2 世界の要諦を記す針のリズム
丘を越えて窪地を抜けて、人影一つが荒野を駆けていく。
豪快に砂埃を上げながら、僅かな足音の一つも立てずに。
確か、この辺りから南はヒトが住んで……ヒトの行動範囲のはずだ。そろそろヒトっぽくない動きを見られないように、気をつけないとね。
ひとつ……ちゃんとヒトのように、地に足をつけて歩くこと。
ひとつ……粒子走査とかをするときは、ヒトに見られぬよう建物や物陰などに姿を隠して行なうこと。
……と注意すべき点をいくつも頭の中で言葉にして、再確認しようとした。するとその二つめで、あることに気づけた。
これより先では、ヒトに見つかる可能性が高い。そしてこの辺りは、木々や岩など身を隠せるような物が少ない。
だから、ヒトがいない今のうちにもう一度粒子走査して……『魔王』コアイの位置、どの辺りにいるか確かめておいたほうがよさそう。
というわけで、適当に座りこんで……
……Now scanning…………
Detected……but it's in different direction……
to SW:22, okay?
あれ、南西? いつの間にそんな方向に?
東にはほんの少ししか向かってなかったはずなんだけどな……
ここからでもまだ南ってことには変わりないから、飛ばし過ぎて通りすぎちゃったというわけでもない。
なら……こちらではなく、あっちが西へ進んだということか。
と考えると、あっちもずいぶん速い。これも『魔王』の力なのか?
まだ西へ進むつもりかもしれない。こちらもやや西寄りに、回りこむような感じで接近しよう。
ゆっくり歩いてたら置いてかれるかも、ヒトがいないときだけでも高速移動しとこう。視野を広げて、ヒトが見えたときはそこで一旦停止して普通に歩くこと。
視野を広く取っておけば、こっちのがヒトより視力はいい。ヒトを見つけてから同族のふりをするのでも、十分間に合う。
……と、まわりに気をつけながら亜音速移動を続けてみたものの……自分以外にヒト型の姿は見当たらなかった。
結局ヒトの姿を見る前に日没し、周囲が暗くなったころ……左手に城市が見えた。
城市……それは、ヒトの集住するひと固まり。その要所には、たいてい見張りがいる。
だから、ちゃんとヒトのように、地に足をつけて歩くことにする。
うん……遅い。
さっきまでとはまるで違う、のろまな歩み。
ヒトはとてもがまん強いのだろうか、ヒトはこの歩みが苦にならないらしい。
なかなか景色が変わっていかないのが、辛い。
どうもヒトというのはとてもねばり強いらしい。
少なくともその点については、今もこの星に居座る『干渉派』とも、私を残して旅立った『静観派』とも……あまり似ていないのだろう。
同族でありながらけんか別れした彼らよりは、彼らに似せて造られたヒトのほうが忍耐強い。
一面とはいえ、造られた者のほうが長けているなんて……奇妙な話にも思えるけれど。
と、それより……『魔王』コアイは近くにいるのかな……ッ!?
Oh, so feel……caution, caution…………
いるのを感じる。否、感じてしまう。
まさに特異的な、粒子の集注と密流。
その気になればこの星の生命全て、いやこの星自体を壊せそうな、濃密な集注。
身体どころか精神、思念すら簡単に壊し尽くされてしまいそうな、重厚な密流。
一言でいうなら、圧倒的な存在。
私ではどうすることもできないと、考える間もなく判ってしまうほどの。
もとより対処を求められていないことが、幸運だと思えてしまうほどの。
怖い、すごく怖い。
けれど私は、それにもっと近づかなければならない。
この距離ではそれが持つ、歴史の可能性を見られないから。
柵や城壁のある辺りまで近づくと、『魔王』コアイらしきものが、この城市から漂い香っているのが分かった。
既に夜になっていたが幸い城門は開かれていたので、街へ入ってみる。
街を進むと、多くのヒトが行き交うのが見えた。
ほんの少し歩みを早めて、そのなかに混じってみる。しかしそのヒトの群れからは、記憶の可視化が引き起こされないでいた。
このヒトたちは、星の歴史にさほど関係しないらしい。
それより……近い。すごく近い。
『魔王』がいる、すぐそばにいる。こっちまで匂ってくる。
これだけ匂ってるなら、この人混みのなかででも見つけられそう。
けれど妙だ。
『魔王』なんて呼び名で恐れられる存在が、こんな所でヒトと共に暮らしている……のか?
頭を悩ませながら歩いていると、やがて交差点に差しかかった。
しかしそこで突然、猛烈な目まいに襲われて視界がひっくり返った!
まず……ここでた……れて……隠れ…………
なに、この白……
Out of memory, process stall……stall…………stall………………
「ん……」
気づくと私は、建物の壁ぞい、物陰にうずくまった格好で朝を迎えていた。
どうやら、意識がもうろうとした状態で裏路地に潜りこんで、そのまま倒れていたらしい。
あのとき、気が遠くなる直前になにか……記憶が可視化された。あれはなんだったんだろう?
誰かがまっ白な空間を叩き割って、その先へ……
それともう一つ覚えている……前にも見たような、むせ返りそうなほど密集した人間の女の群れ。
他にもたくさんの記憶を見た気がするけど、頭に霧がかかったようで思い出せない。
何にしろ、記憶が流れこんできたということはつまり……あのとき、この星の歴史に影響を及ぼす可能性を持つ存在が私の近くにいたということ。
あれは『魔王』の記憶なのか、それとも他の誰かの記憶なのか……確かめたい。
幸い、『魔王』の粒子の匂いはまだこの辺り……城市の中に残っている。
街中で『魔王』を探そうと身体を起こしたところで、メッセージが脳裏に浮かんだ。
Over head capacity, communicate ASAP.
記憶容量不足、すぐに通信を……と。
記憶容量不足? それが昨夜の目まいの原因なのか?
『裏面』章のサブタイトルは、全てあるロックバンドの楽曲タイトルを(原型残しつつ)もじったものにしています。
もしかしたらお気付きの方がみえるかな? と淡く期待してみたり……




