夜の帳にふれなくて
……どうやら夢を見ていたらしい。
おぼろげだが、誰かに抱きかかえられているような。
それがとても心地好くて、安らかで……夢のなかでも眠っていたかのような。
コアイはスノウの腕を枕にした姿勢のまま、目を覚ました。
気付くと、彼女の手がコアイの頭に添えられ……手と腕でコアイの頭を囲うような体勢になっていた。
添えられた手があたたかくて、けれど少し恥ずかしく感じて、そこへ自分の手を添えた。
彼女は起きない。
一旦手を離して、身体を反転させて窓の辺りに目をやる。すると、淡く差し込む月明かりの向きが眠る前とは異なっていた。
それは数刻……ある程度の時間、深く眠りこけていたことを示している。
腕の上で身体を動かしたが、やはり彼女は起きない。
この場で彼女が起きようとしないなら、私にも起きている理由はない……
コアイはもう一度眠ることにした。
突然彼女の腕が持ち上がり、頭を起こされた。そう感じたときには、頭が彼女の腕から落とされていた。
その軽い衝撃のせいか、コアイはすっきりと目覚めていた。
隣で、彼女も目が覚めたらしい。
夜空に月の姿はない。夜は更けているようだが、まだ日の出までには少し時間がありそうだ。
コアイは部屋の壁に備えられた蝋燭のうち数本に火を灯す。
朝食というにはまだ早いが……運んでもらった料理は既に冷めきっているものの、とりあえず二人で食べてみることにした。
このとき、珍しく彼女は……酒瓶を手に取ろうとしなかった。
本人に酒を飲む気がないのなら、コアイも無理に勧めるつもりはないが。
「うーん、焼き魚はともかく、刺身マズいね……ちょっとくさいし」
「口に合わなかったか……済まない」
ああ、彼女に嫌な思いをさせてしまった。
いつもあたたかく寄り添ってくれる彼女に、私は報いられていない。
「せめてしょうゆあったらなあ」
コアイは彼女に申し訳なく思い、心を落ち込ませてしまう。
「あ、いやアレよ、王サマが悪いんじゃないよ」
彼女はコアイをかばうが、コアイは彼女に視線を返し、その顔を一目見るのが精一杯で……返事をする気力もなくうなだれてしまう。
「そんなヘコまないで!? ぬるくなっちゃったからしょうがないよ」
コアイの肩をつかんで揺さぶる彼女の声が、とても優しく思えた。
「済まない……」
それに応えたい一心で、コアイは言葉を振り絞った。
食事を済ませたが、まだ陽は昇っていない。二人はもう少し眠ることにした。
コアイは灯りを消して横になったところで、「この料理は次の日まで日持ちするものではなく、持ち帰れるようなものではない」……と聞いていたのを思い出す。
タラーなる切り身の料理だけでも、除けておけば良かったか……と反省していると、不意に彼女の手がコアイの手を捕らえた。
それを拒む理由などない。
二人は互いの指を絡めるように手を繋ぐ。
覚えのない指の絡まりに、その様子を目で見て確かめようとすると……彼女のもう一方の手がコアイの手を包んで、隠していた。
コアイはそこに何かが宿るようなあたたかさを感じて、それに集中し、それをより堪能しようと……彼女の側へ寝返りを打ってから、目を閉じかけた。
しかし、いつしかコアイを凝視するかのように目を見開いた彼女が、そうさせてくれなかった。
コアイも何となく、彼女と同じように目を開く。
丸々と開かれた彼女の瞳が、妙なほどにみずみずしく潤んでいる。
コアイはその瞳に強く惹きつけられると同時に……何故か、彼女の気の迷いらしきものを感じ取っていた。
何か、思い悩んでいるのだろうか。
良く解らないが、そんな気がする。
どうにか、悩みを解いてやりたい。
私にできる事なら、何でもしたい。
けれど、どうすれば良いのだろう。
どうすれば良いのか、分からない。
なにができるのかも、分からない。
彼女は真っ直ぐな強い視線をコアイへ向け続けながら、いつまでも口をつぐんでいる。
それに対してコアイも、自分からは声を発さず……彼女が話し出すのを待ちながら、スノウを見つめ続けていた。
しかし、それは何時までも続かなかった。
どれほどの時間が経ったのだろうか、突然彼女はむずがるように身体をよじった。そしてコアイから視線を外し、顔を背け……何かを気にした様子で、何度か首を左右に回していた。
「うわあ……」
「えっ?」
彼女は首を傾げながら、何やら声を上げていた。その意味も理由も、コアイにはまるで分からない。
「おっおやすみ!!」
そんなコアイの戸惑いには目もくれず、彼女はそう叫ぶやいなや枕を抱いて、そこに顔を埋めた。
「……どうかしたのか?」
彼女は、コアイの問いに応えない。
コアイには何だか分からない。分からないので、彼女の肩にそっと手と顔を寄せて……そのまま眠った。
やがて部屋に朝日が射し込む。
コアイが目を覚ますと、彼女の身体とは随分離れており……一人、丸まっていた。
彼女は何度も寝返りを打ったのだろうか、ベッドの端まで移動していた。
それを見ると、さみしくなる。
コアイは縋るように、手を伸ばそうと……
と、戸を叩く音がそれを妨げた。
「お客様、お目覚めでしょうか?」
「起きている。どうかしたか」
コアイは戸口へ向かい、宿の主人に顔を見せた。
すると主人は、「もう一泊するか否か、昼までには決めていただきたく」とだけ言い残して去っていった。
コアイは彼女が起きるのを待って、一日の予定を話し合おうと考えた。
「……おはよ」
彼女が目を覚ました。彼女は身体を起こすが、コアイに近付いてこない。
「おはよう」
そんな彼女の態度に、コアイはどこか距離を感じてしまう。
それでも、コアイはそれを気にせず……彼女に問うてみる。
「夜になったら、もう一度酒場へ行こうか?」
「うーん、あの、それより……」
昨夜から、彼女にしてはどうも歯切れが悪い。
「それより?」
「あの、ね……そろそろ、お風呂入りたいかな……」
何故か彼女は下を向いて、膝の上で小さな拳を震わせながら……申し訳なさそうにつぶやいていた。




