表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
裏面 私は、黙し史録する務めに
175/309

3 胸いっぱいの愛と情熱がふたりを

 ……身体にはなにも起こってない、とくになにもされていないらしい。


 といっても、この街の治安がいいというよりは……単に誰にも見つからなかったとか、裏路地の行き倒れには誰も関心をもたないとか……それだけの話だろう。


 けれど、それならそれでむしろ……都合がいい。

 『魔王』コアイがいるはずのこの街から離れずに、誰にも気に留められないところに隠れられるのだから。


 もういちど『魔王』を探しに……『魔王』に近づいてこの星の可能性を知るためには、それより先に『通信』をしなければいけないらしい。

 どれだけ時間がかかるのかわからない。余計なことはせず、早めに済ませておきたい。『通信』をするのは初めてのはずだから、他の問題がないかも心配だけど……とりあえず、人目を気にしなくていいってだけでも助かる。


 物陰のなるべく隅っこに身体を詰めて、『通信』をしようと意識した。

 するとそれだけで目の前が真っ暗になり、身体のどこにも力が入らなくなる。



 I believe……they get someday, someway……aye, believe…………

 Launch completed.




 ふと視界が戻り、すぐにまぶしさを感じて……顔に手をかざした。

 身体が動く。目を移しながら手足を動かしてみる。

 見た目にも感覚にも、とくに変わったところはない。問題なさそうだ。

 すこし安心しつつ、目を細めながら空を見上げると……『通信』の前とは日差しの向きが変わっている。

 それでまぶしさを感じたのか。太陽は南南西に浮かんでいる、どうやら昼すぎくらいらしい。



 さて、『魔王』コアイの粒子の匂いは……よかった、今も色濃く辺りに漂っている。

 『魔王』は普段からこの街に住んでいるのか? それとも、たまたま昨日、今日と滞在しているのか?

 どちらにしても……今日も、この街の中を探してみよう。


 私は、ヒトが歩いている通りをひたすら巡回してみることにする。



 日の光が赤く染まり、地に沈み……夜になるまで似たような通りを歩き続けたが、記憶の可視化はされなかった……つまり、『魔王』らしき者との接触はなかった。

 しかし周囲の粒子の様子が変わらないことから、『魔王』が今も街の中にいることは分かる。

 

 いちど別の区画へ行ってみようか……

 と、向かいに手をつないで歩く男女らしき姿が見えた。



 この季節にしては服を着込んでいる、凛とした美形の男?

 と、周囲とは異なる服装をしている小柄で可愛らしい女。



 二人に視線だけを向けて何も言わず、すれちがおうとした。

 すると二人が真横を通り過ぎたところで軽い目まいに襲われ、視界が淡い色合いに変わっていく!


 まずい、ここで歩調を乱すのは…… 

 て、あれ? 今まで通りの道、人の流れがうっすらと見えている。目がおかしくなったのか?

 この、別のものが混ざったような視界は、どういう……?


 まさか、さっきの二人が……なにか仕掛けてきたのか?

 いやそんなはずはない。二人とも、こちらには一目もくれなかった……はず。



 人混みの中を歩く流れと並立するかのように、おそらく二人の記憶が……水鏡に映った半透明の風景のように可視化されていた。


 はじめて二人が出会った日のこと、森の中の夜道を歩いたときのこと、二人で川遊びをしたときのこと、囚われた土着種を救い出したときのこと、二人で入浴したこと、入浴しながら酒を飲んで笑ったこと、はじめて…………



 はっきり認識できているのは、どの記憶も……

 互いに想いあい、暖かな日々を過ごした二人。 

 互いに恋い焦がれ、幸せそうに触れ合う二人。


 はっきり、間違いなく見えたと感じられるのは、()()らばかりだった。

 一方で、それらとは違う……ぼんやりとではあるが『魔王』コアイの、または『魔王』でなかった時分のコアイの、闘いの日々を知れた……気はしているが。



 そうか、あのきれいな男が『魔王』コアイ……か。それは分かった。

 けれど心に残ったのはどれも、二人の楽しそうな……『魔王』らしからぬ姿。

 この星の歴史は……? あり得た可能性は? そして、これから先……未来のことは?


 私は余さず、記憶できているのだろうか。



 ………………


 記憶に抜けがないか、という点については今でも心配だ。なにせ、この時は……『魔王』コアイが男だという思い込みすら無くせていなかったのだから。

 二人が水遊びや入浴する姿を可視化していたはずなのに、そこには考えがいたらなかったのだから。


 このときも心配ではあったが、それよりもただ……もっと多く、二人の過去を知りたい……と感じていた。


 ………………



 このときはなぜか、この星に大きな影響を及ぼす可能性を持った『魔王』を深く知る使命……というよりも、ただ二人の過去と可能性を追いかけたくなっていた。

 なぜかは分からない。

 ただ、そうしていたかった。幸せそうな、恋い焦がれる二人をもっと見たかった。それだけは確かだった。




 ともかく、私はもういちど二人に接触しようとあわてて引き返した。


 不自然でない程度に速度を上げて、人混みを縫い、抜けて……なんとか追いついた。

 二人が先ほどと同じように手をつないだまま、建物へ入っていくところをなんとか見つけられた。

 

 窓から室内をのぞき込むと、そこはどうやら飲食店らしい。建物のなかでは、多くのヒトが食事を楽しんでいる。

 そのうちの一角に、『魔王』コアイと連れの女がいた。


 店内で酒食を楽しむ二人を見ると、周りにいる他のヒトたちよりも……とても暖かく、満ち足りているような気がした。なぜかは分からないが。

 周りのヒトたちも、ときおり二人へ視線を向けているように見える。もしかしたら、彼らも二人から()()を感じていたのかもしれない。


 なぜかは分からないが、二人を見ているだけの私も…………



 と、いつしか『魔王』たちは食事を終えていたらしい。

 二人はまた、手を取りあって……店を出ていった。


 足を早めて、そんな二人に近づいていく。

 おそらく三度めの、接触。



 可視化される、二人の記憶らしきもの…………

 川で魚を獲ったこと、馬車で駆け回って落ちかけたこと、大きな宝石を贈ったこと。

 優しく抱きとめながら騎馬で駆けたこと。


 そしてある一夜のこと、それとは別の一夜のこと。

 最後に、なぜか昨日のことだと確信した……また別の一夜のこと。



 こ、これって、まさか……

 えっちょっと、二人とも完全に……えっ?


 これはまずい。実にまずい。

 目が離せない。見ちゃいけない気がするのに、意識を切り替えられない。ドキドキする。


 とにかくとても悪い気がして、裏路地に駆けこんでいた。



 胸がドキドキする。うろたえているのが分かる。

 なにをどうするのか、知識としては知ってたけど……現象として見るのは初めて。


 これが、恋人同士の……そしてその先には、夫婦の…………


 ってあれ、二人とも……女の身体? つまり、女どうしでって……てことは…………

 つまり、『魔王』コアイは……


 だからといって、それが何か影響するわけでもないのだけれど。それより……



 それよりも、最後に意識させられた……「そのこと」ばかりが頭に残る。

 「そのこと」、一夜のことばかりが気になってしまう。


 胸がドキドキ騒いで、頭がこんがらがって、二人のことが焼き付いて。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 覗き見はいけませんよねぇ...?!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ