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八 ハジマリの火種

 道中で見た家々とは趣の異なる石造りの建物があり、そこには正門らしき扉と、篝火(かがりび)と、番兵二人が見えた。

「あれが代官の屋敷か」

「とりま入ってみよ~」


 コアイは特に身構えることもなく、真っ直ぐ門へと近付く。


「待て、お前ら何(モン)だ」

「お屋敷に用があるのか? もう夜も更けた、明日朝にでも出直してこい」

 二人組の番兵が、それぞれに声を掛ける。


「ここにある甘ワイン(オペ)を出せ」

「は?」

「逆らうなら殺す」

 単純明快に、意図を伝えたつもりだった。


「何言ってンだお前」

「さあ? まあいい、盗賊ってことにして叩き出そう」

 番兵の一人が棒を両手で握って構え、()ぐさま突き出してきた!

 その突きはコアイの胴を捉えた、しかしそれは身体を覆うローブに触れただけで失速していた。番兵の表情が強張(こわば)るが、コアイはそれを意に介さない。


「そうか、従わぬか」

 コアイは半ば呆れながら(つぶや)いたのち、己の指先を(かじ)る。そこに(にじ)んだ赤い血がコアイの意思を受け取り、それに従い番兵の首へと飛びかかる。

 一筋の赤い縄が蛇のように番兵の首元を伝い、そして滑らかに締め上げた。


「げっ……カァ゛……ぁ゛」

 番兵は苦しさから逃れようと、血の縄を()がそうと必死に首を()きむしる。しかし、無論それはみっちりと番兵の皮膚に張り付き、外れない。いつしか番兵は得物を取り落とし、地に膝を落とし、のたうち回っていた。


「………………」

 もう一人の番兵は、呆気にとられているらしかった。


「……ぅ゛ぁ…………」

 首を絞められて横たわる番兵の動きが、緩慢になっていく。


「そこな人間」

「……ハッ!? お、おい! お前、何をした!?」

「こうなりたくなくば、屋敷を案内せよ」

 力なく倒れ、顔を青白くした番兵を指差しながらコアイは言い放つ。


「そ、そンなことできるか!?」

「ならばこの者は(じき)に死ぬぞ」

 そう言いながら、声を掛けた番兵がいくらか動揺していると踏んだコアイは、血の絞首を一旦緩めてやる。


「ヒッ……イッ…………」

 地に伏せた番兵は、息をしゃくり上げながらひくひくと震えている。無事な方の番兵は、倒れた兵に駆け寄り肩を揺する。


「お、おいジョー!? しっかりしろ! ジョー!?」

「ぐっ!? ガハッ、カッ、ハァ゛っ……ハァっ……」

 ジョーと呼ばれた番兵は額に脂汗を浮かべ、必死に息を継いでいた。


「一度は助けてやった」

「なっ……」

「次は殺すか、それとも眼を潰すか、脚なり腕なり落としてみるか」

「て、てめェ!?」


 何故、力の差を思い知り、脅されてもなお従わぬのか。

 コアイは内心面倒に感じていたが、この場を打開するためにあまり強い魔力を用いるべきでないことは理解していた。

 本来は、この門程度であれば魔術で造作もなく吹き飛ばしてしまえる。しかし力加減を少し誤れば、己の魔力であれば屋敷全体を破壊しきってしまうだろう。そうなれば、目当ての(オペ)も失われてしまう(おそれ)がある。


 それは楽な攻めではあるが、それでは彼女を悲しませてしまうだけだ。



「何故それほどまでに逆らう? 命を助けてやろうという気遣いが解らぬのか」

 コアイは番兵たちを睨む。


「……ンだとぉ?」

「待てビル」

 先程まで息を切らせていた番兵が、もう一人を制した。


「あんた、従えば殺さないと保証してくれるんだな?」

「ジョー!?」

「それで構わない」

 少なくとも今は、そう考えている。


「……わかった、どこへ案内すれば良い?」

「私は(オペ)が欲しいだけだ、うぬ等の命になど興味はない」

「そうか、分かった」

「ジョー……」



 物分かりのいい番兵が、門の横にある勝手口を開いた。コアイは少し離れていたスノウに手招きし、番兵たちと共に屋敷へ踏み込んだ。


「ジョー、いいのか? お代官様にバレたらまずくねーか」

「どのみち俺達ではこの人に逆らえん、応援を呼んだとしても、助けが来る前に殺される。それなら可能性に賭けた方が良い」

「可能性?」

「生きて帰ると、約束したんだろ? メグに」

「なっ、おっお前どこでそンなこと」


 そんな番兵たちの会話を聞き流しながら、コアイはスノウが勝手口をくぐるのを待つ。



 コアイとスノウは、番兵二人とともに地下の食糧庫へ向かっていた。


「おーさけ~、おーさけ~、た~っぷり おーさけ~」

甘ワイン(オペ)というのは()れ程美味なのか」

「さあ、そんなモンに縁はねぇからよ」

「味は知らないがとにかく高くてな、俺なら飲まずに王都で売るよ」


 他愛もない会話をしながら、屋敷を歩く。その中でコアイは、魔力を(そな)えた存在が少しずつ近付いているのを察していた。

 恐らく、屋敷内に私の魔力を感じたことで異変に気付いたのだろう。そして、その魔力には不自然な揺らぎが表れている。此方(こちら)の力量を感じ取れるだけの素養を備えているのだろう……コアイは少しだけ、その存在との邂逅(かいこう)を楽しみに感じた。


 しかし、コアイたちはその存在と遭遇する前に、食糧庫に辿り着いた。そこには干し肉や塩漬け肉、根菜類や野菜の漬物……そして、酒樽と酒瓶が並べられていた。

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