次の時を願う魔王さま
スノウが目を覚ましたとき、窓の外では既に日が落ちつつあった。
「んっ……ん゛〜…………」
「おはよう、スノウ」
ようやく起きて、動き出した彼女を見つめて……コアイは思わず微笑んでいた。
「……あ、寝落ちしちゃってたかな……」
身体を起こす彼女を、先ほど同様にただ見つめる。するとコアイの心身はあたたかくなる。
「え、まだあさじゃん……寝よぉ?」
窓に顔を向けて外の暗さを確かめた彼女を、先ほどから続けて見つめていた。するとコアイの手を取りながらベッドに倒れ込んだ彼女の様子が、コアイをますますあたたかくさせる。
「いや、もう朝は過ぎて、日が暮れた……夜になるところだ」
「えっマ? そんなに寝てたかなぁ……」
目をこすりながらのっそりと身体を起こそうとする彼女を、取られていた手を引いて補助する。
「もう遅いし、食事をしたら戻ってこようか」
手を引いたことも、今夜の過ごし方を提案したことも、それを聞いたスノウが笑顔を返してくれたことも……コアイをあたたかく、あたたかく熱に浮かせる。
この夜も、二人は昨夜と同じように。
変わったことといえば……酒場の客が少し増えていたこと、その客等がコアイ達にチラチラ視線を向けていたこと……そして、昨日よりは早くスノウが寝てしまったことくらいだろうか。
コアイはうつ伏せに被さった体勢のスノウの……顔のすぐ横に突っ伏した彼女の頭に手を添えて、心身に残る余韻を反芻する。
身体が重く感じるのに、どこか浮き足立つような……いや、ふわふわと浮き上がるような心地が残っている。
熱にうなされているようで、その中で安らかに惚けている。
コアイは空いた左手で、腹の辺りにしなだれている彼女の手を取って、握って……握りつつ、その寝顔を見つめようと顔を向けた。
そうするためには体勢が良くなく、実際には彼女の耳までしか見えなかった。が、そうしようとしただけで……いっそう熱が高まる。そして胸が鳴る。
そうして生まれたそれ等はコアイに、彼女を抱きしめるよう求めてくる。
しかしコアイは、彼女の眠りを妨げないことを優先しようと考え……体勢を変えず、ただ彼女を支えていることにした。
私は彼女を、全て抱きしめて。受け止めて。受け入れられた。
私に触れてくれる彼女を見て、聞いて、触れて、感じられた。
私はやっと彼女の、全てを……感じられるようになれた。
……いや、まだたった二夜のことだ。もしかしたら……まだまだ知らないことがあるかもしれない。
けれど、今の私なら……彼女のすることならいくらでも、真っ直ぐ受け止め、すべて受け入れられる。
そして、そんな彼女の姿、存在をどんなときも……惑うことなく確かめていられる。確かめて、喜んでいられる。
そう思える、自信がある。それもまた、喜び。
私は、彼女とともに。
コアイは強く、強く達成感に満たされている。
これほどの達成感をはっきりと、鮮烈に、濃密に……やり遂げたと、感じられたのは……初めてのことかもしれなかった。
しかし、その達成感だけがコアイの喜びではない。
彼女を喚んだときから今までの数日に渡る、その期間の全てで彼女の所作、存在をはっきりと感じていられた……それもまた、大きな喜びであった。
「ん…………」
朝……窓から射してきた朝日を眩しく感じたのか、今朝のスノウは早くに目を覚ましていた。
「おはよう、スノウ」
目を覚まし、微かに動いた彼女を見つめて……コアイは思わず微笑んでいた。
「……おは……ってごめん、重くない!?」
スノウは寝起きだったが、慌てた様子でコアイの上から横へ退いた。
気遣いとはいえ身体が離れたことが、コアイを少しだけ切なくさせる。
「いや、そなたは重くなどない」
「あ……まあそっかあ、王サマ強いんだしよく考えたらわたし一人くらい余裕か」
苦笑いしながら頭を掻く彼女が、可愛らしく……あたたかだった。
「さて、今日はどうしようか? 西にもう少し大きな城市があるが、そこへ向かうか?」
コアイはベッドに腰掛けて、着替えを終えすっかり目も冴えた様子のスノウへ問いかけた。
「ここより都会? おもしろそう……って、わたしこっち来てから何日めだっけ?」
彼女は一瞬目を見開いて輝かせたが、何か悩ましげにしている。
「三度夜を明かしたはずだから、四日目だと思う」
「そうだっけ? 昨日とおとといと……」
「此処に来る前に、一晩城で休ませたからな」
「そっか、四日……じゃあ、帰れるなら帰りたいかな。念のため」
彼女には、彼女の都合があるようだ……であれば、コアイにはそれを邪魔するつもりなど毛頭ない。
「またね!」
コアイは彼女の望み通り、彼女を元の世界へ帰してやった。
その後コアイは一人、唇に刺さった、彼女の残した棘に痺れて……ベッドに座り込んで項垂れていた。
此処で一人になってしまったのは、淋しい……
けれど、何も悲しむべきことはない。私は……
私は、彼女のすべてを感じ、受け止め、受け入れられる私になれたのだから。
彼女の私物さえ十分にあれば、今更懸念すべきことなど何もないのだから……
そう理解していながら、コアイは淋しくて堪らなかった。
それを示すかのように、足下には雫がふた粒落ちていた。
今回の更新が、本章『余聞 安穏のなかで、ひとり鍛錬を』のラストとなります。
次回投稿の際には、新たな章が立ちます……が、少し間が空くかもしれません。ごめんなさい。
ともあれ、本作を楽しんでいただけていれば……幸いでございます。




