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やすらぎに向かって

 ……そういえば、奴等の使っていた矢……(あらた)めてみるのを忘れていたか。



 コアイは地図を開いたところで、話に聞いた通り襲撃者達が短刀や矢……得物に毒を仕込んでいたのか否か、確かめてみれば良かったと思いついた。

 しかし襲撃者達の死体から得物を漁るためだけに、わざわざ道を引き返すほど強い興味を持っているわけでもない。


 別の一団がまた襲ってくるようなら、その時に調べれば良いだろう……コアイはそう考えて、地図に意識を向けた。


 地図の記載によると、東側の橋を渡れた場合は……北から東に広がる高台に登ってしまわないように少しずつ西へ逸れながら、下手に森が見えるまで北上すべし……とのことである。


 コアイは、この説明も少し分かりづらいと感じたが……右を向くと確かに北東側は高台になっている。確かにここまでの記述は正しい。それならば、とまずは地図に従って動いてみることにした。


 道の先にあるという森についても記載があるようだが、それは後で読もうと地図を閉じた。

 高台に登っていかないように馬を御し、時折馬が足を止めて草を食むのを眺めて待ちながら……コアイはのんびりと北上していく。



 日が西に傾き、やがて赤く染まり出す。

 しかしそんな頃になっても、まだ森は見えてこない……目の届く限りでは、行く先に低地がない。


 少しゆっくりしすぎたのだろうか? コアイはひとまず、暗くなる前に地図を見直しておくことにした。

 手綱を離して馬の行く気に任せながら、地図を開き北の森についての記述に目をやると……馬の速度にもよるが、(おおよ)そ夕暮れ前から日没後の辺りで森が見えるとのことであった。


 この森には南北を貫く林道が通っており、急げば半日ほどで抜けられる……それが中心都市アルグーンへの近道らしい。

 しかし、この森の奥には盗賊団の根城があるとされている。

そのため一般の商隊であれば、林道へ進入するのは危険が大きい。護衛を付けた上でなお、夜明けを待ってからの通行が無難だという。

 そうまでして森を抜けようとせず、西に迂回するのも一手であろう……一般の商隊であれば。



 と、コアイが地図の注釈を読み込んでいると辺りは薄暮れ時になっていて、ふと顔を上げると……下手に、森林らしき影が広がっていた。 


 少し暗く確信は持てないが、あれはおそらく森だろう……と近付いて確かめてみると、やはり森……地図は正しかった。


 さて、森を抜けるか、それとも迂回するか。


 先程読んでいた地図の注釈によると、森を迂回してアルグーンへ向かうと二日ほどかかるという。

 森を突っ切る場合、強盗の襲撃も考えられるが……それよりも森の夜陰に乗じて荷車へ忍び寄り、盗みを働こうとする輩がいるかもしれない。

 コアイにとって、姿を見せずに荷をかすめ取ろうとする盗人は姿を現した所を追い払えば済む強盗よりも厄介な輩である。



 盗賊か。差し当たって守るべき物といえば、馬と、金貨、銀貨に地図、そして土産の酒だろうか。


 いや盗賊よりも、先刻の襲撃者達……人間の神に額突(ぬかづ)く者共の片割れがここにも潜んでいる、ということがあり得るか?


 ……で、あれば……

 むしろここで叩いておくべきか。



 コアイは熟慮している。

 敵とするにも物足りない、自身の障害たり得ない卑小な存在のことを。


 それは……彼女のため。

 彼女との安らぎのため。

 彼女の笑顔を見つめるため。


 そのためになら……何も辛くはない。何事も苦ではない。




 コアイは一旦馬を休ませて、その間に荷車に積んである貴重品を一通り己の側に寄せ集めた。そしてそれ等に気を配りながら、林道から森へと入っていく…………



 森の中の林道は、概ね(なら)されている。

 この道が、本当に盗賊が現れるような場所であろうか……馬を走らせながら、コアイは少し疑問に思った。

 しかし林道の脇では、月明かりの届かぬ暗がりがまるで壁のように林道と森とを仕切っている。

 ここは確かに、闇に潜んで身を隠す、あるいは闇に乗じて獲物に襲いかかるに……適した場所なのだろう。



 コアイは辺りへの警戒を解かずに、林道を進んでいく。が、結局……何者もコアイの進路を妨げることはなかった。


 林道をひたすらに駆けていると……やがて夜が明けたのか、微かに林道沿いの暗がりが薄れ、林立する木々の姿を見せ始める。

 更に進んでいくと、木々が徐々に低く、(まば)らになり……何時しか荷車は森を抜けていた。


 そして森を抜けた途端に視界の下方に入った、東西に広がる城壁。



 コアイはそのほぼ中央に見える城門へと、真っ直ぐ馬を向かわせた。しかし疲労があるのか、馬の行き脚はやや鈍い。

 しかしコアイは休ませる時間が惜しい、と馬を走らせ続けていると……森と城門の中間に差し掛かった辺りで、左手から鐘の音が聞こえた。それに応じてか、門扉がゆっくりと開かれていく。


 門が完全に開かれてからしばらくした頃に、コアイは城門へ辿り着いた。しかしそこに、門番らしき人間は居ない。

 そこで荷車を馬に()かせたまま城市へ入ってみると、路地には多くの人が……ある者はコアイを見ながら、ある者はコアイに目もくれず、ある者は周囲と談笑しながら……すれ違っていく。



 そんな街、都市アルグーンを……コアイは少し騒がしく感じていた。

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