十 赦されぬ者のソウシツ
「取ったぞぉ!!」
男は何時の間にか正面ではなく横に居た、それはコアイの想像していない一計であった。そして男は既に、得物を振りかぶっている。
速度を増した連打で意識を正面に集中させつつ、充分な速さで死角に飛び込んでの一撃。魔術と斧術の素晴らしい応用。
コアイは、咄嗟に片手を掲げ、掌に斥力を浮かべる。
これでは防げないかもしれない。防げなければ? 頭への直撃は避けられても、掌……腕くらいまでは斬り裂かれるだろう。
顔が歪んでいるのを感じる。何故だろうか。
何故だろうか。身体は敵の斬撃を防ごうとするのに、それを受ける自分を想像してしまう。それが、何故か、楽しく、心地よい────
男は勝利を確信したのか。身体の回転を加えながら、全力で斧を振り下ろした!
「素振りと見紛う程の軽やかな手応え、会心の一振りとはこのことよ!」
男は俯いたままの姿勢で、快哉を叫ぶ。
しかしコアイははっきりと見ていた。己の掌から反発を受け、粉々に砕け散った翠の砂塵を。
「気持ちいいのう……うん?」
男は少し遅れて違和感を覚えたか、手元に目を向ける……するとそこには、斧だった得物の柄だけが握られていた。
「やはり、石は砕ける時こそ美しいのだな」
「な、なぜじゃ……俺の斧が、全力の振り下ろしが素手で受けられた、だと?」
「勿体ないな、あの輝きを見ていなかったとは」
そう言いながら、コアイは別の事柄に喪失感を抱いている。
業物の斧のように見えたが。達人の切っ先のように見えたが。それらは、私の皮膚には届かなかった。それらも、私の身体を侵すものではなかった。
「ふぅ…………降参じゃ、殺せぃ」
男は腰を下ろしながら溜息を吐き、地に尻を付けた辺りで呟いた。
一時とは言え、愉しませてくれた。殺せと言うなら、それを褒美としてやろうか。
一旦視線を外したコアイの耳に、悲鳴が伝わった。
「動くな曲者! 抵抗すれば、この女を殺すぞ!!」
「ひゃああ……」
声の先では誰かがスノウを羽交い絞めにしており、その横で小太りの男がスノウの首元に小刀を向けていた。またその後ろには十数名ほどの人間が控えているようだが、それはコアイにとってどうでも良かった。
「下郎、その娘に傷を付けたならば……死を以ても赦さぬぞ」
「うるせぇ! 嫌なら大人しくしてろ! おら立てよマシュー、そいつを殴り殺せ!」
「代官殿、しかし勝負は既に」
「黙れぇ! んなこたどうでもいい、さっさとそいつを殺せ!」
下郎が。
「下郎が」
「あん? 文句あんのか!?」
下郎が。
「下郎が」
「んだようるせえな」
下郎が……
「こいつがどうなってもいいのかあ?」
「赦せぬ」
下郎が………………
「下郎が下郎が下郎が下郎が下郎が下郎が!!」
張りのある真っ直ぐな声とは裏腹に、コアイの心中が昏く淀んでいく。
「死ねっ!! これぞ必殺、『光波』!!」
「あん」
僅かな詠唱とほぼ同時に、コアイの手から殺意の光束が放たれた。それは瞬きもせぬ間に小太りの男の左半身を捉え、それを後ろに控えていた人間ごと、さらに後ろの石壁ごと吹き飛ばしていた。
「あ……?」
男は理解の追い付かぬまま左半身の支えを失い、横へ転げ落ちた。その周囲には、焼け焦げたような臭いが微かに立ち込めたが……それは次の光束にかき消される。
「『光波』! 『光波』!! 『光波』! 『光波』!! 『光波』!!」
コアイは我を忘れ、小太りの男が倒れた辺りに次々と光束を放つ。それは彼の後ろに控えていた、運良く第一波を逃れた人間たち、そして更に後方の石壁を次々と巻き込み破壊していく。彼等にはそれを避ける術も、防ぐ術も無い。
「ふっ……ふっ…………」
何本かの光束を放った後、少しだけ冷静になったコアイは息をつきながら光束の痕を確かめる。そこには肉塊のようなものが散らばっている。
「ひっ、ひぃ……た、助けてッ!?」
同じく「その跡」を一瞥した、スノウを羽交い絞めにしていた兵士は恐怖に駆られ逃げ出そうとした。
もし、彼がスノウを盾にしながら逃げようとしたならば、少しはその命運も延びていたのだろうか。
「下種が、赦されると思うてか! 『光波』!!」
彼の命は尽きた。
敵意有る者は残っていないらしい、そう見立てたコアイはスノウに声を掛けた。
「済まなかった、私の不注意で、そなたに」
言い終わる前に、地鳴りのような音が響きだした。その先では屋敷が崩れ始めている。『光波』の当たりどころが悪かったのだろうか。石組みの屋敷は少しずつ、その形を崩していく。
「おいおいどうすンだこれ!」
「知らん! いいから走れ!!」
崩れゆく屋敷から、二人の兵士が飛び出してきた。二人をよく見ると、先に食料庫へ案内させた番兵たちであった。
「お、無事だったか」
「あ、おひさ~」
「あンたら、あの先生に勝ったのか!? 王都でも有名な戦士だぞ、あの先生さん……」
コアイは彼等に敵意がないことを感じ、特に何も言わずにいた。
「つかどこ行ってたのよ~」
「その……なんだ、俺たちが道案内したとバレたら立場上マズいからな、言い訳を考えながら隠れてたのさ」
「お主ら、警備はいいのか?」
「あっ先生、今のは、その……」
「今更気にすることでもなかろう」
「さて、これからどうすンだ?」
「俺たちはここで死んだことにして、故郷に逃げ帰れると嬉しいんだけどな」
「好きにせよ。うぬ等に興味はない」
「俺は……」
「この人らと一緒に行けば? 旅は道連れママ子連れ、ってさフフッ」
「? 意味がよく分からんが……殺さぬ、ということか」
「殺す理由もない」
男は少し考えこんでから、提案を投げかけた。
「ふむ、俺から領主に話をしておこう。数日間森で鍛錬した後に屋敷に戻ったら、全滅していた……亡骸を埋めてから報告に来た、と」
「はぁ」
「そうすれば、お主らがいないことを怪しまれることもなかろう」
「なるほど」
「俺も助けられた命だ、一度くらい人助けをしよう」
コアイにとっては、どうでも良いことだった。
「その後は……旅でもしてみるか」
「あっごめんちょっと待っで」
突然スノウが駆け出し、輪を離れた。そして彼女は数歩先で跪き、地に両手を付いて体を震わせる。
「お嬢さん、ずいぶん飲んでたもんなあ」




