この記憶は……この女が? まるで外見が違っている?


 意識された記憶は、先に見知った……異界の女に弩を向けて「リュカ」と名乗った、哀しげな男装の姿。

 対して目の前には、大きく尖り上がった耳がアンバランスなものの総体的にはまとまりの良い……私よりは愛らしいだろう顔立ちをした、虚ろげな女の姿。



 つまり、この姿が本来の……

 と考えていると、次には有り得た別の時間軸が知識として私に詰め込まれる。


 そしてそのあとで、少し先の未来が…………



 Error, error!

 Can't repeat her assumed possibilities.



 想定される未来が、なにひとつ可視化されない……?


 意味のわからない言葉が、浮かぶはずの未来の代わりに意識させられていた。



 あり得ない。現に生きている以上、例外なく……その生命には必ず何らかの未来がある。

 そして過去を知ることのできる相手である以上、私は近い未来をも知ることができる。


 それらによって、この星の生命が担ったヒトの過去、担うだろう未来……秘めやかにそれらを可視化し、記録化し、可能な限り収集して……遠くあの人たちへ転送する。

 それが、私の存在する意義。


 そのための前提が、いま崩されている。



 私が知ることのできない未来を負っているかもしれない、空虚な雰囲気の女。


「不思議な人……」


 私は思ったままの言葉を、その金髪の女に投げかけてしまった。

 私の務めに反して。

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