楽しむ楽しむ魔王さま
「あ、そういえば飲み方……知らないね。ちょっと聞いてくるよ」
店員の女はサッと店の奥へ引っ込んでいく。
「あ、ってかこれの食べ方……先に聞くんだった」
スノウは大小の塊が葉で包まれた、熱々の大皿料理を指しながら……店員の女と似た切り出しで呟いた。
「知ってる? おう……」
そして彼女はコアイへ呼びかけようとして……慌てた様子で声を止めていた。
恐らくは『王サマ』と言おうとして、念のためにそれを止めたのだろう。
「お姉さま」
「お姉さま?」
コアイは想定していなかった単語を、そのまま聞き返していた。
彼女にそう呼ばれたのは、何時ぶりだろうか。
懐かしいようで、少し新鮮な気もする。何にせよ、けして嫌ではない。
「この葉っぱはそのまま食べる系? 取ったほうがいい?」
彼女の問いを聞いて、コアイは昨年ここへ来たときのことを思い出す。
「以前は確か……」
切り分けて、食べて……そうだ。
良し悪しはあまり分からなかったが、少なくとも不快なものではなかった。
「そのまま適当に切り分けて食べた」
彼女がコアイの言葉に黙って頷き、塊の一つにナイフを入れようとしたところで……店員が戻ってきた。
「おまたせ! そんなに強い酒じゃないから、好きなように飲めばいいってさ」
先ほど大きな甕を置いた側へと駆けつけて、手慣れた様子でその蓋を取る。そして手に持っていた柄杓で中身をすくい取り、酒器に注いでいた。
「二人分でよかったかい?」
一人分を注いだところで店員がコアイに問いかける。その声がした辺りから、少し遅れて……何やらかぐわしい匂いが届いた。
「いや、彼女の」
「はい、二人分!」
コアイの断りを遮った、とても元気で張りのある声。
それは、コアイにも何らかの活力を与えてくるように思える。
「かんぱいしようよ! 二人で! つか、前にも言ったでしょ?」
「あ、ああ……?」
「ふたりでいっしょに飲むから、いいんだって! 忘れたの?」
そういうことを、言われた気はする。
しかし彼女のその主張は、コアイには良く分からない理念である。
何故なら……コアイは、楽しそうにしている彼女を見ているだけで、それだけで満足できるから。
コアイは……幸せそうな彼女のすがたを見ていられれば、十分あたたかい心地になれるのだから。
けれど、彼女が望むことなら……叶えようと思う。
そうすれば、今以上に……あたたかくなれるから。
「はい、かんぱ〜い」
コアイが手にした酒器に、彼女がコツンと軽く酒器を触れさせた。
彼女はそうしてから、酒を軽く口に運ぶ……コアイもそれに倣って、同じように酒を口にした。
「ふう……ナッツ? みたいな……しかもけっこうあまい」
彼女はため息を吐きながら目を細める。
酒の表面から立ち上がったのか、彼女の吐息に残っていたのか、それは分からないが……何かを焼いたような、豆か木の実を炒っているような? そんな香りが二人の周囲に漂った。
「んっ、んっ……」
彼女は、今度はぐいぐいと酒を飲み干していた。
「おお……グイッと飲むと、ちょっとほろ苦い? あまいだけじゃなくて、かなりおいしい……」
彼女は杯を空けたところで目を見開いて、感嘆している。
彼女の丸くなった目、奥まで覗けそうな澄んだ瞳が煌めいて、コアイの気を惹きつけて……
そうなれば最早、コアイに酒の味など分かりはしない。
味など分からなくても……それを彼女が気に入っているという事実だけで、心地好くなれる。
「うん、おいし……おかわりください!」
「あいよ、もう一杯ね」
満面の笑みで杯を店員に渡すスノウ。
それを見てか、笑顔と杯を返す店員。
その笑みや声とともに、口にする酒。
酒は少し温いはずだが、あたたかい。
それ等は、とてもとてもあたたかい。
コアイがそれをはっきり自覚できているかどうかは、まだ分からないが……そこには彼女の主張する良さ、感覚や経験を共有することの喜びが存在していた。
「おかわりください!」
「うーん、もう一杯!」
「もう一杯もう一杯と、大概にしとかないかんよ。少しは食べないと、歩いて帰れなくなってまう」
スノウは料理に手を付けるのも忘れ、渇きに耐え続けた馬のように酒を飲みに飲んでいた。
「あ、そういえば……これって、葉っぱは取らなくていいんだよね?」
少し顔を赤らめた彼女は杯を受け取りながら、店員にも料理の食べ方を訊ねる。
「うん、好き好き……どっちでもいいよ。そのまま食べれば葉の味や歯ごたえがよく分かるし、はがして食べると中のモチモチがつるつるして楽しいでしょ?」
「ありがとう、じゃあ次は葉っぱ取ってみよっかな」
彼女は何とか一口で食べられそうな大きさの塊一つから、葉を除いて……それを頬張った。
するとその味のせいか、また一段と彼女の顔がほころんだ。
「ん〜……これはきゅんです!」
口に入れた塊をよく噛んで、存分に味わって飲み込んで……彼女は妙な言葉を口に出した。
「きゅんです……?」
コアイは何となく、それを好んでいるという意味に捉えた。
「うん、で、またこのパルなんとかを一口……」
彼女はまた、楽しそうに、嬉しそうに酒を飲む……
コアイは無意識に、微笑んでいて……独り言ちていた。
「私には、そんなそなたこそ『きゅんです』」
「んぐっ、ゲホッゴホッ!? ゴッホ!?」
彼女は突然激しくむせ返った。
「ゲフン、あ゛ぁ……いきなり変なこと言わないでよ!?」
コアイの独り言が原因らしい。
「……変? 変、なのか?」
好んでいると伝えるのが、変なことなのだろうか……?
コアイは困ってしまった。
しかし困りつつも……彼女が自分の声を聞いてくれていると、そうはっきり感じられたことがとても嬉しく思えた。
それもきっと、『きゅんです』なのだろう。




